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たった1つの約束《Ⅱ》

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 『――それが、託された想いの1つか?』

 養成所時代の黒を良く知る人物達の声が聞こえる。その言葉は当時、黒が称号を授与された際に祝って貰った時の言葉。

 「まだ、1つだ。残る《想い》は……2つだ。《魔術を極める》それから、《騎士団を作る》」
 『皇帝、魔術の最高峰、騎士団――か、難易度ハードだね。黒ちゃん』
 『まぁ、黒ならやるだろ。いや、やれよ?』

 3人が笑みを浮かべ、黒の隣に立って向こうへと進む。彼ら4人が造り上げた1つの騎士団は世界で最も強いと言われる騎士団となった。
 そして、《皇帝》《魔術の最高峰》《騎士団》と養成所時代の友の夢を黒が変わって叶える。
 先ほどの仲間達の声は、幻聴だと分かっている。黒の心の弱さから、聞こえてしまった幻である。

 「……お前ら、行ってくる」

 返事の聞こえない部屋を背にして、黒は光へと向かう。たった1つ――やり残した事を終わらせる為に。





 外の天気は快晴、遠出をするならこれほど良い天気はない。が、現在の黒は松葉杖を手にフラフラと歩くのもやっとな状態。
 仲間が見れば目も当てられない状況であるのは間違いない。
 だが、体に鞭を打ってでも今日だけは外に出なければならない。
 それが、梓との約束であった――

 現在地は、黒の実家の橘家領地。目指す先は、この国のトップが待っている――帝都。
 橘領は山沿いの穏やかな領地、その橘領から北へと下った先の平地に巨大な国家がある。
 山沿いの田舎とは違って、広い草原を抜けた先に城壁に囲まれた巨大な帝都が見える。

 「……随分と、久し振りだな」

 城壁に囲まれた帝都、その帝都の中央に巨大な塔が立っている。
 そこが、目的地でもある。

 「そんな、ヘロヘロで辿り着けますか?」
 「……無理です」
 「……でしょうね」

 松葉杖に全体重を乗せて、ゆっくりと倒れる。隣で付き添う妹の《橘碧たちばな みどり》が、呆れて巨大なリュックを下ろして兄を背中に背負う。
 碧が兄を背負った際に感じた。まるで、骨と皮だけの人形のような軽さに思わず声が漏れた。
 ――その肌で感じてしまった。
 現在の黒を、目だけでは決して見えなかった弱った弱々しい成れの果てを。
 かつての強さが霞んでしまう程の弱々しさを――

 「……無理なら良い。無理はするな」
 「それは、兄さんでしょ……」

 リュックを片手に兄を背負って、妹は帝都へと向かう。絶対に手を貸すなと言う梓の言い付けを破ってまで、碧は兄へと手を貸す。
 きっと、帝都へと向かえば少しでも現状に変化があると、確信しているからだ。
 碧にとって、黒は単なる《兄》ではない。自分の目標であり、いつか越えるべき高い壁であり、碧がこれからも騎士を続ける原動力。

 ――力の象徴である。

 黒、碧は《竜人族》と呼ばれる種族に分類される。
 高い《魔力》と《魔物ギフト》が特徴的な戦闘に長けた種族。
 その竜人族の国である《大竜牙帝国だいりゅうがていこく》で、2人は会わないとならない人物がいる。
 黒の失った力を取り戻す事が出来る出来ないではなく、その前段階となる特殊な儀式を梓から聞かされた。

 「帝都にある。基本的に、帝国の皇族だけが出入りを許された神域に向かえば……。梓の言ってた奴と会える」
 「誰、その……人?」
 「――我らが、母。偉大なる竜人族の始祖にして、十王の1体に数えられる《竜王》様だ」

 帝都の門を抜け、碧は兄を背負ったまま帝国の首都に辿り着く。
 巨大なリュックを片手に、兄を背負った姿は人目を引き付ける。
 碧も恥ずかしさから、足早にその場から去ろうとする。――が、帝国の近衛兵が人混みから碧を取り囲む。
 突然の近衛兵の対応に慌てる碧、徐々に意識を朦朧させ始めた黒が冷静に「指示に従え」と碧に耳打ちする。
 兵士が碧のリュックを持つと往来の中央に裂け目が突如として現れる。

 「お話は梓殿からお聞きしております。そのお体では、帝都中央、皇宮こうぐうの先へ行くには負担が大き過ぎます。皇宮内部へと続く空間を開きました。さ、こちらへ」
 「は、はい……」

 近衛兵数人による高度な魔法で開かれた空間へと、碧は案内されるがままに進む。
 光の続く方へと歩くといつの間にか真っ白な地面と星空の空間へと辿り着いていた。
 昼間であるのに、そこは夜空が広がり星が輝いている。

 「では、私共はこれで――」

 近衛兵が頭を下げ、開かれた裂け目と共に姿を消していく。
 碧の前に、白銀の山があるだけで人の気配はしない。兄をその場で下ろし、黒の額に光る大量の汗を拭う。
 すると、ヒールのような物で地面を蹴る音が聞こえる。音の方へと振り向くと、いつの間にか真っ白な地面に深紅の祭壇が出現していた。
 その祭壇の上で、漢服に良く似た衣装を身に纏い。長髪を結った美しい女性が祭壇から立って2人へと向き直る。

 「お話は、梓様から聞いております。碧様は、初めましてですね。それと、黒様はお久しぶりですね」
 「あの……まさか、あなた様は?」

 絵画として残るほどに、女の碧からしても美しい。
 そんな絶世の美女と言っても過言はない彼女に、碧は目を奪われた。

 「久し振りだな……龍円寺 奈々華りゅうえんじ ななか。いや、今はこう言うべきか? ――竜帝」
 「――竜帝陛下!?」

 碧が兄の言葉で我に返って、その場で直ぐ様跪く。
 そんな碧の姿を見て、奈々華は笑みを浮かべる。

 「そんなに固くならないで下さい。ここは、皇宮と呼ばれる。竜帝とその一族、言わば皇族と認められる者しか出入りを認められていない領域。もっとも、神に近い場所です」
 「もっとも、神に近い場所……」
 「はい。そして、私の後ろの方が黒様がここに来た目的ですよね?」

 奈々華が後ろへと振り向くと、白銀の山が動き出した。
 長い首と巨大な両翼を広げて、紫色の両目を持った《竜》が2人を見下ろす。

 「あぁ、本当に久し振りだ」
 「ふふっ、そうですね」

 黒と奈々華が笑って、白銀の竜が火を吹く。碧が咄嗟に兄を守るが火は碧を横切って黒だけを包み込む。
 碧が黒の名を呼び、全身を黒焦げにした黒に治療を施そうとする。

 『黒竜の妹さん、慌てる必要はありません。私の息吹きは治療の為です。不足した魔力を私の魔力で補いました。とは言え、気休め程度ですが』
 「――え」

 白銀の竜が黒焦げになった黒を再び息吹きで焼く。
 奈々華と碧の見守る前で、焦げた体を破って元の体へと元通りになった黒が立ち上がる。
 焦げた破片が塵となって消え、痩せ細った体とはまるで別人となった黒が産まれたままな姿で起き上がった。
 顔を赤らめて、奈々華と碧は大慌てで目を背ける。奈々華の短い悲鳴と碧の大慌てな声で、黒が自分の姿を理解する。
 碧が持ってきたリュックから、新しい服を取り出して手早く着替える。
 竜曰く。失った魔力は戻る事はなかったが、別人の魔力を注げは延命出来るとの事。
 が、結局は延命処置であって、根本的な解決ではなかった。
 その上で、黒は竜へと尋ねた。自分の置かれている状況を打破する為、先ずすべき事を――

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