上 下
18 / 196

毒に犯された街《Ⅰ》

しおりを挟む

 額に感じる冷たさに目蓋を少し明ける。古いタイプの電球が付いたり消えたりを繰り返しているのがまず先に視界に飛び込む。
 ボロボロのベッドの上で目を覚まし、雑巾のような物が額から落ちる。

 「――よかった。目、覚ましたんだ」

 先ほどの治療を施した彼女が満面の笑みを浮かべていた。
 どうやら、彼女にあの後助けられたようであった。
 にしても、この建物の古さは異常であった。
 ごみ処理施設から盗んできたのか、トタンや破れた布などの廃材で造られている様であった。
 まるで、スラムのようなあり合わせの建物を見回してしまう。彼女も黒のそんな物珍しい態度に思わず苦笑いを浮かべていた。

 「あはは、他所から来た人にとって、ここの建物はスゴく変だよね」
 「いや、すまん。俺が知らなさ過ぎるだけだ。それに、倭以外じゃ……これが普通らしいしな」
 「――チョッ!!」

 彼女が黒の口を手で塞いで、ベッドを壊す勢いで抱き付く。
 何が何なのか分からず、驚愕する黒とは別に青ざめた顔で黒に耳打ちする。

 「あなたは、私の命恩人。外で襲われた私を助けてくれた恩は忘れない。だから、警告ね」

 人差し指を唇に押し当て、黒に鬼気迫る気迫で念を押す。

 「この街で、倭の人は敵扱いなの……軽々しく倭とか口走ったら、殺されるよ」
 「はい、気を付けまーす」
 「ホントに分かってる? でも、良かった。ソッチの人なら、安心出来る」

 妙に安心した様な表情を浮かべ、安静にするようにとベッドに黒を寝かせて部屋から出ていく。
 「安心出来る」その一言が引っ掛かりながらも、ベッドに横たわる。
 薄い毛布を体に巻いて、ゆっくりと目蓋を閉じる。だが、黒の嗅覚にあり得もしない毒素の反応を感じた。
 ベッドから飛び起きて、素足で部屋から出ていく。
 ここが2階であった事が幸いしたのか、部屋を出て直ぐの窓から身を乗り出す。

 「……おいおい、冗談だろ?」

 密集するあり合わせ住居から、毒素の反応を感じた。一部だけではなく。
 このスラム全域から、黒の魔力感知に反応するレベルの毒素であった。
 黒は、魔力の高さを強みだと認識し、人よりも魔力感知などの感覚を鍛え抜いた。
 その為、自分や仲間に害があると思われる毒素などの微量な魔力を感知出来る唯一の竜人族である。
 現在の黒は魔力を失って、魔力の元である《魔物ギフト》も失われている。
 しかし、鍛え上げた感覚などの技術は衰える事はなかった。むしろ、より一層研ぎ澄まされた。
 故に、この全域の毒素の濃さに体が反応した。

 「……致死量じゃない。が、あり得ない毒素の濃さだ。どんなスラムだよ。聞いたことねーぞ」

 建物の上からスラム全域を見通す。魔力を使用した《透視》《成分反応》などの眼球に魔力強化を施す。
 魔力の節約の為に、片目に限定した強化でスラム全域の毒素の出所を探る。
 井戸、建物、屋台などの飲食店。その全てが、毒素の出所となっていた。
 もはや、このスラムから毒素を完全に消す事は難しいと一瞬で理解した。
 やるとすれば、一旦、スラム全域を焼け野原にしてから新しくスラムを造る。それしか、方法はない。
 ここまで、毒素に犯された街など初めて見た。その上、この毒素の中で生活している人間の毒に対する耐性の異常さにも驚かされる。

 「おーい、アンタ。建物の上で、何か見付けたか?」
 「トタン踏み抜いたら、キレイ直しやがれよ~?」
 「バカかよ、スラムに綺麗も汚いもあるかよ。全部同じだ」

 建物から降りて、片目の魔力強化を解除する。思った以上に深刻な状況。
 魔力もそれほど無駄には出来ない。が、恩人であるこのスラムを黙って見過ごせない。

 未来との《約束》に反する――

 「ちょっと、寝てなきゃ駄目じゃん。絶対安静って言ったじゃん!!」
 「お、《セラ》の男か? 森で倒れてた男をそのまま手篭めにする。流石は、街一番の女だ!」
 「確かに、ええ女だ。料理もできて、肉付けも良い。兄ちゃんも別れる前に抱いとけよ」
 「うるさいぞ! 変態ジジイ共!!」

 この毒素の中で、平然と笑ってバカな話をする。セラと呼ばれた彼女が黒の肩に触れる。
 思わず、魔力を無駄にした――

 この状況が自然に起きる筈がないと分かっているからだ。
 致死量に届かないが、体が弱い子供や老人は一度病気になれば死ぬリスクが非常に高い。
 スラムを実験場にしている。ここが、毒素を用いた大型実験施設の可能性が頭を過る。

 「――いつから、この街は毒素に犯されている?」
 「毒素? なに言ってる? 確かに、老人や体の弱い子とかは早死するとか言われて育ったけど、それはここの環境が劣悪だからでしょ? ほら、森とか空気が綺麗だったでしょ?」
 「お前が森を出たのは、アレが初めてか? なら、それは実験の可能性が高いぞ。スラムの毒素に犯された子供が、新鮮な空気に満たされた森に出たら……どう死ぬ・・かのな」

 聞いた話では、セラ以外にも森を出た若者や老人は大勢いた。やけにスラム出身のセラがテントなどの高価そうな物を持っていた訳だ。
 実験の為に、何処かの誰かから仕事と称して渡された物であったらしい。
 そして、実験が成功したのだろう。殆んどの若者は新鮮な空気に触れ、体が毒の正常な反応に蝕まれた。
 あのテントで、セラの毒物反応はキノコなどの毒でも寄生生物でも無かった。

 この街に染み込んでいた。毒素の正常な反応であった。

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

俺の初恋幼馴染は、漢前な公爵令嬢

恋愛 / 完結 24h.ポイント:10,295pt お気に入り:271

【R18】傲慢な王子

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:227pt お気に入り:57

獣人だらけの世界に若返り転移してしまった件

BL / 連載中 24h.ポイント:24,246pt お気に入り:1,056

国王親子に迫られているんだが

BL / 連載中 24h.ポイント:269pt お気に入り:509

誰もシナリオ通りに動いてくれないんですけど!

BL / 連載中 24h.ポイント:27,840pt お気に入り:1,936

処理中です...