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新章 序章は終わりを告げる――【佇む『観測者』は、脚本を綴る】
その手に魂を《Ⅱ》
しおりを挟む帝国の橘領地に梓と共に飛ばされ、ズルズルと引きずられる様に屋敷へと辿り着く。
門下生、橘一族、彼らが帰宅した梓に挨拶すると、揃ってその後ろで抵抗すること無くズルズルと、引きずられる黒に視線が集まる。
幼い頃からの黒を知っている彼らであれば、イタズラをして梓や薫に叱られていたあの頃に戻ったかのようである。
しかし、その日――。近くの他一族の面々が橘の屋敷に赴く予定があった。
目的は、早々に倭から帰ってくる梓への挨拶や何らかの相談であった。
しかし、梓は帰宅するなり、本日の予定を全て後日に回すと本人の口から告げられる。
その言葉を聞いて、屋敷の殆どの従者が右から左へと大慌ての大忙しとなる。
その姿に、黒が少しだけ彼らに同情する。
「可哀そうに、仕事が増えたな」
「それは、仕方ない。それに、相手が相手だ。別に、予定を後日に回しても問題はない。他の者達は、この橘を敵に回すのを恐れている。私への挨拶とは、そういうものだ」
「……なに? 他の一族とは仲が悪いのか?」
「いや、そう言う事ではない。この地域一帯が、橘の領地だ。当然、そこで何かをするなら、私達への挨拶が無いといけない。無断でやっても、後から問題として挙げられる。それを恐れている――」
周辺地域は、橘の領地である。その中で、当然、何があっても不思議はない。
橘は、他の一族が領地内で安心して暮らせる様に領地の警備や管理をしている。
当然の如く、その領地の問題に《橘》は介入する。その際に、事前に申告や相談などが無い場合は――敵と判断される。
きっと、それを恐れている。だから、移り住んだ者や領地内で仕事をする者達は《橘》に挨拶する必要がある。
――敵と、判断されない様にする為。
「そうか、だから昔から人が多かったんだな……」
「帝国、倭、比べる訳では無いが……倭に比べて、異形の侵略は少ない。が、その殆どが知性の高い小型や夜に紛れる小賢しい奴らが多い。その上、帝国を敵視する他国からの間者の対応もある。事前の挨拶が無ければ……敵と判断されても仕方はない」
「なるほど、だから……空に目があるのか」
梓の手から逃れ、砂利の中から小石を手に取る。透かさず、魔力で小石を強化し、空へと投げた。
梓、橘一族が反応するよりも先に、投擲された小石が空で弾ける――
小さな爆発と共に小さな破片が空から降る。梓、一族の者達が誰一人感付かなかった光学迷彩付きのドローンを黒は撃ち落とした。
梓の横を通り過ぎて、一人で目的の場所へと向かう。
屋敷の庭へと落ちたドローンの残骸を従者が回収し中身のデータを確認する為に梓の前から下がる。
「どうして、気付けた。私や一族の者達ですら気付け無かったモノを――」
「簡単だ。そもそもの魔力感知範囲が違う。それに、対象を魔力のある存在や生命じゃなく。動く存在全てが感知の対象だからな……」
異常なまでに鋭い感知の精度に、梓が度肝を抜かれた。
単純な感知精度の向上は、当然のように精度が増しすほどに、多くの魔力を消耗する。
その上、様々条件や細かな条件付きでさらに魔力は消耗する。それでも尚、平然としてられる黒の魔力量の多さに、ある違和感を梓は覚えた。
そして、ある1つの疑問が脳裏に過る。
だが、それを口にする事は無い――
事実であろうとながろうと、黒には一切関係のない事である。
そして、梓の胸の内にしまって置くことで誰にも悟られる事は無い。
そうなれば、黒に敵対する者達との戦いで黒が僅かばかりでも優位に立てる。
「黒、少し強くなったか?」
「さぁ……そこまで変わってないだろ? 2年間引きこもってたんだ。もしかしたら、腕は落ちたかもな――」
他愛ない話をしながら、黒、梓が橘の霊域の前に立つ。
梓が懐から出した鍵で、霊域の扉が開く。そのまま2人は、霊域の奥へと足を踏み入れる。
静かで、少し肌寒い暗闇の世界――
目的の代物を手に入れる為に、梓が一歩前へと出る。
「……奥に行くのは、久しぶりだ」
「霊域の奥か……そう言えば、俺の居た場所とは違うのか?」
「あぁ、全くの別物だ。何せ――魔力濃度が段違いで異なる」
梓が最奥の鎖で縛られた巨大な扉の前で、朽ち果てた鍵と思しきモノを掲げる。
扉を覆っていた鎖が次第に朽ち始め、錆びて地面に落ちた破片が梓の持つ鍵へと集まる。
朽ち果てていた鍵が本来の姿を取り戻す頃には、扉がゆっくりと開かれた。
「その鍵って、何だ? 大分複雑な結界術と魔法が組み込まれてるよな?」
「あぁ、先祖代々から受け継がれてきた。橘一族の秘宝、霊域の鍵――」
霊域の最奥にて、開かれた扉から眩い閃光が黒の視界に飛び込む――
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