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1章 機械国家の永久炉――【仕掛けられる『皇帝』への罠】

本物の《Ⅰ》

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  昼間でも、イシュルワは不思議なほどに明るい。
  建物や電光掲示板などの色鮮やかなネオンや、地上から空を照らすライトの明かりで、目がおかしくなる。

  ――それが、イシュルワでの第一印象であった。

  「――こちらです」

  イシュルワの中で最も高い建物のヘリポートに降ろされる。
  先に到着していたヘルツとウォーロックの周りを、屈強なボディガードが固めている。
  階段から建物の中へと入り、直ぐにメイドと思われる者達が壁にズラリと並ぶ。
  ウォーロックの趣味なのか、若いメイド達が揃って頭を下げる。
  黒、ハートへ自身の権力の高さを見せ付ける為と思われる。が、黒もハートも美人なメイドや豪華な絵画などの装飾には一切目もくれない。
  やたらと長いだけの通路に鬱陶しさすら湧いた黒があくびをする。

  「こちらで、お待ちを……それと、危険物などの持ち込みはありませんでしょうか? 失礼ながら、確認させて頂きます」

  ボディガードによるボディチェックが行われ、ローグの懐から拳銃とナイフが取られる。
  その報告にウォーロックは、ローグ達が無防備と言う事実に立場的な有利さを噛み締める。
  しかし、そこで自分の理解の及ばない者を見て、言葉を無くした。

  目の前の男2人――
  敵地の中で、武装すらしていない。
  黒、ハートの2人は装備どころか観光目的で来たとばかりに必要最低限の所持金とゴミしか持っていなかった。

  「あっ、ゴミまで回収してくれんの!? 助かる~。途中で菓子とか食ってさ、ゴミとか持ってたんだよな」
  「今のうちに、持ってる菓子とか食っとけよ。そのゴミ回収してくれるだろ」
  「ハート、頭いいな」

  黒が懐からお菓子を取り出し口に投げ入れる。そのまま、ゴミくずをボディガードに手渡した。
  笑みを浮かべて、菓子をボリボリ頬張る黒を見て、ボディガードも絶句する。
  まるで、危機感の無い2人に他のボディガードはもちろんウォーロックですら困惑する。

  ヘルツが頭を抱えて、自分が助かる為の・・・・・避難経路を確認する。
  両脇の出入り口、2階の非常口、ホール横の非常口の3箇所を横目に見て、それらが自分から最も近場であるという事を把握する。
  逃走防止に、ボディガードが最低3人非常口付近に配置されているが、2人には意味がない――
  逃走するとしても、出入り口は必要無い。そもそも、逃げるつもりは毛頭無いからである――

  通路から巨大なホールへと案内され、丸テーブルに並ぶ豪華な食事を前に黒がは目を輝かせる。
  ローグが落ち着かない様子で、周囲の晩餐会参加者に紛れた刺客の位置と人数を確認する。
  しかし、隣のハートがローグの肩に手を置いた。

  「……殺気が漏れてる。それと、何もするな。余計に状況が悪化する。黒みたく頭を空っぽにして、楽しめ」
  「ムチャ言うなよ。敵陣営の腹の中だぞ? 楽しめる方がイカれてる……」
  「だったら、流されるままに動け――」

  ウォーロックの挨拶が終わり、会場は一気に重苦しい雰囲気と化した。
  上辺では、笑って楽しく客人と話す。だが、その殆どの者達が不自然に浮いている3人を見ている――
  黒、ハート、ローグ達3人は、決して正装ではない。
  動きやすい私服とあって、着飾った者達が9割を占めるこの会場で、正しいドレスコードに則っていない。
  ただ、服装だけの要因で3人が浮いている訳では無い。

  警戒していた――

  この会場の客人の8割が、黒、ハートを警戒している。グラス片手に談笑していても、その視線の先には3人の姿がチラついている。
  異例すぎる異例の模範とも言える。異常者代表が目の前に存在している。
  名実共に、多くの騎士やその関係者に認識されている皇帝エンペラー最強の男――橘黒たちばな くろの存在。
  この晩餐会で、最も危険で最も不可解な存在の動きは、多くの者達の神経を擦り減らす。

  「……旨いな。この、肉」
  「食い過ぎるなよ。腹一杯で、動けなくなったら……俺が困る」
  「2人共、よく食えるよな。驚きで腹一杯だよ」

  黒、ハート、ローグの3人を取り囲むイシュルワの騎士やその関係者達。
  この場で、襲い掛かれば黒、ハートは難しくとも手傷は負わせれる。
  しかし、誰一人として――動けない。

  ――動きたくない。

  ――死にたくない――

  死を恐れる人間本来の生存本能によって、思考が支配される。
  生き残りたい――たった1つを実現する為に、人は争いから手を引く。
  この場でも、何ら変わらない。
  ただ1つの例外を除いて――

  「お前が、黒竜帝バハムートだな?」
  「――あ?」

  黒、ハートの前に男が立っている。
  この場の誰よりも生存と言う選択から程遠い――人物。
  誰よりも命知らずで、自分の《強さ》に《絶対の自信》がある。
  そんな大馬鹿者の存在に、周囲の者から血の気が引く。頬や首筋を伝う汗が増していく。
  誰も止めない。止めれない――
  あの場に、踏み入る勇気も覚悟も持ち得ない。

  「退屈だろ? こんな、カス共の晩餐会は――なぁ?」
  「まぁ、そうだな。ただ、ゆっくりと飯は食える。お前みたいなバカが来なきゃな」

  男の問い掛けに答える黒をその男は、笑みと共に拳を振り下ろす。
  真横から抉るように、叩き付ける。素の実力、魔力による強化によって底上げされたパワー。
  ただ、黒の魔力による強化には程遠い――

  「残念だな……足りない」
  「だろうな。コレは、挨拶だ」

  金髪の前髪を掻き上げて、前髪を邪魔だと言わんばかりに後ろへと追いやる。
  額を露にしたオールバックの髪型に変えて、男は心の底から笑った。
  ようやく戦える。心の底から、自分が1番だと理解する。
  ローグ、トゥーリ、ガゼル、ヘルツ、田村、斑鳩、ティンバー達よりも自分が最初だと理解する。
  密偵からの報告でも、黒は本気ではない。実力の半分も出すこと無く。
  倭に向かったティンバー達や、ビフトロ周辺で仕掛けたヘルツとの戦いでも対した力は使っていない。

  唯一、ヘルツとの戦いで使う雰囲気にはなっていた。あの場で、立場を弁えない無能が邪魔をしなければ――

  黒竜の強さを目の当たりに出来た――

  抑えが効かない自身の高揚感を胸に、男は再び黒へと攻撃を加える。
  が、黒の振り上げた右足によって、その者は大きく後ろへと仰け反る。
  胴体に一撃。蹴りによる打撃が、男の体をテーブルを飛び越えた先に吹き飛ばす。
  テーブルをひっくり返し、食べ物を台無しにしながらも男は大きな口を開けて笑う。

  「最高だッ!! 俺と、戦えッ!!」

  男は、バカである。

  皇帝最強と呼ばれた男に、が戻った。その事実に、胸の高まりが抑えれず戦いを挑んだ。

  その者名は――《キャロン・アッシム》――

  イシュルワの皇帝の1人にして、ローグと似た自身の実力を確かめたく。
  戦いを渇望している――戦闘狂の1人である。
  ローグとの違う点は、ローグは時と場所などの分別が付いている事である。

  この男は、自分の3大欲求に忠実で残虐な男である。


  「俺と……戦えッッッ!!」


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