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1章 機械国家の永久炉――【仕掛けられる『皇帝』への罠】

本物の《Ⅱ》

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  黒の一撃によって、壁際まで飛ばされたキャロンが唾液と混ざった血を口から吐き出し腕で乱暴に拭う。
  昂る鼓動と湧き上がる闘争心が、彼の凶暴性に拍車を掛ける。
  視界を妨げるテーブルや床に散らばる皿などの食器を蹴り飛ばす。
  飛来する食器類を避けた黒の眼前にキャロンの拳が迫る。
  咄嗟に腕で防ぐ黒――。防がれた一撃でも、構わずありったけの力を更に込める。
  バチバチッ――と、衝突し炸裂する魔力の稲妻が建物の壁や天井のシャンデリアなどを焼き、衝突の余波によって会場が激しく揺れる。

  騎士とは言え、民間人――。そして、戦う気があっても殺すつもりは無い。
  攻撃を仕掛けられ、相手はすれど巻き込むつもりはない。
  周囲の者達を巻き込まないように配慮をする為に、力を抑える黒とは真逆にキャロンは一切躊躇う事はない。
  力を抑える事などせずに、全力を出した。壁に亀裂が生じ、巨大な窓が割れる。
  余波で飛来する窓ガラスの破片をハートが一薙で消し去る。近くの女性の手を取って、転びそうな所を助ける。

  「お怪我はありませんか?  ここは、危険ですので……あちらの非常口までご案内します」
  「えっ……ええ、ありがとうございます……」

  あまりにも予想外の対応に混乱する女性の手を取って、ハートが黒とキャロンの周辺から人を退ける。
  そして、会場から騎士職以外の女性が消えたのを見計らって、武術の応用で手を捻る。
  体勢を無理矢理崩されたキャロンを黒が窓枠だけの窓へと蹴り飛ばす。
  窓枠に体を打ち付けて、イシュルワの空へとキャロンは体1つで飛び出した。

  「なるほど……楽しいな」
  「そうか、ならもっと楽しめ――」

  空へと飛び出た黒が、キャロンの背中へと蹴りを叩き込む。
  体を半回転させ、高度を跳ね上げる。そして、間髪入れずに真横から黒のさらなる追撃によって、どちらが上で下なのか判断が難しくなる。
  混乱し、1秒のタイムラグが生まれた隙を黒の両足がキャロンの体を地上へと叩き落とす。


  ドッッッパッッッン――ッ!!!!


  金属音にも似た破裂音の後に、漆黒の稲妻がイシュルワの上空で2度、弾ける。
 抗うこと無く地上へと落下するキャロンの頭に、黒の蹴りが再び炸裂する。
  そして、地上から空へと蹴り飛ばされたキャロンへ黒が肉薄する。

  「さて、如何かな?」
  「……良い、良いッ!! 最高だ。Excellent――ッ!!」 
  「――そいつは、良かった」

 上空で魔力を踏み固めて、空を浮遊する黒と同じくキャロンが対峙する。
  一歩踏み込むキャロンの動きに合わせて、黒は次々と攻撃を避け続ける。
  キャロンの猛攻を物ともせずに、涼しい顔で黒は避け続ける。
  次第に顔色が変化するキャロンの腕を掴んで、空いた手をキャロンの首筋に向ける。

  「……遠いだろ? コレが、お前と俺との差だ。決定的な差だ――」
  「――ッッ!!」
  「唸った所で、変わらねーよ。そもそもの場数が違う」

  黒の手から逃れる為に、身を翻してその場から退避する。額から流れる汗が鬱陶しい。
  拭っても拭っても、汗は止まらず流れる。自分の強さが揺らぐ。
  イシュルワの中でしか強さを知らないキャロンにとって、生まれて初めて目にする強敵・・の存在――
  手合わせ1つまともに受けない臆病者ヘルツや裏方に徹して、実力を隠す偽善者クラトとは、根本的に大きく異なる。

  ――明確な殺意・・が、ヒシヒシとキャロンを刺激する。

  「どうした? 殺気を向けられるのは、初めてか?」
  「ふざけた事を……」
  「なら、お前から来いよ。ほら、掛かって来いよ」

  まるで、遊んでいるかのように余裕な笑みを浮かべた黒が手招きして、キャロンとの間合いをわざと空けた。
  しかし、キャロンは一歩動けない。
  橘黒と言う本物の強さを前に、自身の強さに関する認識の甘さと自分の実力不足を噛み締めている最中であったからだ。

  しかし、経験豊富とは言わなくともそれなりの戦いは経験している。
  故に、一方的とは言わなくとも多少の抵抗は可能である筈であった。

  「……まだだ。まだ何だよッ!! ここから、俺の本気を――」
  「なら、さっさと本気を出せよ――」

  音もなく真横へと肉薄した黒の肘打ちがキャロンの鳩尾に炸裂する。

  漆黒の魔力は用いない。手加減された一撃――

  見るからに手加減された一撃であっても、格下のキャロンにとっては致命的に重い一撃である。
  魔力で強化した筈の筋肉と防壁や障壁、それらを容易く貫く重い一撃が、キャロンの口から胃の内容物を押し出して吐き出させる。
  前のめりに倒れるキャロンの上着を掴んで、人気のない廃棄された思われる雑居ビルへと投げ飛ばす。

  窓を突き破って、ホコリまみれのテーブルやブルーシートが被せられた機材にキャロンは突っ込む。
  窓枠に腰を掛けて、キャロンが起き上がるまで黒は静かに待っていた。
  その際に、上での騒ぎを聞き付けて集まる野次馬を見下ろす。

  「裕福そうな服装に、健康的な顔色にふくよかな男性や高級バッグなどの贅沢品に包まれた女性――」

  地面から所々突き破って天高く伸びる排気ガスの排出、それを目的として建てられた工場施設が遠目に見える。
  キャロンとの戦いの最中で、黒はイシュルワに住む者達の状態を見ていた。

  その中で、1つ確信を持った事が、内側と外側との格差であった。

  外と内とでは、生活環境が全く異なっていた。

  健康的で贅沢品に包まれた内側の人間。裕福その物で、何一つ不自由を感じる事の無い者達――
  その一方では、工業排水や人が住むには汚染され過ぎている場所で住んでいる者達とでは、明らかに生活環境が異なっている。
  にも関わらず、彼らはそれを平然と受け入れている。黒が思っていた以上に、このイシュルワと言う国は闇が深いのかもしれない。

  「外側の人間は、光の消えた目をしてる。まるで、活力の無い鎖の無い奴隷だな……内側の人間は、そんな彼らから無理矢理に搾取する。想像以上だな――」

  瓦礫を蹴飛ばして、黒へと肉薄するキャロンの顔面に黒の本気の一撃が入る。
  漆黒の魔力を纏った拳が、稲妻を放ってキャロンの顔を叩く。

  顔面から血を吹き出して、その場で1回転して背中から床に倒れる。
  体を無理矢理にでも起こそうと試みるも、体が限界を迎えた。

  「お前も、搾取する側の人間なのか? ……意識失ってたら、質問しても意味ねーよな」

  キャロンを1人残して、建物から出ていく黒が野次馬の集まるイシュルワの地に降り立つ。
  空気は汚れ、臭いは最悪だった。工場からのガスや路地裏のゴミなどの異臭を隠す為に振り撒かれた薬や人の甘ったるい香水の臭いで、頭がイカれそうになる。

  「人間の汚い部分が見える……」

  黒の血が滴る拳を見て、道を開ける野次馬を前に冷ややかな目を向ける。
  顔を青白くした野次馬の中から、黒はウォーロックの居るであろう。
  最も高い建物へと向かう。

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