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1章 機械国家の永久炉――【仕掛けられる『皇帝』への罠】
立ち上がる理由《Ⅰ》
しおりを挟むルシウスを黙らせ、宗治は黒の下へと向かう。
もはや、ルシウスは立つことは出来ない。ならば、残る障害は――黒だけである。
「心、未来……2人に比べれば、それほどの脅威ではない。イシュルワの彼ら3人にも遅れは取らない。何より――民間人を守ったまま、僕とは戦えない」
既に結界で守られた砦を憎む様な視線を向けてから、最も難敵である人物と視線を合わせる。
余裕さをアピールしているのか、肩や裾に付いた砂を払いながらその場で軽くジャンプして息を整えている。
――前に、立つだけで恐ろしい。
数多くの死線を超えているからこそ、その滲み出る圧は、今までの経験でもそうそう無い。
味方であれば、この男ほど頼もしい人物はそうは居ない。――が、今は最大の敵として立ちはだかる存在となっている。
――背筋が冷たく凍る。
――呼吸が苦しくなり、一歩が非常に重く感じる。
……負けるな。ここで、自分が負けたら……どうなるか、分かっているだろ!!
自分に心の中で喝を入れる。
目の前の恐怖に、心が負けそうになっていたら元も子もない。
ここで、倒す。倒せなければ――死あるのみ。それも、自分が死ぬだけに留まらない。
「――大切な人を守って、死ね。せめて、守ってから死ね……」
脈打つ鼓動がその速度を早める。
ドクンッドクンッ――と、熱を帯びた血液が全身を勢い良く巡る。
脈打つ鼓動が、自分の不安定な心をさらに煽る。後が無いこの状況下で、自分がすべき事が何なのか分からなくなる。
自分が戦って勝てるのか。そもそも、戦うべきなのか――
覚悟した筈なのに、ここに来て覚悟が揺らぐ。
「負けるな。宗治――」
思いがけない言葉に、宗治の頭が真っ白に変わる。
言葉は思いもよらない人物から掛けられた。目の前の敵として立っている男からの言葉であった。
「……何を、言ってるんですか……敵ですよ?」
「それが何だよ。肩を並べて戦った仲間を鼓舞しちゃいけねーのか?」
凍り付くほどの威圧がいつの間にか消えている。
呑まれた筈なのに、その男からから感じるのは――《恐怖》ではない。
確かに強敵ではあれど――そこに立っているのは、確かに自分の憧れた人物である。
「――敵わないな。橘さんには」
「嘘つけ……ぶっ飛ばしたろ?」
「油断してましたでしょ? それに、所詮は不意打ちです。正面からじゃないと……誰にも、自慢できませんよ――」
宗治が袖に隠したナイフを両手に構えて、その場で軽くジャンプする。
息を整えて、肩の力を抜いたまま滑り落ちる様に着地と同時に間合いを詰める。
地面を滑る様に不規則さを取り込んだ動きで、黒の間合いを詰めると透かさずナイフの刃を突き付ける。
黒であれば、容易く避ける――
――それは、知っている。
だから、両手のナイフを巧みに操って手札をナイフだけだと誤認させる。
マジシャンが扱うナイフ技術のように、幾つものナイフを黒の前でお手玉のように宙を舞わせる。
黒に接近したままナイフを振るって、黒の視界にナイフによる攻撃を植え付ける。
――今だ!!
「……おい、手品なら付き合――」
油断しきった黒が投げたナイフに奪われた僅かな視線の動きに合わせて、ポケットから飛び出た閃光爆弾が黒の目と鼻の先で弾ける。
そして、視力を失った黒へと宗治の打拳が腹部へと叩き込まれる。
ミシミシッッ――
骨を軋ませ、黒の苦悶に満ちた表情からもその一撃の重さが分かる。
その上で、宗治はこの隙を決して逃さない。
直ぐに頭上から落ちてきたナイフを掴んで、黒へと斬り掛かる。
手慣れたナイフ捌きに加えて、格闘技術を応用した独自の体術で黒に立て直すスキを与えない。
――ここで、決める!!
腰を入れて、全力で黒のよろけた顔へと漆黒の稲妻を纏った拳を放った。
「――手札を隠しているのは、俺も同じだぞ」
そう言って、宗治の放った一撃を華麗に躱す。透かさず後ろ回し蹴りで宗治をその場から蹴り飛ばす。
地面を転がって、体勢を立て直す宗治の眼前に黒の拳が迫る。
魔力による強化が加わった一撃は重く。腕を前に構えた防御を容易く崩される。
体の芯に響く衝撃が宗治の内臓へと痛みを与える。
「閃光爆弾とは、考えたな。古典的だが……効く奴には、効く手段だ」
「何ですか……。それじゃ、まるで自分は効かないぞ――とでも言ってる様に聞こえるじゃ無いですか」
隙を生む切り札であった閃光を食らってもこの程度――。想定外ではあった。
だが、効果が薄い。――その結果は、少なからず読めていた。
となれば、宗治に必要な要素が何なのか必然的に見えてくる。
決定打となる手札を考えなくてはならない――
宗治の脳内で目まぐるしく様々な案が浮かんでは消える。
ヘルツ、ティンバー――。宗治よりも強者である2人と比べて、宗治には何も無い。
例え、2人との連戦であっても黒ならば自分を倒す力程度であれば残っている。
それが、今は万全な状態――
正面から戦いを挑むのは愚策――
王の世代筆頭の戦闘力の高さを嫌というほど知っている。
あの事件後の覚醒した黒やハートなどの王の世代でも、さらにその先の次元に踏み込んだ異常者――
だからこそ、付け入る隙もある。
ナイフを両手に構えて、黒を真っ直ぐ見詰める。
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