転生悪役令嬢と不良くん。[第一部*完]

高殿アカリ

文字の大きさ
20 / 46
第二章 愉快な学園生活

しおりを挟む
*************閑話休題*************



十六歳のある日、俺は突然異世界に飛ばされた。

それはまさしく「飛ばされた」という表現が的確で、突然のことに俺の頭は現実についていかなかった。



明日に控えた文化祭も、守りたかった彼女のことも、うまく歯車が噛み合い始めた家族のことも、残してきた幼い妹のことも全てが突然に俺の手の届かないところへ行ってしまった。

この感覚はきっと一生涯誰にも理解できないだろう。



そして、その方がきっと良い。

誰にも俺と同じ思いをして欲しくはなかった。



と、同時に「どうして俺だけが」と思ってしまう嫌な感情をどうすることも出来ないでいた。



ロイド公爵家に引き取られてから、数日が経ったある夜のことだった。

煌々と月の光が明るい夜空が広がっていて、気が付けば俺は誘われるように広い公爵邸の庭園に足を運んでいた。



真っ白な花が月の光を受けて青白く輝くそこに、彼女はいた。



「ふぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」



とんでもない奇声を上げて。

それが今後の俺の人生を狂わせることになる幼き日のパトリシア・ロイドであった。



恭しく花をそっと持ち上げると、彼女はだらしない笑みを浮かべた。

その姿はとても公爵令嬢とは思えないもので、俺は不覚にも吹き出してしまった。



「ぶっ」



それから、その勢いのままに大声で笑っていると、彼女がいつの間にやらずんずんとこちらに迫ってくるではないか。



「もう、秘密の時間を邪魔しないでよね!」



銀桃の髪を揺らしながら、ぷりぷりと怒る姿はとても愛らしい。

彼女の髪も花と同じく月光に照らされてきらきらと透き通って見えた。



「あー。ごめんごめん」



無意識に頭を撫でるのは幼い妹の面倒をよく見ていたからだ。

身分の高い者にそのような行為をしてはいけないと、今日ノエル殿下に説教されたばかりであったことを思い出した。



「って、すまんな」



慌てて手を離すと、何やら不満げに唇を尖らせているお嬢様がいた。



「……もっと撫でて欲しいのか?」



俺がそう尋ねると、彼女は肩を竦めた。

大人びた仕草に違和感を覚えていると、次に彼女が発した言葉に衝撃が駆け抜けた。



「まぁ、会社では誰も手放しに褒めてくれなかったからね。ちょっぴりもう少し甘えたくなっちゃったのよ」



えへへ、と恥ずかしそうに笑った彼女に俺は目を見開いた。



「あんたは、一体……」



それから、空が白むまで俺たちは言葉を紡ぎ合った。

互いのこと、元の世界のこと、それからこの世界のことを。



どんな話も楽しそうに語る彼女の横顔を美しいと思った。

決して強がるわけでも、背伸びをしているわけでもなく、ただ現状を楽しむその姿は誰よりも美しく俺の瞳に映った。



使用人たちが起床し始める頃、俺はパトリシアを自室へと送り、俺自身も自らの与えられた客室へと戻っていった。



彼女と話していたたった数時間で俺の心は驚くほどすっきりしていた。

その上で、俺はパトリシアの未来を想った。



彼女が彼女らしく在れる為に、俺は選ばれてここに来たのかもしれない。

そう思えるのならば、やっぱり悪くない気分だった。



俺はこの夜、「パトリシア・ロイド」として生きる一人の女性に恋をした。

現状を憂うことなく、ただひたすらに前を向いて楽しそうに生きる彼女の姿に。



*************閑話休題*************
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

【完結】記憶喪失の令嬢は無自覚のうちに周囲をタラシ込む。

ゆらゆらぎ
恋愛
王国の筆頭公爵家であるヴェルガム家の長女であるティアルーナは食事に混ぜられていた遅延性の毒に苦しめられ、生死を彷徨い…そして目覚めた時には何もかもをキレイさっぱり忘れていた。 毒によって記憶を失った令嬢が使用人や両親、婚約者や兄を無自覚のうちにタラシ込むお話です。

異世界で悪役令嬢として生きる事になったけど、前世の記憶を持ったまま、自分らしく過ごして良いらしい

千晶もーこ
恋愛
あの世に行ったら、番人とうずくまる少女に出会った。少女は辛い人生を歩んできて、魂が疲弊していた。それを知った番人は私に言った。 「あの子が繰り返している人生を、あなたの人生に変えてください。」 「………はぁああああ?辛そうな人生と分かってて生きろと?それも、繰り返すかもしれないのに?」 でも、お願いされたら断れない性分の私…。 異世界で自分が悪役令嬢だと知らずに過ごす私と、それによって変わっていく周りの人達の物語。そして、その物語の後の話。 ※この話は、小説家になろう様へも掲載しています

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

溺愛王子の甘すぎる花嫁~悪役令嬢を追放したら、毎日が新婚初夜になりました~

紅葉山参
恋愛
侯爵令嬢リーシャは、婚約者である第一王子ビヨンド様との結婚を心から待ち望んでいた。けれど、その幸福な未来を妬む者もいた。それが、リーシャの控えめな立場を馬鹿にし、王子を我が物にしようと画策した悪役令嬢ユーリーだった。 ある夜会で、ユーリーはビヨンド様の気を引こうと、リーシャを罠にかける。しかし、あなたの王子は、そんなつまらない小細工に騙されるほど愚かではなかった。愛するリーシャを信じ、王子はユーリーを即座に糾弾し、国外追放という厳しい処分を下す。 邪魔者が消え去った後、リーシャとビヨンド様の甘美な新婚生活が始まる。彼は、人前では厳格な王子として振る舞うけれど、私と二人きりになると、とろけるような甘さでリーシャを愛し尽くしてくれるの。 「私の可愛い妻よ、きみなしの人生なんて考えられない」 そう囁くビヨンド様に、私リーシャもまた、心も身体も預けてしまう。これは、障害が取り除かれたことで、むしろ加速度的に深まる、世界一甘くて幸せな夫婦の溺愛物語。新婚の王子妃として、私は彼の、そして王国の「最愛」として、毎日を幸福に満たされて生きていきます。

処理中です...