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第二章 愉快な学園生活
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ロイド公爵邸の窓から青空が晴れ渡っているのが見えた。
華々しい入学式の日に相応しい空模様に私の心もうきうきだ。
そう本日、私は『こいまほ』のメイン舞台「サンドリカ魔法学園」に入学するのである!
そして設定資料集でまじまじと舐めるように見ていた制服の実物がこの手の中に、今、ある‼
紺色のフレアスカートを手に、くんかくんかと匂いを嗅いでいるのがこの私、パトリシア・ロイドである。
制服を堪能することに夢中になっていると、ノックの一つもなしに自室の扉が開いて、二十二歳になった翔梧が顔を覗かせた。
「「……」」
「あ、どうぞ。続けていいっすよ」
気まずそうな顔で扉を閉めようとした彼の腕を引っ張って、自室に連れ込む。
「ちょっとちょっとちょっと!」
「いたたたたた、何だよ?」
「今見たことは絶対に絶対にぜーったいに、誰にも言わないでね?」
彼にはそう言い聞かせなければならないと、数年間の付き合いで嫌と言うほど痛感させられている。
私が転生者であることも、危うくノエルたちにバラしそうになったのだから。
念には念を、だ。
だが、私の言葉ににんまりと嫌な笑みを浮かべるのが翔梧という男であった。
数年前の愛らしい男子高校生は何処やら、立派に意地の悪い男に育ってしまったのである。
「ふぅん。俺にそんな態度を取っていいのかなぁ? 唯一『こいまほ』のオタク話が出来る相手なんじゃなかったっけ?」
六年という時間は短いようでいて、長く。
気が付けば、この世界で唯一心を許せる相手が翔梧になってしまっていた。
不覚にも、同郷の存在がこんなにも精神安定剤となるのだとは思いもしていなかった。
私は当時十六歳だった相手に、『こいまほ』の英才教育を施した。
ついでに私が転生者であることも、翔梧が助けようとした相手が私であることも伝えた。
「あの時の……」
彼はそれっきり何も言うことはなかった。
以来、私たちは蛍原翔梧とパトリシア・ロイドとして交流を重ね、今に至るのだ。
「それはそれ、これはこれ、でしょ。それに『こいまほ』オタクが実際の制服を手にしてるいのよ? 少々変になったっておかしくない……って、わ!」
「熱く語り始めようとしているところ、申し訳ないが。遅刻しそうなんでな」
翔梧はそう言うと、その筋骨隆々の二の腕で私を俵のように担ぎ上げた。
この唐突な浮遊感にも随分と慣れてしまったものだ。
私は彼の肩口に収まりよく、静かに肘をついたのだった。
公爵邸の使用人たちがにこにこと微笑ましく私たちを見送っていた。
これも日常の一部である。
もう立派な淑女なのに、いつまで彼は私を担ぎ上げるつもりなんだろうか。
ふと、そんな疑問が浮かぶものの、決して自分の口から問いかけない辺り、私も随分と彼に絆されてしまっているのよねぇ。
「はぁ」
私の溜め息に何を思ったのか。
翔梧が私の腰に回している腕に力を込めた。
「不安か?」
「え?」
「物語上、お嬢は悪役令嬢なのかもしんねぇけど。俺という例外もいるし。その、なんつーかよ。俺も、お嬢の味方だからよ。何も心配することはねぇっつーか」
ぽりぽりと頬を掻いている翔梧の耳は赤く染まっていた。
真剣にそんなことを言われると、恥ずかしくて笑い飛ばすことも出来ないじゃないか。
私は顔に手を当てた。
ジタバタと暴れるのは我慢した。えらい。
ぐっと羞恥心が去っていくのを待って、それから口を開いた。
「そうね。最終目標は卒業パーティーでの円滑な婚約破棄よ!」
ぐっと拳を握り、空に掲げた。
「それまで、よろしくね。翔梧」
「あ、あぁ」
翔梧の耳はまだ少し熱そうだった。
ふふっと笑みを浮かべ、私は翔梧に担ぎ上げられたまま玄関先に待機していた馬車に乗り込む。
さぁ、ヒロインちゃんに出逢うわよ!
意気揚々と次なる観察対象に思いを馳せた。
華々しい入学式の日に相応しい空模様に私の心もうきうきだ。
そう本日、私は『こいまほ』のメイン舞台「サンドリカ魔法学園」に入学するのである!
そして設定資料集でまじまじと舐めるように見ていた制服の実物がこの手の中に、今、ある‼
紺色のフレアスカートを手に、くんかくんかと匂いを嗅いでいるのがこの私、パトリシア・ロイドである。
制服を堪能することに夢中になっていると、ノックの一つもなしに自室の扉が開いて、二十二歳になった翔梧が顔を覗かせた。
「「……」」
「あ、どうぞ。続けていいっすよ」
気まずそうな顔で扉を閉めようとした彼の腕を引っ張って、自室に連れ込む。
「ちょっとちょっとちょっと!」
「いたたたたた、何だよ?」
「今見たことは絶対に絶対にぜーったいに、誰にも言わないでね?」
彼にはそう言い聞かせなければならないと、数年間の付き合いで嫌と言うほど痛感させられている。
私が転生者であることも、危うくノエルたちにバラしそうになったのだから。
念には念を、だ。
だが、私の言葉ににんまりと嫌な笑みを浮かべるのが翔梧という男であった。
数年前の愛らしい男子高校生は何処やら、立派に意地の悪い男に育ってしまったのである。
「ふぅん。俺にそんな態度を取っていいのかなぁ? 唯一『こいまほ』のオタク話が出来る相手なんじゃなかったっけ?」
六年という時間は短いようでいて、長く。
気が付けば、この世界で唯一心を許せる相手が翔梧になってしまっていた。
不覚にも、同郷の存在がこんなにも精神安定剤となるのだとは思いもしていなかった。
私は当時十六歳だった相手に、『こいまほ』の英才教育を施した。
ついでに私が転生者であることも、翔梧が助けようとした相手が私であることも伝えた。
「あの時の……」
彼はそれっきり何も言うことはなかった。
以来、私たちは蛍原翔梧とパトリシア・ロイドとして交流を重ね、今に至るのだ。
「それはそれ、これはこれ、でしょ。それに『こいまほ』オタクが実際の制服を手にしてるいのよ? 少々変になったっておかしくない……って、わ!」
「熱く語り始めようとしているところ、申し訳ないが。遅刻しそうなんでな」
翔梧はそう言うと、その筋骨隆々の二の腕で私を俵のように担ぎ上げた。
この唐突な浮遊感にも随分と慣れてしまったものだ。
私は彼の肩口に収まりよく、静かに肘をついたのだった。
公爵邸の使用人たちがにこにこと微笑ましく私たちを見送っていた。
これも日常の一部である。
もう立派な淑女なのに、いつまで彼は私を担ぎ上げるつもりなんだろうか。
ふと、そんな疑問が浮かぶものの、決して自分の口から問いかけない辺り、私も随分と彼に絆されてしまっているのよねぇ。
「はぁ」
私の溜め息に何を思ったのか。
翔梧が私の腰に回している腕に力を込めた。
「不安か?」
「え?」
「物語上、お嬢は悪役令嬢なのかもしんねぇけど。俺という例外もいるし。その、なんつーかよ。俺も、お嬢の味方だからよ。何も心配することはねぇっつーか」
ぽりぽりと頬を掻いている翔梧の耳は赤く染まっていた。
真剣にそんなことを言われると、恥ずかしくて笑い飛ばすことも出来ないじゃないか。
私は顔に手を当てた。
ジタバタと暴れるのは我慢した。えらい。
ぐっと羞恥心が去っていくのを待って、それから口を開いた。
「そうね。最終目標は卒業パーティーでの円滑な婚約破棄よ!」
ぐっと拳を握り、空に掲げた。
「それまで、よろしくね。翔梧」
「あ、あぁ」
翔梧の耳はまだ少し熱そうだった。
ふふっと笑みを浮かべ、私は翔梧に担ぎ上げられたまま玄関先に待機していた馬車に乗り込む。
さぁ、ヒロインちゃんに出逢うわよ!
意気揚々と次なる観察対象に思いを馳せた。
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