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第十五話
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并州晋陽。并州刺史丁原はこの都市を本拠地として使っていた。その軍議の間には丁原に仕える将が全員揃っていた。并州騎馬隊指揮官呂布、高順、張遼。そして并州歩兵隊指揮官秦宜禄、李鄒、趙庶の六人である。最上段には并州刺史丁原が腰をかけている。そしてその丁原が口を開いた。
「中央の大将軍何進殿からの命令があった」
「またか。今度の戦場はどこだ? もしかしてまた涼州で叛乱でも起きたか?」
呂布の言葉に丁原は首を振る。
「今回は戦ではない。丁原殿の命令は軍勢を引き連れて洛陽まで来いとのことだ」
丁原の言葉に将達が嫌そうに顔を顰める。
霊帝が崩御し、その後継者を巡って何進の妹である何皇后派と、霊帝の母董氏が争っている。大将軍何進は妹である何進とその子供である皇太子劉弁を支持しており、皇帝の外戚として何氏の台頭を許したくない董氏と宦官達は皇太子劉協を擁立し対抗している。今回の上洛命令は軍事力で董氏の恐怖心を煽りたい何進の考えであろう。
自分達が政略の道具にされている。
純粋な武人が多く、政治には疎い丁原配下の将達もそれくらいは理解する。そして自分達の武勇が政治に利用されたくない并州の武人達は洛陽に行くことを嫌がるのだ。
「やめろやめろ、親父殿。何故俺達が中央の連中に利用されなくちゃいけないのだ」
「今回は呂布殿に賛成です。勝つにせよ負けるにせよ、中央の政争に巻き込まれては後日の災いの種になりかねません」
呂布の心底嫌そうな言葉にいつも以上に悲痛な表情を浮かべた秦宜禄が続く。二人の意見に高順も内心で頷く。もし負ければ対立したという理由で勝者に殺され、もし勝ったとしても強大な軍事力を持つ丁原は何進から敵対視されるだろう。
つまり、上洛した時点で丁原の破滅が決まるのだ。丁原のことを慕っている高順達にはそれを認めるわけにはいかなかった。
だが、丁原は黙って首を振る。
「私は漢の臣下だ。漢の大将軍たる何進殿から命じられた正式な命令である限り、これに反するわけにはいかぬ」
「親父殿は行けばそれだけで破滅だっ。俺ですらわかることが親父殿がわからぬわけがなかろうっ」
「確かに上洛してどちらかに助力するれば、私に待つのは身の破滅だろう。だがな。私は漢の……陛下の臣下なのだ。陛下の重要な刻に知らぬ顔はできん」
「その国が我々に何をしてくださいましたかっ」
丁原の言葉に怒鳴ったのは直情径行な呂布ではなく、悲観的な考えをする秦宜禄であった。秦宜禄の表情にはいつも通りの悲痛な表情ではなく、憤怒に染まった表情をしている。
「この漢という国は我々に何もしてくだされないっ。我々を匈奴や鮮卑から助けてくださったのは丁原殿だ。国なぞ我々に本来届けるべき物資を奪ったりしたりするだけではないですかっ」
「それは陛下の存じ上げることではない。一部の臣下が行なっていることに過ぎない」
「知らないから許されるとでも言うのですかっ」
「許されるとは言わぬ。だが、温情をかける一助にはなろう」
「話になりませぬ。我々并州歩兵隊は断固として丁原殿の洛陽行きは反対させていただく」
それだけ言って秦宜禄は腕を組んで黙り込む。その表情には未だに治らない怒りがあった。この場にいる全員が丁原に助けられた過去を持っている。だからこそ自殺のように身の破滅へと向かう丁原を止めたかったのだ。
次に口を開いたのは呂布であった。
「并州騎馬隊もその命令には従えない。それに親父殿。親父殿は本音を話ていないように俺には思える。本音を言ってくれ。それ次第で俺だけでなく秦宜禄も考えを改めるかもしれない」
呂布の言葉に軍議の間に沈黙が流れる。全員の視線は丁原に集中し、視線を逸らすことはない。丁原も眼を瞑って腕を組んでいたが、一度だけため息を吐くとゆっくりと口を開いた。
「私は長らく悩んでいた」
丁原は一人一人の顔を見渡しながら言葉を続ける。
「貴殿達は私に恩義があると言って従ってくれている。だが、貴殿達の武勇を并州と言う小さな地域だけにとどめておいて良いものかどうか」
それは丁原がずっと思っていた本音。丁原が部下達に持っていた後悔の念。
「貴殿達の武勇は并州だけにとどめておいて良いものではない。全土に……それこそ民や陛下ご自身にも知っていただきたいのだ。私ももう老いた。先も少ない。そんな私の願いが貴殿達が中原に出て行くことだ」
そこまで言って丁原の老いた表情から輝きが出る。
「最初にこれを夢想した時、私は年甲斐もなく嬉しくなった。私が育て上げた武人達が中原を駆け巡り、全土にその名を轟かせるのだ。味方が貴殿達の来援を知れば勝ちを確信し、敵が知れば恐怖に陥る。そして進軍しただけで城が開かれる。私はそんな軍勢を見たい。そして貴殿達ならそれができると確信している」
だから頼む。
丁原は最後にそれだけ付け加えて頭を下げる。
先ほどとは別の意味で沈黙する軍議の間。しばらくして呂布がため息をついた。そのため息には諦めと、どこか高揚感も含んだため息だった。
「親父殿がそこまで言うのだったら仕方ないな。兄弟に依存は?」
「ない」
「張遼は」
「中原に我らが武勇を披露することはむしろ望むところです」
高順と張遼の返答に呂布はいつも通り楽しそうに笑う。
「決まりだ。俺達并州騎馬隊は親父殿について行く。秦宜禄はどうする?」
呂布の言葉に秦宜禄もいつも通りの悲痛な表情を浮かべながら同輩に話しかける。
「李鄒はどう思う?」
「張遼の意見に賛成です」
「趙庶は?」
「李鄒と同意見だ。中原の腰抜け共に俺達の武威を見せつける良い機会だ」
李鄒と趙庶の意見を聞いて、秦宜禄はため息を吐く。
「わかりました。我々并州歩兵隊も丁原殿に従います。しかし、我々の主君はあくまで丁原殿ということをお忘れなきよう」
「……感謝する」
丁原の言葉に返ってきたのは全員の拱手であった。
「中央の大将軍何進殿からの命令があった」
「またか。今度の戦場はどこだ? もしかしてまた涼州で叛乱でも起きたか?」
呂布の言葉に丁原は首を振る。
「今回は戦ではない。丁原殿の命令は軍勢を引き連れて洛陽まで来いとのことだ」
丁原の言葉に将達が嫌そうに顔を顰める。
霊帝が崩御し、その後継者を巡って何進の妹である何皇后派と、霊帝の母董氏が争っている。大将軍何進は妹である何進とその子供である皇太子劉弁を支持しており、皇帝の外戚として何氏の台頭を許したくない董氏と宦官達は皇太子劉協を擁立し対抗している。今回の上洛命令は軍事力で董氏の恐怖心を煽りたい何進の考えであろう。
自分達が政略の道具にされている。
純粋な武人が多く、政治には疎い丁原配下の将達もそれくらいは理解する。そして自分達の武勇が政治に利用されたくない并州の武人達は洛陽に行くことを嫌がるのだ。
「やめろやめろ、親父殿。何故俺達が中央の連中に利用されなくちゃいけないのだ」
「今回は呂布殿に賛成です。勝つにせよ負けるにせよ、中央の政争に巻き込まれては後日の災いの種になりかねません」
呂布の心底嫌そうな言葉にいつも以上に悲痛な表情を浮かべた秦宜禄が続く。二人の意見に高順も内心で頷く。もし負ければ対立したという理由で勝者に殺され、もし勝ったとしても強大な軍事力を持つ丁原は何進から敵対視されるだろう。
つまり、上洛した時点で丁原の破滅が決まるのだ。丁原のことを慕っている高順達にはそれを認めるわけにはいかなかった。
だが、丁原は黙って首を振る。
「私は漢の臣下だ。漢の大将軍たる何進殿から命じられた正式な命令である限り、これに反するわけにはいかぬ」
「親父殿は行けばそれだけで破滅だっ。俺ですらわかることが親父殿がわからぬわけがなかろうっ」
「確かに上洛してどちらかに助力するれば、私に待つのは身の破滅だろう。だがな。私は漢の……陛下の臣下なのだ。陛下の重要な刻に知らぬ顔はできん」
「その国が我々に何をしてくださいましたかっ」
丁原の言葉に怒鳴ったのは直情径行な呂布ではなく、悲観的な考えをする秦宜禄であった。秦宜禄の表情にはいつも通りの悲痛な表情ではなく、憤怒に染まった表情をしている。
「この漢という国は我々に何もしてくだされないっ。我々を匈奴や鮮卑から助けてくださったのは丁原殿だ。国なぞ我々に本来届けるべき物資を奪ったりしたりするだけではないですかっ」
「それは陛下の存じ上げることではない。一部の臣下が行なっていることに過ぎない」
「知らないから許されるとでも言うのですかっ」
「許されるとは言わぬ。だが、温情をかける一助にはなろう」
「話になりませぬ。我々并州歩兵隊は断固として丁原殿の洛陽行きは反対させていただく」
それだけ言って秦宜禄は腕を組んで黙り込む。その表情には未だに治らない怒りがあった。この場にいる全員が丁原に助けられた過去を持っている。だからこそ自殺のように身の破滅へと向かう丁原を止めたかったのだ。
次に口を開いたのは呂布であった。
「并州騎馬隊もその命令には従えない。それに親父殿。親父殿は本音を話ていないように俺には思える。本音を言ってくれ。それ次第で俺だけでなく秦宜禄も考えを改めるかもしれない」
呂布の言葉に軍議の間に沈黙が流れる。全員の視線は丁原に集中し、視線を逸らすことはない。丁原も眼を瞑って腕を組んでいたが、一度だけため息を吐くとゆっくりと口を開いた。
「私は長らく悩んでいた」
丁原は一人一人の顔を見渡しながら言葉を続ける。
「貴殿達は私に恩義があると言って従ってくれている。だが、貴殿達の武勇を并州と言う小さな地域だけにとどめておいて良いものかどうか」
それは丁原がずっと思っていた本音。丁原が部下達に持っていた後悔の念。
「貴殿達の武勇は并州だけにとどめておいて良いものではない。全土に……それこそ民や陛下ご自身にも知っていただきたいのだ。私ももう老いた。先も少ない。そんな私の願いが貴殿達が中原に出て行くことだ」
そこまで言って丁原の老いた表情から輝きが出る。
「最初にこれを夢想した時、私は年甲斐もなく嬉しくなった。私が育て上げた武人達が中原を駆け巡り、全土にその名を轟かせるのだ。味方が貴殿達の来援を知れば勝ちを確信し、敵が知れば恐怖に陥る。そして進軍しただけで城が開かれる。私はそんな軍勢を見たい。そして貴殿達ならそれができると確信している」
だから頼む。
丁原は最後にそれだけ付け加えて頭を下げる。
先ほどとは別の意味で沈黙する軍議の間。しばらくして呂布がため息をついた。そのため息には諦めと、どこか高揚感も含んだため息だった。
「親父殿がそこまで言うのだったら仕方ないな。兄弟に依存は?」
「ない」
「張遼は」
「中原に我らが武勇を披露することはむしろ望むところです」
高順と張遼の返答に呂布はいつも通り楽しそうに笑う。
「決まりだ。俺達并州騎馬隊は親父殿について行く。秦宜禄はどうする?」
呂布の言葉に秦宜禄もいつも通りの悲痛な表情を浮かべながら同輩に話しかける。
「李鄒はどう思う?」
「張遼の意見に賛成です」
「趙庶は?」
「李鄒と同意見だ。中原の腰抜け共に俺達の武威を見せつける良い機会だ」
李鄒と趙庶の意見を聞いて、秦宜禄はため息を吐く。
「わかりました。我々并州歩兵隊も丁原殿に従います。しかし、我々の主君はあくまで丁原殿ということをお忘れなきよう」
「……感謝する」
丁原の言葉に返ってきたのは全員の拱手であった。
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