言の葉デリバリー

粟生深泥

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言の葉デリバリー

言の葉デリバリー2

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 意気揚々とした夏希さんの車に乗って連れていかれたのは大学から20分程の場所にある「片倉印刷」という町工場のような場所だった。弁当のデリバリーで何度も近くを通ったことはあったから存在は知っていたけど、中に入るのは初めてだった。砂利がひかれた駐車場で車がガタガタと揺れる。駐車場には何台か車が止まっていたけど、朗読とか宅配をやっているような雰囲気はなかった。

「ここ、お父さんがやってる印刷所でね。ちょっとスペース借りてるの」

 ベージュ色の軽自動車から降りた夏希さんは敷地の縁を通るようにして印刷所の裏手の方へと歩いていく。そういえば普段は夏希さん呼びだからあまり意識を意識してなかったけど苗字は片倉だったっけ。
 夏希さんの後ろについていくと、建物のちょうど裏側に勝手口のようなアルミサッシの無骨なドアがあり、その横に『言の葉デリバリー』とカラフルに彩られたプレートが駆けられていた。

「鈴ちゃん、お疲れー」

 夏希さんが扉を開けるとそこには10畳程の空間に天井まで届くようなレターボックスが数多く並ぶ特徴的な部屋になっていた。レターボックスの取っ手部分には「切ない恋愛の物語」、「挽回の可能性を信じたくなる物語」、「ドキドキする物語」といったテープが張り付けられている。取っ手の面はプラスチックで中が透けて見えるようになっていて、ボックス毎に冊子が収められているようだった。

「鈴ちゃん。調子どう?」

 夏希さんが声をかけたのは、部屋の奥デスクでノートパソコンと向き合っている同い年くらいの女の子だった。タタタタッとキーを叩く小気味よい音が息をつく間もないくらいなり続けている。

「別に、普通」

 鈴と呼ばれた女の子が涼やかな声で答えながら夏希さんの方を見る。夏希さんがその名前の通り夏のような存在感を発する女性だとすれば、その女の子は冷たく透き通る冬のような眼差しが印象的だった。見た目だけの雰囲気でいえば夏希さんとは何もかも対照的に見える。夏希さんの服装が明るく爽やかなアザーブルーなのに対して、その女の子は落ち着きのあるスモークブルー。髪型も大人っぽく整えられた夏希さんと、幼さの残るショートヘアって感じ。何より、見に纏う雰囲気が夏と冬のように正反対に見えた。
 その瞳が夏希さんの一歩後ろにいた僕を見つけたのかすうっと細められる。動き続けてきた指がピタリと止まった。

「この前話してた悠人君。今日は見学だけどね」
「あ、えっと。田野瀬悠人、長部田大学の工学部の1年です」

 会釈をしてみるけど、特に反応は返ってこなかった。じっと僕の方を見ている気がするから無視されているわけではないと思うけど、何かを見透かすような瞳に見つめられていると何故だかザワザワと胸騒ぎがしてくる。ちらっと振り返った夏希さんの顔には苦笑いが浮かんでいた。

「悠人君、この子は雪乃鈴ちゃん。悠人君と同じ長部田大学の1年生で、ここでは届けるお話を執筆してもらっているの。お弁当屋さんでいえばキッチンスタッフってところかな」

 雪乃さんは微かに頷くような素振りを見せると、すぐにまたパソコンと向き合ってしまう。気づかないうちに緊張していたのか、視線がそれたことでふっと息が漏れた。夏希さんは雪乃さんのデスクに近づくと、デスクの上のホワイトボードにとめられていた伝票のような紙を手に取る。

「今日の依頼は16時に秋江さんのところね。オーダーは『家族の暖かみを感じる物語』かあ。まだストックあったっけ?」

 レターボックスの方に向かおうとした夏希さんの腕を雪乃さんの手がそっと掴んだ。反対側の手でノートパソコンの隣に置いてあった冊子を手に取り夏希さんへと差し出す。

「秋江さんのところはストックを使い切ってるから、さっき書き上げた」
「おー、流石鈴ちゃん! どれどれ……」

 白い無地の冊子を夏希さんは先頭から捲っていく。じっと黙って読み進めていくけど、その表情は豊かに動き回っていて、夏希さんが物語に惹き込まれているであろうことが伝わってきた。じっとそのまま3分程たったところで冊子の内容を捲り終わって、夏希さんの顔に改めて夏の花のような笑みが咲く。

「バッチリ! じゃあ、早速届けてくるね!」

 雪乃さんは無表情のままで――いや、ちょっと安心したのかな——首を縦に振る。夏希さんは冊子とコインケースらしきものを鞄に入れると、僕を手招きして事務所の外に出た。後を追って出る直前、ふと視線を感じた気がして振り返ってみるけど、既に雪乃さんはカタカタと執筆に戻っていた。気のせい、だったかな。

「悠人君、どうしたの?」
「あっ、今行きます」

 ここまで来た時と同じように再びベージュ色の軽自動車の助手席に乗り込む。ガタガタと揺れながら車は緩やかに印刷所を後にした。車にカーナビはついているけど、慣れているのか夏希さんは操作することなく車を走らせていく。この先には海辺の集落があるはずだ。

「……ごめんね。別に鈴ちゃんは悪い子じゃないんだけど」

 運転席の夏希さんは前を見ながらちょっと困ったような笑みを浮かべている。夏希さんとは言葉を交わした雪乃さんだったけど、結局僕に対しては一言も発しなかった。

「大丈夫です。思ったことをどう言葉に出したらいいかわからないってこと、僕にもよくありますから」

 雪乃さんが僕を見る表情は硬かったけど、そこに含まれているのは敵意とかではなくて、戸惑いとか緊張とか不安とかそういった類のものに感じた。その表情を僕はよく知っている。実家のアルバムを捲ればそんな表情を浮かべる僕がいくらでもいるはずだ。
 夏希さんはポカンとした様子でちらっと僕を見て、それからカラカラと楽しそうに笑い出した。一瞬で変わってしまった表情に置いていかれてしまう。

「あの、夏希さん?」
「ううん、なんでもない。やっぱり君を選んだ私の目に狂いはなかったなって思っただけ」

 僕はまだ見学のはずで働くと決めたわけじゃないのだけど、夏希さんの中では既定路線になってしまっているような気がする。そんなことを考えているうちに夏希さんの表情はまた移ろっていて、少し目を細めて遠くの方を見ていた。

「鈴ちゃんは人のことが嫌いとかじゃなくて、むしろ、周りのことに人一倍敏感で。ただ、それをすぐに咀嚼して面に出すのが苦手なだけ。だからこそ、鈴ちゃんがゆっくりと噛みしめた物語にはきっと心を揺さぶる力があるんだろうなって」

 懐かしそうに語る夏希さんの様子に、さっき冊子を読みながらクルクルと変化していった夏希さんの表情を思い出した。

「初めて鈴ちゃんの書いた物語を読んだ時、色々あって悩んでた時期だったんだけど、それが嘘みたいに軽くなって。だから、きっと鈴ちゃんの物語で救われる人がいるんだろうなって言の葉デリバリーを始めたの。まあ、それだけじゃないんだけどね」

 夏希さんの視線が微かに揺れる。多分その先に映っているのは“色々あった”時のことなのだろうけど、それ以上にあの冊子に込められた力が気になってきた。人の心を動かす物語。

「その冊子、今のうちに読ませてもらってもいいですか?」
「うーん。今日だけは先読み禁止」

 快調に走ってきた軽自動車が赤信号で止まり、夏希さんは無邪気な笑みを浮かべて僕の方を向いた。

「今日は悠人君にも新鮮な気持ちで聞いてほしいんだ。鈴ちゃんが書いて、私が読む物語を」
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