言の葉デリバリー

粟生深泥

文字の大きさ
14 / 39
ありのままの貴方で

ありのままの貴方で1

しおりを挟む
「ねえ、悠人さん。だいぶ板についてきたんじゃない?」

 朗読を終えて冊子から顔をあげると秋江さんがにっかりと笑う。秋絵さんは言の葉デリバリーで一番のお得意さんであり、夏希さんが言の葉デリバリーを立ち上げた当初からのお客さんで、その言葉はじんわりとしみ込んできた。

「秋江さんからそう言ってもらえたら、凄い自信になります」

 秋江さんが持ってきたくれた冷たい麦茶をありがたくいただきながらホッと息をつく。9月に入ったけど残暑というよりは絶賛営業中というような暑さが続いていて、体の内側から冷やしてくれるような麦茶も染みわたってくる。
 言の葉デリバリーの依頼は先月の木下さんのようなものもあれば、物語を届けるついでのお茶飲み話の方に重きがあることもある。今日の秋江さんはまさにそんな感じだったけど、地域に伝わる昔話というのは聞いてみると意外と面白かったりする。

「この前、夏希ちゃんも悠人さんのこと褒めてたよ。『悠人君は私よりいい配達人』ってね」

 それまでグイグイ飲んでた麦茶が変なところに入って思いっきりむせた。今でも注文が入っていない日は夏希さんや雪乃さんの前で練習を続けていて、夏希さんはすごいよく褒めてくれる。けれど、僕の知らないところで褒めてくれるというのは、それとは違った気恥しさや嬉しさがあった。
 僕は今も夏希さんのように物語の世界を描ききることができていないと思う。その違いが読み方なのか物語への理解によるものなのかはわからないし、その差がどの程度あるのかもわかっていない。だけど、少しずつでも成長できる感覚というのは何だかスポーツにも似た充実感がある。その意味では、やっぱり僕はこのバイトに向いているのかも入れない。そこはかとなく夏希さんのドヤ顔が思い浮かぶようだけど。

「ところで悠人さん、8月の間殆ど働いてたみたいだけど、ご両親のところへは帰ったの?」

 不意打ち気味の質問に、とっさに言葉が出てこなかった。
 この夏、実家には帰っていない。そもそも帰らない言い訳にバイトを探していたくらいだし、言の葉デリバリーで働き始めてからはあっという間に日々が過ぎていくような感じで帰省という言葉自体頭から抜け落ちていた。

「あらあら。悠人さん、この春から一人暮らしだったでしょ。親御さん、心配されてるんじゃない?」

 帰っていないことは口にしなくてもバレてしまったようだ。まあ、帰っていれば素直にそう答えるだろうから当たり前か。
 心配。夏休みが始まった頃に母親と電話口で話した言葉は覚えている。宅配なんて危ないんじゃないか――あれは確かに心配だったのかもしれないけれど。

「……そう、でしょうか」

 正直、自信がなかった。だから僕は一人暮らしを始めてから一度も実家に帰っていない。

「僕には一人兄がいます。兄は僕よりすごい優秀で、僕の親も兄に色々と気をつかっていて、平凡な僕のことは二の次でした」

 麦茶を飲み終えたグラスの氷がカランと音を立てる。氷だけが残って透明で隙間だらけのグラスに何故だか共感してしまう。

「気が付けば僕が二の次になっていることは親もわかってたみたいで。だから、突然思い出したように心配されたりして、それがいたたまれなくなって。だから、僕が家に帰らない方が僕も親も生きやすいんじゃないかなって……」

 窓の外から響いてきたザブンという音でハッと我に返る。秋江さんはじっと僕の目を見て話を聞いていた。それはまるで朗読中みたいだったけど、口にしていたのはありのままの胸の内だった。

「すみません、こんな。僕の方が悩みを聞いてもらうみたいで……」

 僕の方が仕事で来ているのに、これじゃ立場が逆である。だけど秋江さんはゆっくりと首を横に振った。

「いいのよ。私だって悠人さんにお世話になっているから、おあいこ」

 秋江さんはふっと息を吐いて、困ったような笑み浮かべた。

「娘はね、私と性格が瓜二つで。だから反抗期が終わってもちょこちょこ喧嘩してね。お盆の前に電話で喧嘩した時なんかは、今年は帰ってこないかななんて思うんだけど」

 秋江さんが手元の麦茶をゆっくりと飲み干していく。

「でもね、娘は帰ってくるの。喧嘩が終わったわけじゃなくいからムスッとした顔で帰ってきて、相変わらず喧嘩したままなんだけど、そんなときでも『帰ってきてくれてよかったなあ』って思うの」

 僕は親と喧嘩をしているのだろうか。いや、違う。喧嘩さえしていない。もしかしたら僕たちは相手が考えていることをあーだこーだと勝手に想像して、すれ違っているだけなのかもしれない。
 だけど、僕にとってしてみればその紐は長い時間をかけてがんじがらめに絡まってしまっていて、どうすれば解けるのか見当もつかない。

「なんて、説教くさいかもしれないけど。子どもが帰ってきて嬉しくない親なんてめったにいるもんじゃないから。まあ、これは私の体験談だけどね」

 秋江さんがちょっぴりお茶目な笑みを浮かべたところで6時を告げるチャイムが鳴り響く。特に次の仕事が迫っているわけではないけど、ちょうどいい区切りかと思ったし、それは秋江さんも同じようだった。秋江さんは飲み終えたグラスを持って立ち上がり、僕もそれに倣う。

「亀の甲より年の功、なんていうからね。困ったことがあれば相談してちょうだい。これはお仕事とかじゃなくて、人と人との関係ね」

 僕は頷きと会釈が混ざったみたいに中途半端に頭を下げて、自分の飲み終えたグラスを秋江さんに手渡す。透明の氷は半分くらい溶けていて、カラカラという音はもうしなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

青春リフレクション

羽月咲羅
青春
16歳までしか生きられない――。 命の期限がある一条蒼月は未来も希望もなく、生きることを諦め、死ぬことを受け入れるしかできずにいた。 そんなある日、一人の少女に出会う。 彼女はいつも当たり前のように側にいて、次第に蒼月の心にも変化が現れる。 でも、その出会いは偶然じゃなく、必然だった…!? 胸きゅんありの切ない恋愛作品、の予定です!

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説

宮 都
青春
幼なじみへの気持ちの変化を自覚できずにいた中2の夏。ライバルとの出会いが、少年を未知のスポーツへと向わせた。 美少女と手に手をとって進むその競技の名は、アイスダンス!! 【2022/6/11完結】  その日僕たちの教室は、朝から転校生が来るという噂に落ち着きをなくしていた。帰国子女らしいという情報も入り、誰もがますます転校生への期待を募らせていた。  そんな中でただ一人、果歩(かほ)だけは違っていた。 「制覇、今日は五時からだから。来てね」  隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。  担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。 ◇ こんな二人の居場所に現れたアメリカ帰りの転校生。少年はアイスダンスをするという彼に強い焦りを感じ、彼と同じ道に飛び込んでいく…… ――小説家になろう、カクヨム(別タイトル)にも掲載――

僕《わたし》は誰でしょう

紫音みけ🐾新刊2月中旬発売!
青春
※第7回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  交通事故の後遺症で記憶喪失になってしまった女子高生・比良坂すずは、自分が女であることに違和感を抱く。 「自分はもともと男ではなかったか?」  事故後から男性寄りの思考になり、周囲とのギャップに悩む彼女は、次第に身に覚えのないはずの記憶を思い出し始める。まるで別人のものとしか思えないその記憶は、一体どこから来たのだろうか。  見知らぬ思い出をめぐる青春SF。 ※表紙イラスト=ミカスケ様

ハチミツ色の絵の具に溺れたい

桃本もも
青春
大学生になったばかりの梅若佐保には、ひとつだけ悔やんでも悔やみきれないことがあった。 高校で唯一仲良くしていた美術部の後輩、茜谷まほろが事故に遭うきっかけを作ってしまったことだ。 まほろは一命を取りとめたものの、意識不明がつづいている。 まほろがいない、無味乾燥な日々。 そんな佐保のもとに、入院しているはずのまほろが現れる。 「あたし、やりたいことがあって、先輩のところに来たんです」 意識だけの存在になったまほろとの、不思議なふたり暮らしがはじまる――

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...