ダッシュの果て、君と歩める世界は

粟生深泥

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第2'章 その一滴は波紋となって③

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「なるほど、ここが噂の祠かあ」

 山頂から少し下ったところに件の祠は鎮座している。祠自体はやしろのなかに祀られていて、結構しっかりとしたつくりになっている。俺と時乃が社の縁側で一息つく中、神崎はキョロキョロと興味深そうにあたりを見渡している。

「それじゃ早速」

 そう言って神崎が背負ってきたリュックから箱を取り出すと、さらにそこから小ぶりの瓶をいくつか取り出した。その瓶の中に神崎は社の周りの土や木の皮を採取していく。そういえば昨日、担任の石川先生に何かを頼んでいたようだったけど、この辺りの道具を化学準備室あたりから融通してもらっていたのかもしれない。

「ねえ、翔太。あれって何してるの?」
「さあ? まあ、神崎は宇宙からの転校生だから」

 神崎が転校してきた日に何となく口にした言葉だったけど、意外と神崎が謎の行動をしたときに納得する理由としてははまっていて、考えるのが面倒くさい時はその言葉で納得することにしていた。持ち帰って成分分析でもするつもりなのかもしれないけど、そうだとしたら俺に手伝えることはなさそうだし、下手に手を出すより神崎に任せた方がいいだろう。

「さて、と」

 休憩を切り上げて立ち上がり、社の扉を開ける。少しだけ埃っぽい空気が広がり、中に鎮座する祠が姿を現した。曰く付きの祠ではあるけど、もしかしたら呪いについて何かヒントがあるかもしれない。だから、時折こうして空気を入れ替えて祠や社が痛まない様にしていた。そのついでに、祠の盃に持ってきた水を注ぎ、萎れてしまっている花瓶の花を入れ替えて、祠に向かって手を合わせる。

「何を祈ってるの?」

 手を合わせたところで後ろから時乃が尋ねてくる。

「特に、何も」
「何も?」

 時乃の目が怪訝そうに俺と祠を行き来する。

「呪いを信じないのに神様だけ信じるのもなんか違うな気がするしな。だから、これはただのルーチンワークみたいなもんだよ」

 祖父や父さんにこの社に連れてきてもらっていた頃、祖父はこうして社と祠の簡単な手入れをしてから仕事に取り掛かっていた。そんな姿をいつも見ていたせいか、それをしないのは何かこう落ち着かない。

「へえ、なんだか霊験あらたかなところだね」

 今度は神崎が額を腕で拭いながら社の中にあがってきた。

「もう作業は終わったのか?」
「今日やるのは試料採取だけだしね。ちょちょいっと」

 本当に試料採取だったのか。土とか木片を集めていたようだったけど何をするつもりだろう。
 そんなことを考えている間にも神崎は社の中をキョロキョロと見渡す。

「ふーん。屋根のところに絵が描いてあるんだね。あれは……鬼、かな?」

 神崎の言葉につられるように屋根を見上げる。そこには水の中から這い上がってくるような鬼の絵が古い筆跡で書き込まれていた。今はそれを見てもなんとも思わないけど、幼い頃はその絵が不気味で怖くて社の中では極力上を見ない様にしていた。

「この祠は鬼を鎮めるために建てられたって伝わってて。この辺りに水が溜まると鬼が出てきて人を喰らうって伝説が残ってる。まあ、この辺りってあまり水はけがよくないから、洪水とか土砂崩れを鬼に例えたんじゃないかって話だけど」

 呪いなんて存在しないとは考えつつ、だからこそこの祠についても調べていた。いくつかの郷土史に記録が残っていたけど、祠がいつからあるのかはわからなかった。その祠を守るような社の方が建てられたのは300年程前にも遡るらしい。
 昔から災害を妖怪や悪霊に託すことは珍しくないらしいから、水の中から這い出して来る鬼が洪水や土砂崩れを表しているとしてもそんなに不自然ではないと思う。

「ふうん。水が溜まると鬼が出てくる、かあ……」

 神崎は顎に手を当ててじっとその絵を見続けている。何か気になるところでもあるのだろうか。神崎はふっと何かに気づくと、天井の一角を指さした。
 そして神崎が口を開こうとしたところで、社内にキュルルルと音が響く。音の出所を見ると、時乃が恥ずかしそうに顔を伏せていた。真面目な神崎の様子とのギャップで吹き出しそうになるのを今だけは必死に堪える。

「……飯にするか。ばあちゃんがおにぎりと弁当用意してくれたんだ」
「おおっ。この前のポトフすごい美味しかった!」
「べ、別に今の音は私じゃ……」
「はいはい。俺も腹減ったから、さっさと弁当食おうぜ」

 三人で社の外の縁側に腰掛けて三人分の弁当箱を拡げる。卵焼きとかウィンナーとか唐揚げとか、そういう定番なものが詰められた弁当だけど、普段の昼ごはんといえば購買で買ったパンばかりだし、見てるだけで食欲がそそられる。それに、海苔で一面覆われた丸っこいおにぎりも味付きわかめの塩加減が山登りをしてきた身体にちょうどいい。
 しばらく夢中で弁当を食べ進め、落ち着いてくると神崎が色々と時乃に尋ねはじめた。

「そうだ。時乃ちゃんっていつから陸上やってるの?」
「中学から」
「へえ。何かきっかけってあるの?」
「えっと」

 何故か時乃がちらっと俺を見る。

「足が速くなりたかったから」
「なるほどなるほど。ふうん」

 今度は神崎の方が楽しそうに俺を見た。まともに話すのは今日が初めてのはずだけど、なんだか二人は交わした視線だけで通じ合っている気がする。

「……もしかして時乃ちゃん。宮入君の小さい頃のあんな話やこんな話知ってる?」

 悪だくみをするような神崎の顔に、時乃もニヤリと笑って返した。

「どうかな。両手じゃ足りないくらいしかないかも」
「そんなにないだろ! ってか、神崎も何聞いてんだ!」
「宮入君。これも調査の一環だから」
「嘘つけっ!」

 なんか変な方向に話は進んでいってしまったけど、こうして山の上で誰かと弁当を食べるなんていうのは久しぶりで。俺には部活とかそういう普通の青春に馴染むことはできないんだろうし、その選択を後悔したことはないけど。
 それでも、たまにはこんな風に穏やかな日の下で笑うくらいはバチも当たらないんじゃないかと思う。その度に俺の過去の秘密が明かされそうなのだけは勘弁してほしいけど。
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