ダッシュの果て、君と歩める世界は

粟生深泥

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幕間②

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 案外私はついているのかもしれない。
 宮入翔太との対談依頼。それは宮入翔太の正体を探っていた私にとって渡りに船の話だった。
 コンセプトは若手研究者のトップランナーによる対談ということだったけど、あくまで私は流星の如く現れた宮入翔太の引き立て役だろう。
 別に今はそれで構わない。宮入翔太との接点を掴むほうが、今の私には大事だった。

「宮入さん。今日はよろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします」

 直接対面してみると、テーブル越しに座る宮入翔太は同世代のはずなのに一回りくらい老け込んで見えた。顔に生気がなく見るからにやつれている。かつて医薬分野で学界に出てきた頃の宮入翔太は、もう少し覇気に満ちていたと思う。
 それでも、少し癖のある髪の隙間からのぞくミッドナイトブルーの瞳に見据えられると、自然と惹きこまれるような魅力があった。

「そういえば、今朝のニュース見られました? ゼロ・ポイント仮説の……」

 最初はアイスブレイクもかねてちょっとした時事的な話題を投げかけてみる。これまで調べてきた宮入翔太の専門からはやや遠い分野の内容のはずだし、専門の研究者でもなければまだ知らなくてもおかしくない程度の内容だ。

「ええ、興味深い内容でした。まだ実験室レベルの段階ですけど、今回の結果が間違いなければ近い将来、ブレイクスルーが起こるかもしれませんね」

 宮入翔太は迷いなくその内容について答えていた。天才かどうかはまだわからないけど、優秀な研究者であることは間違いないらしい。
 意外だったのは、どんな偏屈な人物が出てくるのかと思ったけど、驚くくらい丁寧な応対をする人だった。研究者の私が言うのも変かもしれないけど、いわゆる世間的な天才のイメージとは程遠い。
 その後もしばらく基本的な話題を交わして場が温まってきたところで本題を切り出すことにする。

「宮入さんの論文を拝読しました。失礼ですが荒唐無稽というか……第一印象でいえば無茶苦茶だと感じました」
「無茶苦茶、ですか」
「ええ、そうです。人間が4次元世界を時間的に移動するのが困難なら、意識だけを別次元に飛ばす抜け穴を作ろうなんて無茶苦茶です」
「……そうでしょうか?」

 穏やかに笑った宮入翔太は鞄から何かを取り出す。それは折り紙の入った袋だった。そこから桃色の折り紙を取り出すと手早く鶴を折り始めた。

「折り紙の時点では二次元ですが、こうすると三次元になる」

 折り上げた鶴の羽の角度を調整して、机の上に置く。

「こうした鶴には置いておくうちに羽の角度が変わったり、紙が劣化したりと時間的変化が生じます。四次元的な変化ですね」

 それから宮入翔太は鞄からもう一つ折り紙の袋を取り出した。

「では、ここでクイズです。この鶴の四次元情報をこちらの折り紙の袋に伝播させるにはどうすればいいでしょうか?」

 宮入翔太の論文を読む前の私だったらその質問の意味も理解できなかっただろうけど、今はその答えがわかった。私は宮入翔太から折り紙の鶴を受け取ると、先ほどの宮入翔太と逆の手順を辿って鶴を一枚の紙へと戻していく。折り目のついた折り紙を宮入翔太へと返すと、その顔にえくぼが浮かんだ。

「正解です。折った情報を二次元上に刻んで移してやればいい」

 宮入翔太は折り目のついた紙を新しい折り紙の袋の中に収めた。

「仮に人間の意識を波動として刻むことが出来たとして、新しい折り紙の袋に移す手段はあるんですか?」

 ここで初めて宮入翔太は苦笑を浮かべた。困ったように笑いながら気怠そうに頭をかく。

「そこが一番のネックです。どうしても私の脳みそだけでは考えられることには限界があって。実は、貴方のようなプロフェッショナルの研究に期待してるんです」
「私、ですか?」

 思いもよらない言葉に頭が真っ白になる。

「ええ。貴方の論文はいつも思いもよらなかった視点が溢れていて、気づきを与えてくれるんです。古い折り紙の袋から新しい折り紙の袋に移動する手段については、専門家の貴方の方が正解に近いところにいると思っています」

 宮入翔太は一度袋にしまった桃色の折り紙を取り出すと再び鶴を折り上げた。その鶴が私の目の前に差し出される。

「あるいはどうでしょう。共同研究なんていうのは?」
「……考えておきます」

 おずおずと折り鶴を受け取る。いつの間にか完全に宮入翔太のペースになっていた。ぎゅっと唇をかみしめる。油断するな、と自分に言い聞かせる。宮入翔太から研究を評価されて、更には共同研究なんて口に出されて、嬉しいと思ってしまった自分の心に。

「最後に1つだけ聞かせてください」
「どうぞ」
「宮入さんの研究分野が次々に変わるのはどうしてですか? 最初は創薬分野、次は……呪い。そして今はこの分野の研究の最先端に突然現れた」

 一番聞きたかった質問だ。宮入翔太は少し迷うように視線を彷徨わせて、机の上に置かれた折り紙の袋に視線を落とした。

「私としては、あくまで軸は一本なんですよ」
「まさか」

 薬学と呪いと疑似的な時間移動が同じ線上にある話とは思えない。

「……これは例え話ですが。呪いで眠りについてしまったお姫様が、王子様のキスで目を覚まさなかったとしたら。次に考えるのは、呪いがかかる前に戻ることじゃないでしょうか」

 顔をあげた宮入翔太の顔は微笑んでいた。
 だけど、それは微笑んでいるとは思えないくらいに痛々しくて。それなのに、一瞬で胸の深いところまで入り込んできた。
 突然の騒ぎ出した胸をギュッと抑えたところで、初めての宮入翔太との対面は終わりを迎えた。
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