15 / 45
幕間②
しおりを挟む
案外私はついているのかもしれない。
宮入翔太との対談依頼。それは宮入翔太の正体を探っていた私にとって渡りに船の話だった。
コンセプトは若手研究者のトップランナーによる対談ということだったけど、あくまで私は流星の如く現れた宮入翔太の引き立て役だろう。
別に今はそれで構わない。宮入翔太との接点を掴むほうが、今の私には大事だった。
「宮入さん。今日はよろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします」
直接対面してみると、テーブル越しに座る宮入翔太は同世代のはずなのに一回りくらい老け込んで見えた。顔に生気がなく見るからにやつれている。かつて医薬分野で学界に出てきた頃の宮入翔太は、もう少し覇気に満ちていたと思う。
それでも、少し癖のある髪の隙間からのぞくミッドナイトブルーの瞳に見据えられると、自然と惹きこまれるような魅力があった。
「そういえば、今朝のニュース見られました? ゼロ・ポイント仮説の……」
最初はアイスブレイクもかねてちょっとした時事的な話題を投げかけてみる。これまで調べてきた宮入翔太の専門からはやや遠い分野の内容のはずだし、専門の研究者でもなければまだ知らなくてもおかしくない程度の内容だ。
「ええ、興味深い内容でした。まだ実験室レベルの段階ですけど、今回の結果が間違いなければ近い将来、ブレイクスルーが起こるかもしれませんね」
宮入翔太は迷いなくその内容について答えていた。天才かどうかはまだわからないけど、優秀な研究者であることは間違いないらしい。
意外だったのは、どんな偏屈な人物が出てくるのかと思ったけど、驚くくらい丁寧な応対をする人だった。研究者の私が言うのも変かもしれないけど、いわゆる世間的な天才のイメージとは程遠い。
その後もしばらく基本的な話題を交わして場が温まってきたところで本題を切り出すことにする。
「宮入さんの論文を拝読しました。失礼ですが荒唐無稽というか……第一印象でいえば無茶苦茶だと感じました」
「無茶苦茶、ですか」
「ええ、そうです。人間が4次元世界を時間的に移動するのが困難なら、意識だけを別次元に飛ばす抜け穴を作ろうなんて無茶苦茶です」
「……そうでしょうか?」
穏やかに笑った宮入翔太は鞄から何かを取り出す。それは折り紙の入った袋だった。そこから桃色の折り紙を取り出すと手早く鶴を折り始めた。
「折り紙の時点では二次元ですが、こうすると三次元になる」
折り上げた鶴の羽の角度を調整して、机の上に置く。
「こうした鶴には置いておくうちに羽の角度が変わったり、紙が劣化したりと時間的変化が生じます。四次元的な変化ですね」
それから宮入翔太は鞄からもう一つ折り紙の袋を取り出した。
「では、ここでクイズです。この鶴の四次元情報をこちらの折り紙の袋に伝播させるにはどうすればいいでしょうか?」
宮入翔太の論文を読む前の私だったらその質問の意味も理解できなかっただろうけど、今はその答えがわかった。私は宮入翔太から折り紙の鶴を受け取ると、先ほどの宮入翔太と逆の手順を辿って鶴を一枚の紙へと戻していく。折り目のついた折り紙を宮入翔太へと返すと、その顔にえくぼが浮かんだ。
「正解です。折った情報を二次元上に刻んで移してやればいい」
宮入翔太は折り目のついた紙を新しい折り紙の袋の中に収めた。
「仮に人間の意識を波動として刻むことが出来たとして、新しい折り紙の袋に移す手段はあるんですか?」
ここで初めて宮入翔太は苦笑を浮かべた。困ったように笑いながら気怠そうに頭をかく。
「そこが一番のネックです。どうしても私の脳みそだけでは考えられることには限界があって。実は、貴方のようなプロフェッショナルの研究に期待してるんです」
「私、ですか?」
思いもよらない言葉に頭が真っ白になる。
「ええ。貴方の論文はいつも思いもよらなかった視点が溢れていて、気づきを与えてくれるんです。古い折り紙の袋から新しい折り紙の袋に移動する手段については、専門家の貴方の方が正解に近いところにいると思っています」
宮入翔太は一度袋にしまった桃色の折り紙を取り出すと再び鶴を折り上げた。その鶴が私の目の前に差し出される。
「あるいはどうでしょう。共同研究なんていうのは?」
「……考えておきます」
おずおずと折り鶴を受け取る。いつの間にか完全に宮入翔太のペースになっていた。ぎゅっと唇をかみしめる。油断するな、と自分に言い聞かせる。宮入翔太から研究を評価されて、更には共同研究なんて口に出されて、嬉しいと思ってしまった自分の心に。
「最後に1つだけ聞かせてください」
「どうぞ」
「宮入さんの研究分野が次々に変わるのはどうしてですか? 最初は創薬分野、次は……呪い。そして今はこの分野の研究の最先端に突然現れた」
一番聞きたかった質問だ。宮入翔太は少し迷うように視線を彷徨わせて、机の上に置かれた折り紙の袋に視線を落とした。
「私としては、あくまで軸は一本なんですよ」
「まさか」
薬学と呪いと疑似的な時間移動が同じ線上にある話とは思えない。
「……これは例え話ですが。呪いで眠りについてしまったお姫様が、王子様のキスで目を覚まさなかったとしたら。次に考えるのは、呪いがかかる前に戻ることじゃないでしょうか」
顔をあげた宮入翔太の顔は微笑んでいた。
だけど、それは微笑んでいるとは思えないくらいに痛々しくて。それなのに、一瞬で胸の深いところまで入り込んできた。
突然の騒ぎ出した胸をギュッと抑えたところで、初めての宮入翔太との対面は終わりを迎えた。
宮入翔太との対談依頼。それは宮入翔太の正体を探っていた私にとって渡りに船の話だった。
コンセプトは若手研究者のトップランナーによる対談ということだったけど、あくまで私は流星の如く現れた宮入翔太の引き立て役だろう。
別に今はそれで構わない。宮入翔太との接点を掴むほうが、今の私には大事だった。
「宮入さん。今日はよろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします」
直接対面してみると、テーブル越しに座る宮入翔太は同世代のはずなのに一回りくらい老け込んで見えた。顔に生気がなく見るからにやつれている。かつて医薬分野で学界に出てきた頃の宮入翔太は、もう少し覇気に満ちていたと思う。
それでも、少し癖のある髪の隙間からのぞくミッドナイトブルーの瞳に見据えられると、自然と惹きこまれるような魅力があった。
「そういえば、今朝のニュース見られました? ゼロ・ポイント仮説の……」
最初はアイスブレイクもかねてちょっとした時事的な話題を投げかけてみる。これまで調べてきた宮入翔太の専門からはやや遠い分野の内容のはずだし、専門の研究者でもなければまだ知らなくてもおかしくない程度の内容だ。
「ええ、興味深い内容でした。まだ実験室レベルの段階ですけど、今回の結果が間違いなければ近い将来、ブレイクスルーが起こるかもしれませんね」
宮入翔太は迷いなくその内容について答えていた。天才かどうかはまだわからないけど、優秀な研究者であることは間違いないらしい。
意外だったのは、どんな偏屈な人物が出てくるのかと思ったけど、驚くくらい丁寧な応対をする人だった。研究者の私が言うのも変かもしれないけど、いわゆる世間的な天才のイメージとは程遠い。
その後もしばらく基本的な話題を交わして場が温まってきたところで本題を切り出すことにする。
「宮入さんの論文を拝読しました。失礼ですが荒唐無稽というか……第一印象でいえば無茶苦茶だと感じました」
「無茶苦茶、ですか」
「ええ、そうです。人間が4次元世界を時間的に移動するのが困難なら、意識だけを別次元に飛ばす抜け穴を作ろうなんて無茶苦茶です」
「……そうでしょうか?」
穏やかに笑った宮入翔太は鞄から何かを取り出す。それは折り紙の入った袋だった。そこから桃色の折り紙を取り出すと手早く鶴を折り始めた。
「折り紙の時点では二次元ですが、こうすると三次元になる」
折り上げた鶴の羽の角度を調整して、机の上に置く。
「こうした鶴には置いておくうちに羽の角度が変わったり、紙が劣化したりと時間的変化が生じます。四次元的な変化ですね」
それから宮入翔太は鞄からもう一つ折り紙の袋を取り出した。
「では、ここでクイズです。この鶴の四次元情報をこちらの折り紙の袋に伝播させるにはどうすればいいでしょうか?」
宮入翔太の論文を読む前の私だったらその質問の意味も理解できなかっただろうけど、今はその答えがわかった。私は宮入翔太から折り紙の鶴を受け取ると、先ほどの宮入翔太と逆の手順を辿って鶴を一枚の紙へと戻していく。折り目のついた折り紙を宮入翔太へと返すと、その顔にえくぼが浮かんだ。
「正解です。折った情報を二次元上に刻んで移してやればいい」
宮入翔太は折り目のついた紙を新しい折り紙の袋の中に収めた。
「仮に人間の意識を波動として刻むことが出来たとして、新しい折り紙の袋に移す手段はあるんですか?」
ここで初めて宮入翔太は苦笑を浮かべた。困ったように笑いながら気怠そうに頭をかく。
「そこが一番のネックです。どうしても私の脳みそだけでは考えられることには限界があって。実は、貴方のようなプロフェッショナルの研究に期待してるんです」
「私、ですか?」
思いもよらない言葉に頭が真っ白になる。
「ええ。貴方の論文はいつも思いもよらなかった視点が溢れていて、気づきを与えてくれるんです。古い折り紙の袋から新しい折り紙の袋に移動する手段については、専門家の貴方の方が正解に近いところにいると思っています」
宮入翔太は一度袋にしまった桃色の折り紙を取り出すと再び鶴を折り上げた。その鶴が私の目の前に差し出される。
「あるいはどうでしょう。共同研究なんていうのは?」
「……考えておきます」
おずおずと折り鶴を受け取る。いつの間にか完全に宮入翔太のペースになっていた。ぎゅっと唇をかみしめる。油断するな、と自分に言い聞かせる。宮入翔太から研究を評価されて、更には共同研究なんて口に出されて、嬉しいと思ってしまった自分の心に。
「最後に1つだけ聞かせてください」
「どうぞ」
「宮入さんの研究分野が次々に変わるのはどうしてですか? 最初は創薬分野、次は……呪い。そして今はこの分野の研究の最先端に突然現れた」
一番聞きたかった質問だ。宮入翔太は少し迷うように視線を彷徨わせて、机の上に置かれた折り紙の袋に視線を落とした。
「私としては、あくまで軸は一本なんですよ」
「まさか」
薬学と呪いと疑似的な時間移動が同じ線上にある話とは思えない。
「……これは例え話ですが。呪いで眠りについてしまったお姫様が、王子様のキスで目を覚まさなかったとしたら。次に考えるのは、呪いがかかる前に戻ることじゃないでしょうか」
顔をあげた宮入翔太の顔は微笑んでいた。
だけど、それは微笑んでいるとは思えないくらいに痛々しくて。それなのに、一瞬で胸の深いところまで入り込んできた。
突然の騒ぎ出した胸をギュッと抑えたところで、初めての宮入翔太との対面は終わりを迎えた。
2
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ヤクザに医官はおりません
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした
会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。
シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。
無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。
反社会組織の集まりか!
ヤ◯ザに見初められたら逃げられない?
勘違いから始まる異文化交流のお話です。
※もちろんフィクションです。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
僕の恋人は、超イケメン!!
刃
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる