37 / 45
第6'章 ワンモアタイム ワンモアチャンス①
しおりを挟む
「おはよう、神崎」
いつものように優しい日の光に照らされた神崎に声をかける。
ぽかぽかとした春の陽気に照らされて、神崎は穏やかに寝息を立てている。
後もう少し待っていれば眠そうに瞼を擦りながら目を覚ますような日常の風景だけど、神崎が目を覚ますことはない。
神崎が“呪い”の影響で眠りについてから、約20年がたった。その間、神崎が目を覚ますことは一度もなかった。おそらく、これからもそのキラキラとした瞳を開くことは一度もないのだろう。
「すっかり春になったよ。今年はさ、冬が長引いて四月になってようやく桜が咲いたんだ」
春の柔らかな光が注ぐ窓辺に近寄ると、桃色の道があちこちに広がっている。きっとあの桜の下では入学式や新学期を迎えた子どもたちが学校に向かっているのだろう。
窓を開けると温かな空気がふわりと病室内に入り込んでくる。
「そうだ。神崎と出会ったのもこんな桜の咲いた始業式の日だったよな。お前、いきなり俺の名前を呼んで『タイムトラベルを信じるか』なんて聞いてくるからさ、びっくりってかドン引きだったよ」
ベッドのすぐ脇に置かれたスツールに腰を掛ける。この20年間、どれだけここに座って神崎が目を覚ます瞬間を待ち続けただろう。
不思議と、弱気になることはなかった。ここに来ると背中を押されたような気になって、何があっても前に前に進んでこられた。
鞄からタブレットを取り出す。流石にあちこち劣化してしまったけど、二十年前から大切に持ち続けてきたタブレット。そのタブレットを枕元の棚に置く。棚の中には高校時代の卒業アルバムやオーパーツ研究会の冊子などが収められていた。俺や筑後が持ってきたものもあるし、当時担任だった石川先生が持ってきてくれたものもある。
「これ、返しに来たよ。二十年も借りっぱなしだったけど、おかげで色んな研究が進んだ。カンニングみたいでちょっと罪悪感もあったけどさ」
タブレットの中に残っていた多くの論文は、恐らく神崎が元居た世界――この世界をA´とするのなら、´のつかない元の世界――の俺と神崎が研究してきた成果だろう。それは波動記録による疑似的なタイムトラベルの手法から“呪い”の原因と治療法まで幅広い研究がまとめられていた。
完全な形でデータを飛ばすことはさすがに難しかったようで、所々欠損していたけど、それでも十二分に役に立った。
「本当は、この世界のお前のことを目覚めさせてあげられたらよかったんだけど」
別の世界が二十年近く研究してきた成果を踏まえれば神崎を目覚めさせる治療法が見つかるのではと思っていたし、かなり前に進めることはできたけど、神崎を目覚めさせるには至らなかった。
「それでも、神崎が来てくれて、ほんとうによかった」
ポンと神崎の頭に手を乗せる。そのさらさらとした艶やかな髪の感じは、出会った頃から変わらない。
「ありがとう。そして――」
精いっぱい笑って、神崎の姿を目に焼き付ける。
「さよなら。神崎」
いつものように優しい日の光に照らされた神崎に声をかける。
ぽかぽかとした春の陽気に照らされて、神崎は穏やかに寝息を立てている。
後もう少し待っていれば眠そうに瞼を擦りながら目を覚ますような日常の風景だけど、神崎が目を覚ますことはない。
神崎が“呪い”の影響で眠りについてから、約20年がたった。その間、神崎が目を覚ますことは一度もなかった。おそらく、これからもそのキラキラとした瞳を開くことは一度もないのだろう。
「すっかり春になったよ。今年はさ、冬が長引いて四月になってようやく桜が咲いたんだ」
春の柔らかな光が注ぐ窓辺に近寄ると、桃色の道があちこちに広がっている。きっとあの桜の下では入学式や新学期を迎えた子どもたちが学校に向かっているのだろう。
窓を開けると温かな空気がふわりと病室内に入り込んでくる。
「そうだ。神崎と出会ったのもこんな桜の咲いた始業式の日だったよな。お前、いきなり俺の名前を呼んで『タイムトラベルを信じるか』なんて聞いてくるからさ、びっくりってかドン引きだったよ」
ベッドのすぐ脇に置かれたスツールに腰を掛ける。この20年間、どれだけここに座って神崎が目を覚ます瞬間を待ち続けただろう。
不思議と、弱気になることはなかった。ここに来ると背中を押されたような気になって、何があっても前に前に進んでこられた。
鞄からタブレットを取り出す。流石にあちこち劣化してしまったけど、二十年前から大切に持ち続けてきたタブレット。そのタブレットを枕元の棚に置く。棚の中には高校時代の卒業アルバムやオーパーツ研究会の冊子などが収められていた。俺や筑後が持ってきたものもあるし、当時担任だった石川先生が持ってきてくれたものもある。
「これ、返しに来たよ。二十年も借りっぱなしだったけど、おかげで色んな研究が進んだ。カンニングみたいでちょっと罪悪感もあったけどさ」
タブレットの中に残っていた多くの論文は、恐らく神崎が元居た世界――この世界をA´とするのなら、´のつかない元の世界――の俺と神崎が研究してきた成果だろう。それは波動記録による疑似的なタイムトラベルの手法から“呪い”の原因と治療法まで幅広い研究がまとめられていた。
完全な形でデータを飛ばすことはさすがに難しかったようで、所々欠損していたけど、それでも十二分に役に立った。
「本当は、この世界のお前のことを目覚めさせてあげられたらよかったんだけど」
別の世界が二十年近く研究してきた成果を踏まえれば神崎を目覚めさせる治療法が見つかるのではと思っていたし、かなり前に進めることはできたけど、神崎を目覚めさせるには至らなかった。
「それでも、神崎が来てくれて、ほんとうによかった」
ポンと神崎の頭に手を乗せる。そのさらさらとした艶やかな髪の感じは、出会った頃から変わらない。
「ありがとう。そして――」
精いっぱい笑って、神崎の姿を目に焼き付ける。
「さよなら。神崎」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ヤクザに医官はおりません
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした
会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。
シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。
無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。
反社会組織の集まりか!
ヤ◯ザに見初められたら逃げられない?
勘違いから始まる異文化交流のお話です。
※もちろんフィクションです。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
僕の恋人は、超イケメン!!
刃
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる