顔も思い出せぬあの味をもう一度

粟生深泥

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第2章

夏祭りの記憶②

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 家に帰ると、炊き溜めていたご飯と買ってきたおかず、それから田野瀬くんが作ってくれたポトフを温めて、ノートパソコンの前に運ぶ。和田さんとのやり取りで予定していたより帰りが遅くなって、もうロロの放送は始まっていた。
「今日は仕事終わったばっかりで、ちょっと疲れてる感じだったらごめんねー」
 ロロの声からその疲れた感じは伝わってこなかったけど、やっぱり配信者との二足のわらじって大変なのかな。それに、ロロはどんな仕事をしてるのだろう――と思ったのはわたしだけではなかったようで、どんな仕事をしてるか教えてというコメントがたくさん流れたけど、ロロは軽く笑うだけでその質問には答えなかった。
 ロロの穏やかな声に癒されながら、晩御飯を食べる。想像していた通り、田野瀬くんのポトフは野菜にしっかりと味が染みてて美味しかった。もしかして、ブイヨンスープとかから手作りしてるのかな、なんて家に帰りながら調べてみた知識をぶつけてみるけど、ブイヨンスープを入れると味がどう変わるかわからないわたしがどれだけ考えても答えが出ることはなさそうだった。
 お腹もいっぱいになったところで、改めてパソコンの画面と向かい合う。ロロはいつも通りゲームをしながら視聴者のコメントに応えている。
 よし、と自分に言い聞かせて、コメントを打ち込んでいく。先週初めてコメントを書き込んだばかりだからか、まだ緊張してしまう。エンターキーを押して送信する前に、小さく息を吸い込んだ。
「ロロさんとみなさんに喫茶店のことを聞いたyoshimuraです。おかげさまで友人はとても喜んでくれる結果となりました。ありがとうございました」
 その間にもコメントは絶えず書き込まれていて、わたしのコメントはすぐに流れていく。でも今日は和田さんの想いも背負っているから、読んでもらえるまで投稿を続けなければならない。
 んー、とロロがコメントを探すような素振りをした後、あっと声をあげた。
「あ、yoshimuraさん。無事に解決したんだね、よかったー。住宅地図調べるの手伝ってくれたみんなもありがとねー」
 読んでもらえるかなんて心配とは裏腹に、ロロはすぐにわたしのコメントを拾ってくれた。心臓がドキッと大きく跳ねる。落ち着け、と自分に言い聞かせながらコメントを書き込む。
「それで、この前の今日で申し訳ないんですけど、また探している場所があって……」
「さすがyoshimuraさん。今回も他の人の為に頑張ってるのかな?」
 ロロはちょっと苦笑したようだった。流石に前回コメントを拾ってもらったばかりなのに、迷惑だったろうか。
「そうだね。この前、みんなで探しものをする感じも楽しかったし、また手伝わせてくれると嬉しい、かな」
「あっ、ありがとうございます!」
 コメントを打たずに、思わず声に出して頭を下げてしまう。誰にも見られていないけど、恥ずかしくなって顔が熱くなるのを自覚しながら、気を取り直してコメントを書き込む。
「ありがとうございます。写真の場所を調べたいんですけど、どうやって送ればいいですか?」
「概要欄にメールアドレスを書いてるんで、そこからお願い」
 概要欄を見ると、碧海ロロをもじったメールアドレスが載っていた。そこに、和田さんからもらった写真を送付する。和田さんは気にしないと言ってくれたのだけど、一応小学生時代の和田夫妻の顔にはモザイクを入れている。
「あー、んー。うーん……あ、yoshimuraさん。この写真、画面に映して大丈夫だよね?」
「はい、大丈夫です」
 わたしがコメントを打つと、配信画面に和田さんからコピーさせてもらった写真が映る。その前のロロの唸り方が気になった。やっぱり、この写真から場所を探すのは難しいのかな。
「20年ちょっと前の写真で、場所は都内の団地の近くらしいです。えっと、この写真についてわかっているのはそれくらいです」
 んー、とロロのアバターが腕を組む。それから、画面に映る写真の一部がアップになったり元に戻ったりする。ロロが何か場所のヒントを探したりしているのだろうか。
「夜だから、背景の建物も形がわかりにくいね。画像検索で当ててみても夏祭りに引っ張られて、参考になりそうにないなあ……」
 喫茶カツヌマの時とは違って、ロロの言葉には唸り声が混ざっている。わたしがこれまで視聴してきたなかで、ロロがこんな声を出すのを聞いたことがなかった。わたしが追い込んでしまったような気がして、なんだか申し訳なくなってくる。
「何か気づいた人、いるかな?」
 いつもと違いコメントの進みが遅い。ポツポツと投稿されるコメントも目ぼしいものはなかった。流石に今回の内容は難しすぎたのかもしれない、ゴクリと喉が鳴る。
「ロロ。この少年少女の間の部分、拡大してみて」
 やがて、1つのコメントが書きこまれる。そのコメントにロロが指定の部分を拡大してみると、看板が写り込んでいた。文字は手前に映る人や画質の悪さでほとんどわからないけど、最初に「白」という文字と、そのいくつか下には「祭」という文字が見えた。
「この白文字が団地の名前なら、東京で『白』がつく団地は、『白鬚東アパート』だけだよ」
 続くコメントに白鬚東アパートを調べてみると、墨田区にある団地のようだった。流石はロロの視聴者。けれど、なんだかロロの反応は鈍かった。アバターも考え込むように視線が下がっている。
「ロロ?」
 反応がないロロに幾つかのコメントが不思議そうに尋ねると、やがてハッとしたようにロロのアバターはパッと顔を上げた。
「……ああ、ゴメン。これ『白』かなあって少し気になったんだけど、まあ、白にしか見えないね。どうかな、yoshimuraさん」
 アバターのロロの表情は読み取りにくかったけど、ちょっと困ったように笑っている気がした。
「みなさん、ありがとうございます。まずは白鬚東アパートを案内してみようと思います」
 ロロの反応は少し気になったけど、他に当てもないし、この前の綾乃の時のことを思い出しつつ、香織先輩へとメッセージを送る。まずは、行動あるのみ、だった。
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