顔も思い出せぬあの味をもう一度

粟生深泥

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第2章

夏祭りの記憶③

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「彩夏ちゃんまでついてこなくても大丈夫だったのに」
 目的地である白鬚東アパートに向かう途中、香織先輩が少しだけ呆れ気味の笑みをわたしに向けた。その先ではソワソワとした様子で和田さんが歩いている。
 ロロの放送の日、和田さんの写真の場所の候補を香織先輩に伝えると、香織先輩から週末に見に行くとの連絡が返ってきた。本当は和田さんは翌日にも行こうとしたらしいのだけど、香織先輩が同行を願い出たらしい。一人だけで行かせて、もし間違っていたら悪いから、と言った香織先輩に、わたしはわたしもついていくことをお願いし、認めてもらった。
 少しだけ気になっていることがあった。それは、視聴者のコメントで白鬚東アパートが候補として挙がった時のロロの反応。写真の文字は白としか読めなかったけど、ロロはそれが白かどうか疑問を抱いていた。
「それを言うなら、樺澤さんも同じですよ。完全に仕事の内容越えているのに」
 先頭を歩いていた和田さんが振り返ると困ったように笑う。
「仕事とは関係なく、素敵なお話の始まりの場所を見たかっただけですから」
 それが香織先輩の本心なのか、あくまで和田さんに気を遣わせないための方便なのかはよくわからない。だけど、こういったところが香織先輩が仕事を上手く進められるところかなと思う。それが意図的なのか、自然体なのかは香織先輩のみぞ知るといったところだろうけど。
 隅田川まで来ると目的の白鬚東アパートに近づいてきた。遠目からも見えていたけど、アパートや団地というフレーズからイメージするものとはちがう高層マンションが連なったような建物だ。
「どうでしょう、和田さん。何か思い出しますか?」
 香織先輩が尋ねると、和田さんは建物を見上げてちょっと首を傾げた。
「すみません。まだちょっと……だけど、こんなに街中だったかなあという気もしています。まあ、20年以上前ですから、街の形も変わったのかもしれませんけど」
 隅田川にかかる橋を渡ると白鬚東アパートはすぐそこだった。建物と公園が一体化したような作りになっている。都市とか街づくりには詳しくないけど、隅田川のテラスにも近くてファミリー層にも人気そうな建物な気がした。
「うーん、こんな感じだったかなあ……?」
 和田さんの言葉に、緊張で胃の辺りがキュッとしまった。もし違っていても和田さんも香織先輩も怒らないだろうけど、期待させた分申し訳なさも大きくなりそう。
「まあ、そこそこ広い場所だし一周歩いてみましょう。写真の場所があればそこで何か思い出すかもですし」
 香織先輩の言葉に、わたしたち三人は建物に並ぶ公園沿いに歩きながら進む。
 けれど、和田さんの表情はあまり芳しいものではなかった。あの写真と周囲の景色を見比べながら歩いていくけど、その表情が明るくなることはない。
 一番後ろをついて歩きながらスマホを取り出す。この時間に通じるかわからなかったけど、この前の放送中に写真を送ったロロのアドレスにメールを送る。
「あの看板をアップした写真を送ってもらえませんか?」
 看板には確かに白と書かれていたと思うけど、まだヒントが残されているかもしれない。古い写真とはいえ、拡大したものを見ればまだ何かわかるかもしれない。
 ありがたいことに、「何か気づいたことがあれば教えてください」というメッセージと共にすぐにデータが送られてきた。芳しくない状況の中でも、ロロがついていることが支えに感じる。
「公園側は目ぼしいものはなかったですね。反対側に回りましょうか」
 和田さんの言葉で反対側の通り沿いの道に出る。和田さんの顔にも、香織先輩の顔にもわずかに諦めの気配が漂っている。通り沿いにも商店などがならんでいるけど、櫓が建つようなスペースがあるとは思えなかった。もちろん、祭り自体はこことは別の近くの公園で開かれていた、なんて可能性はあるかもしれないけど。
 再び一番後ろを歩きながら、ロロから送られてきた写真を一生懸命見つめる。何かロロが気づいた違和感があるはず。何だろう。写真の看板から読み取れる文字は「白」と「祭」の二文字。
 じっと見つめて、ふと違和感に気づいた。白の文字が祭の文字より小さい。もちろん、文字の複雑さから祭の方が大きくなることはあるだろう。だけど、白の方が単純に小さいというより上下に短い気がする。そして、白の文字は上の方が手前の人の姿と重なって隠れている。
――もしかして、この文字は。
 ある可能性を、ロロにメールで送る。あとはもう、信じて待つしかない。
 顔を上げると、先ほど白鬚東アパートに入ってきた道が視界に入ってきた。もう一連の建物の周りを一周してしまいそうだ。和田さんはずっと写真と周囲の景色を見比べているけど、それはまだピンときた場所がないことの裏返しだった。
 そして、そのまま入ってきた場所にたどり着く。和田さんは写真をしまって諦めたように小さく微笑む。その表情が辛い。
「申し訳ないですが、思い当たる様な場所が見つかりませんでした。本当はここなのに、私が忘れてしまっているだけかもしれませんが……」
「いえ、和田さんにとって思い出の場所ですし、きっとここじゃなかったんだと思います。だから、また頑張って探してみましょう」
「……いえ、私はサプライズにこだわり過ぎてたんだと思います。妻の周囲の人にヒントになりそうなことを聞いてみようと思います」
 和田さんも香織先輩もみんなお互いのことを思っていて、だからこそ辛いし、和田さんの希望を叶えることができなかった自分が歯がゆい。奥さんの周囲の人に聞くというのは初めからアイデアとしてはあったはずで、それをしなかったのは和田さんの一つの決意だったはずなのに。
 何か言わなきゃ、と思っていたところでピコンとスマホから着信音。メールだった。縋るような気持でメールを開いて、息を呑む。
「あ、あの、すいません!」
 思いのほか大きな声が出てしまって、和田さんと香織先輩が驚いたようにわたしを見た。
「もう一か所だけ、チャンスをくれませんか……?」
 二人にスマホの画面を見せる。それは、ロロから届いたメールの添付ファイル。
「この写真の文字、『白』じゃなくて『百』だったのかもしれません。『百』がつく都内の団地、一か所だけあるんです。その写真が、これです」
 ロロに送ったのは、看板に書かれていた文字が白じゃなくて百だった可能性。するとロロは百という文字が入った団地を調べるとともに、その近くで開かれる祭りの写真を送ってくれた。そこには、和田さんの写真と同じような櫓のようなものが写っている。どうもこれは大型の遊具を櫓代わりにし、盆踊りの時はそこから太鼓を打ったりするらしい。
「多摩市から日野市にかけて広がる『百草団地』です。奥さんの周りの人に聞く前に、ここに行かせてくれませんか?」
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