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第2章
夏祭りの記憶④
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京王線に乗って高幡不動駅に着くと、和田さんが見るからにソワソワとし始めた。バスに乗り換えてからも窓の外を興味深そうに眺めている。少し遠くに五重塔が見えた。
「ああ、そうだ。この感じです。おぼろげですけど、こんな雰囲気だったと思います」
白鬚東アパートから直接百草団地に向かうことになったのだけど、香織先輩はどうしても夜に外せない用事があるとのことで、すごい後ろ髪を引かれた様子で別れることとなった。
わたしと和田さんを繋ぐ香織先輩がいなくなり、ここに来るまでは少し気まずかったのだけど、今の和田さんはそういったことも気にならないようだ。
「私と妻が出会ったのは偶然なんです。親が会いに行った友人とは関係なくて、夏祭りのとき、たまたま金魚すくいで隣合わせになって。彼女、信じられないくらい金魚すくいが上手くて、それで話しかけたのがきっかけで……」
興奮が止まないのか、和田さんがまくしたてるように馴れ初めを話す。事実は小説より奇なりなんていうけど、本当に運命的な出会い。
「でも、当時は連絡先の交換なんて頭になかったので、小学生の時はそれっきりで。けど、私立の中学に入学した時、そこで偶然彼女と同じクラスになりまして」
「わあ……すごいロマンチックですね」
「ええ、彼女もそう思ってくれたみたいで。あんなことがなければ、彼女が私に振り向いてくれることはなかったと思います」
和田さんはそう言うけど、この前からのわずかな時間でも人柄の良さは伝わってきた。だから、その運命の巡り合わせみたいな出来事がなくても、いつかは一緒になっていたように思えてしまう。
「ああ。お店出すなら、こういった場所がいいなあ……」
「お店、ですか?」
「ええ、樺澤さんにご相談してるのは、飲食店の出店なんです。今はLala’s Kitchenで働いているんですけど、妻は都心よりももう少し落ち着いた場所に引っ越したいみたいで、それなら一つ独立してみようかなあと」
なんと。わたしは知らず知らずのうちに和田さんにお世話になっていたらしい。実は和田さんが作った料理を食べたことがあるかもしれないと思うと不思議な気分だった。
落ち着いた場所でお店を出す、か。いいなあと思うと同時に、頭の中に何かが引っかかる。離れた点と点がつながりそうになる感覚。
だけど、その点がつながる前にバスが目的だった百草センターについて思考が中断される。降りるとすぐに商店街が見える。
ああ、息が漏れる。和田さんは本当に強い巡り合わせのようなものを持っているのかもしれない。商店街は提灯で彩られて、明るい音楽が響いている。どうやら今日が夏祭りの日らしい。
バス停から左側に広場が見え、バスから降りた和田さんが吸い込まれるようにそちらに歩いていく。その先に見えるのは、写真のものより少し低いかもしれないけど、紅白で彩られた櫓があり、その周りは屋台で賑わっている。
やがて、人々の合間を縫って進んでいた和田さんが立ち止まる。ゆっくりと写真を掲げ、その景色と見比べる。
「ここだ……」
感極まった声。その様子に和田さんと知り合ってすぐのわたしまでグッと来てしまう。
「ここです! 三浦さん! ありがとうございます!」
和田さんはバッと振り返ると私の手を掴んでブンブンと上下に振る。大きなリアクションにビックリしつつ、自然と顔に笑みが浮かぶのがわかった。
「三浦さんのおかげです。私一人だったら、ここまでたどり着けなかった……」
「いえ、わたしは少しお手伝いしただけで、和田さんの想いがあればやがてたどり着いていたと思います」
「どうでしょう。少なくとも、今日諦めないでこれたのは三浦さんのおかげですよ」
和田さんはこのまま譲ってくれそうになかったし、素直に感謝を受け取っておこうと思う。当然、ロロのサポートがなければ看板の文字が百であった可能性に気づいても、その先ここまで来られるかはわからないけど。ああ、またお礼を伝えなきゃなあ。
「それで、そんな恩人の三浦さんに申し訳ないのですが、もう一つだけ手伝ってもらえませんか?」
「はあ、なんでしょう?」
「その、妻へのメッセージビデオを撮りたいので、撮影をしてもらえると……」
もしかしたら、和田さんが知り合いに手伝いを頼まなかったのはこれが理由かもしれない。いくら気の置けない相手であっても――むしろ親しい相手であればあるほど、この撮影を頼むのは恥ずかしいということもあるだろうし。
和田さんのお願いを了承し、スマホを受け取ると動画の撮影モードを起動させる。準備ができた旨を伝えると、和田さんが奥さんへのメッセージを少しばかりはにかみながら話し始める。
和田さん夫妻が結婚に行きつくまでには良い方にも悪い方にも運命的な出来事が多くあったらしい。だからこそ、今の二人の結びつきはより強いのかもしれない。和田さんと奥さんの出来事が語られた後は、和田さんの想いが伝えられる。その中で日常生活の一幕も垣間見ることができ、休みの日は独立に向けた料理の練習と、後は意外に夫婦でゲームしてるらしい。
これからも一生幸せにします――その言葉で和田さんのメッセージは締めくくられた。あてられてしまったのか、わたしまで顔が熱い。
「ありがとうございます。友人に頼むより緊張しないかなと思ったんですが、やっぱり緊張しますね」
恥ずかしそうに笑う和田さんにスマホを渡す。和田さんは少し動画を確認して、満足そうに顔を上げた。
「どうします、少しお祭りを見ていきますか?」
「いえ、明日ちょっと仕事も早いんで、わたしはこれで」
「わかりました。私はもう少し懐かしさに浸っていこうと思います」
本当は少し祭りの雰囲気を味わっていっても問題ないのだけど、この辺りはお互いに大人の対応だと思う。これから和田さんと一緒に祭りを見て回っても、わたしはどんな表情をしていいかわからない。
「あの、三浦さん。本当に今日はありがとうございました。新しいお店ができたら、是非いらしてください」
和田さんが改めて深々と頭を下げた。きっと和田さん夫妻が作る料理はおいしいだろう。
「はい、楽しみにしています!」
「ああ、そうだ。この感じです。おぼろげですけど、こんな雰囲気だったと思います」
白鬚東アパートから直接百草団地に向かうことになったのだけど、香織先輩はどうしても夜に外せない用事があるとのことで、すごい後ろ髪を引かれた様子で別れることとなった。
わたしと和田さんを繋ぐ香織先輩がいなくなり、ここに来るまでは少し気まずかったのだけど、今の和田さんはそういったことも気にならないようだ。
「私と妻が出会ったのは偶然なんです。親が会いに行った友人とは関係なくて、夏祭りのとき、たまたま金魚すくいで隣合わせになって。彼女、信じられないくらい金魚すくいが上手くて、それで話しかけたのがきっかけで……」
興奮が止まないのか、和田さんがまくしたてるように馴れ初めを話す。事実は小説より奇なりなんていうけど、本当に運命的な出会い。
「でも、当時は連絡先の交換なんて頭になかったので、小学生の時はそれっきりで。けど、私立の中学に入学した時、そこで偶然彼女と同じクラスになりまして」
「わあ……すごいロマンチックですね」
「ええ、彼女もそう思ってくれたみたいで。あんなことがなければ、彼女が私に振り向いてくれることはなかったと思います」
和田さんはそう言うけど、この前からのわずかな時間でも人柄の良さは伝わってきた。だから、その運命の巡り合わせみたいな出来事がなくても、いつかは一緒になっていたように思えてしまう。
「ああ。お店出すなら、こういった場所がいいなあ……」
「お店、ですか?」
「ええ、樺澤さんにご相談してるのは、飲食店の出店なんです。今はLala’s Kitchenで働いているんですけど、妻は都心よりももう少し落ち着いた場所に引っ越したいみたいで、それなら一つ独立してみようかなあと」
なんと。わたしは知らず知らずのうちに和田さんにお世話になっていたらしい。実は和田さんが作った料理を食べたことがあるかもしれないと思うと不思議な気分だった。
落ち着いた場所でお店を出す、か。いいなあと思うと同時に、頭の中に何かが引っかかる。離れた点と点がつながりそうになる感覚。
だけど、その点がつながる前にバスが目的だった百草センターについて思考が中断される。降りるとすぐに商店街が見える。
ああ、息が漏れる。和田さんは本当に強い巡り合わせのようなものを持っているのかもしれない。商店街は提灯で彩られて、明るい音楽が響いている。どうやら今日が夏祭りの日らしい。
バス停から左側に広場が見え、バスから降りた和田さんが吸い込まれるようにそちらに歩いていく。その先に見えるのは、写真のものより少し低いかもしれないけど、紅白で彩られた櫓があり、その周りは屋台で賑わっている。
やがて、人々の合間を縫って進んでいた和田さんが立ち止まる。ゆっくりと写真を掲げ、その景色と見比べる。
「ここだ……」
感極まった声。その様子に和田さんと知り合ってすぐのわたしまでグッと来てしまう。
「ここです! 三浦さん! ありがとうございます!」
和田さんはバッと振り返ると私の手を掴んでブンブンと上下に振る。大きなリアクションにビックリしつつ、自然と顔に笑みが浮かぶのがわかった。
「三浦さんのおかげです。私一人だったら、ここまでたどり着けなかった……」
「いえ、わたしは少しお手伝いしただけで、和田さんの想いがあればやがてたどり着いていたと思います」
「どうでしょう。少なくとも、今日諦めないでこれたのは三浦さんのおかげですよ」
和田さんはこのまま譲ってくれそうになかったし、素直に感謝を受け取っておこうと思う。当然、ロロのサポートがなければ看板の文字が百であった可能性に気づいても、その先ここまで来られるかはわからないけど。ああ、またお礼を伝えなきゃなあ。
「それで、そんな恩人の三浦さんに申し訳ないのですが、もう一つだけ手伝ってもらえませんか?」
「はあ、なんでしょう?」
「その、妻へのメッセージビデオを撮りたいので、撮影をしてもらえると……」
もしかしたら、和田さんが知り合いに手伝いを頼まなかったのはこれが理由かもしれない。いくら気の置けない相手であっても――むしろ親しい相手であればあるほど、この撮影を頼むのは恥ずかしいということもあるだろうし。
和田さんのお願いを了承し、スマホを受け取ると動画の撮影モードを起動させる。準備ができた旨を伝えると、和田さんが奥さんへのメッセージを少しばかりはにかみながら話し始める。
和田さん夫妻が結婚に行きつくまでには良い方にも悪い方にも運命的な出来事が多くあったらしい。だからこそ、今の二人の結びつきはより強いのかもしれない。和田さんと奥さんの出来事が語られた後は、和田さんの想いが伝えられる。その中で日常生活の一幕も垣間見ることができ、休みの日は独立に向けた料理の練習と、後は意外に夫婦でゲームしてるらしい。
これからも一生幸せにします――その言葉で和田さんのメッセージは締めくくられた。あてられてしまったのか、わたしまで顔が熱い。
「ありがとうございます。友人に頼むより緊張しないかなと思ったんですが、やっぱり緊張しますね」
恥ずかしそうに笑う和田さんにスマホを渡す。和田さんは少し動画を確認して、満足そうに顔を上げた。
「どうします、少しお祭りを見ていきますか?」
「いえ、明日ちょっと仕事も早いんで、わたしはこれで」
「わかりました。私はもう少し懐かしさに浸っていこうと思います」
本当は少し祭りの雰囲気を味わっていっても問題ないのだけど、この辺りはお互いに大人の対応だと思う。これから和田さんと一緒に祭りを見て回っても、わたしはどんな表情をしていいかわからない。
「あの、三浦さん。本当に今日はありがとうございました。新しいお店ができたら、是非いらしてください」
和田さんが改めて深々と頭を下げた。きっと和田さん夫妻が作る料理はおいしいだろう。
「はい、楽しみにしています!」
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