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十一  霞(かすみ)の術

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ふたり、倒した。あと何人いる?何人でもかまわない。皆殺しだ。

遁術は逃げるばかりの忍術、というわけでもない。ちゃんと攻撃するすべもあるのだ。

「どこへ隠れた?」
「わからんが、このあたりにいるだろう。匂いがしやがる。俺の鼻から逃げられるやつはいねえ」

小さいが、声が聞こえた。いままで相手したのは武田のしのびのなかのひとつで、『透破(すっぱ)』と呼ばれる奴らのようだ。こいつら情報戦にはたけているが、戦闘向きじゃないのはわかってる。後代、『すっぱ抜く』という語源になったほどその調査力は秀でたものがあるが、進んで他のしのびに仕掛ける奴らじゃない。よっぽど切羽つまっていたか、戦闘に自信があるか、じゃなかったらそういうことが好きなやつらだな。

だが俺の敵じゃねえ。とはいうものの、油断なんかできない。これもあいつらの罠だな。しのびが楽しくおしゃべりしながら敵を探すなんてありえない。確実にどこか隠れて様子をうかがっているやつがいるんだ。俺が飛び出して行った瞬間、そいつの手裏剣や毒矢が飛んでくる。なるほどね。

俺はふところから竹筒を取り出した。中身は乾燥させたヨモギと硝石だ。筒先に鉄粉と石英をはめ込んでいる。強く叩くと着火し、なかのヨモギが勢いよく燃える。そいつはものすごい煙を出すのだ。俺はそいつを竹林の数か所に投げ込んだ。

「霧か?」
「いや硝煙の匂いだ。こいつは術だぜ」
「どこからかわかるか?」
「わからねえ。しかし上にいる政なら見えるだろう」

ああ上ね。ありがとうよ。

煙の隙間から上をのぞくと、ああいるいる。三本の竹を合わせ結んでそいつにぶら下がってるやつがいた。このままだと風向き次第でいずれ見つかるが、それを待ってやるほど俺は優しくない。ここは飛び苦無で…いや少し位置が高い。吹き矢を使う。もちろん毒が塗ってある奴だ。

「あっ!」

首筋にうまく刺さったようだ。十数えないうちにそいつは落ちてきた。

「政っ!?」

煙の中でふたりは慌てていた。これが忍法『霞の術』だ。鼻が利くやつもこのヨモギの煙と硝煙の匂いでどうにもならないでいる。そいつを吹き矢で倒す。え?お前も敵の姿が見えないだろうって?『霞の術』はそんなお粗末な技じゃねえ。四方八方に張り巡らした糸で、そこを通る敵の位置がわかるのだ。糸の反応があればすかさずそこに毒吹き矢を打ち込む。

「おい!どうした!」

声の方向にまた吹き矢を打ちかける。音はほとんどしない。筒から出る息の音だけだ。それが聞こえたときには、もうむくろの一歩手前だ。

「ち、ちくしょう…」

てめえたちで仕掛けてきやがって、ちきしょうはねえだろう。俺を恨むな。てめえの技の未熟を恨めってんだ。

ああ、しのびなんてこんな、ものさ。
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