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第一章
第五話
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その頃、デウス達はと言うと・・・・
ここはデウスの闇によって作られた部屋。この部屋、外面からは全く想像できない程にしっかりとした内装になっていた。悪趣味、とはならない程度に煌びやかな机や椅子。壁などは黒であるものの、カーテンやカーペットなどが寧ろ、その黒を引き立てていた。
「私は貴方に・・・・今後、貴方様にどう接していけば宜しいのでしょうか?」
そんな部屋の中で、オリアナレイナは混乱の極みにあった。聞かされた話、見せられた光景、明かされた秘密。どれも信じられないもので、されど、信じざるを得ないものばかりだった。
「好きにすると良い。余からは特に強制するつもりは無い。そうだな。強いて言いうなら、いい加減余の事は名前で呼ばぬか?」
「名前、ですか・・・」
「うむ。余と其方は最早、秘密を共有する特別な関係と言っても過言では無い。それに、余の方は既にオリアナレイナと、そう呼んでおる。余の事をデウスと呼んではくれぬのか?」
デウスは何も、意地悪などで言っている訳では無い。親愛の証として名前で呼ぶ事は、別に間違った事では無い。しかし、二人で共有する事になった例の秘密が、オリアナレイナを躊躇わせる。
「ですが・・・しかし・・・・・」
「くくく、其方は難しく考えすぎだ。余は≪色欲≫の魔王、デウス。それ以上でもそれ以下でも無い。勇者に味方する、奇特な魔王としてそなたと仲良くしたい。ダメか?」
「・・・分かりました、デウス様」
「様はいらぬ。余と其方は対等ぞ?勇者の王と魔の王の、王同士の付き合いになっていくのだからな。先の話の内容は、しばし忘れていると良い」
「分かりました、デウス。これから宜しくお願いします」
と、まだまだ全然固い様子のオリアナレイナ。しかし、これが現段階での彼女の限界であった。
「まだ固いが・・・・フッ、まあ良いか」
「っ!?」
いつもの含むような、堪えるような笑みでは無く、思わず零れた、そういうタイプの笑み。デウスの美貌と相俟って、オリアナレイナは不覚にも見惚れてしまった。
≪色欲≫の魔王たるデウスは、その全てが女を堕とす事に特化している。
性技は言うまでもなく、まずは見た目。恐ろしいほどに美しく整った顔は、大抵の女を惹き付ける。そのまま微笑み掛けられでもすれば、コロッといくだろう。人外を思わせる燃えるような赤い髪と黒い瞳は、それらに拍車を掛ける。
デウスの美しい部分は、顔だけじゃない。服を脱げば、鋼の如く鍛えられた美しい肉体が現れる。筋骨隆々という風に盛り上るタイプの筋肉では無く、引き締まった鋼のような筋肉の、まるで彫刻の如く美しい肉体。首や手首など服に隠れていない部分だけでも、その肉体美は如実に表れている。
そして外見だけでなく、デウスの持つ声も人々を魅了してやまない。低めで渋みのある声の中に、ハリと若さ、力強さが混在し、聞く者の心にスッと入り込み、鷲掴む。
時折振り撒かれる過剰なまでの色気は、それらの副産物である。
『勇者の絶対的な敵である≪色欲≫の魔王』という認識が薄れつつある今。オリアナレイナにとってデウスは、紛れもなく最高峰に魅力的な男であった。
「ふむ?どうした?余の顔に何か付いておるのか?それとも・・・見惚れたか?」
「ち、違います!何でもありません!!」
(あの顔、どうせ分かってて・・・っ!)
オリアナレイナの何かを誤魔化すような怒声の否定にも、デウスは楽しそうな顔で微笑んでいるだけだった。
「ふむ・・・・もう少しか」
突如明後日の方を向いたデウスは、何やら小さく呟く。そして、礼の如く闇の球体を作ると、そこから何かを取り出した。
「・・・・は?」
串焼きだった。街の露店などで売っているアレ。昨日と一昨日に、食べ歩きに歩いた露店で売っていたアレ。串に肉などを刺し、焼いてタレを付けたアレだ。
呆けた表情のオリアナレイナの口から、呆けた声が漏れた。デウスの行動が読めない。
この串焼き、二日間食べ歩いた露店の中で特に気に入った物を大量買いした内の、一つである。それを今、何故か今、デウスは取り出した。
『全て寄越せ』という、命令にも等しき注文に慌て戸惑いながらも、逆らえずに大量の串焼きを焼いていく店主。焼けた順に、片っ端から大皿に乗せ闇の中に突っ込んでいくデウス。煙の所為か目に涙を浮かべ、代金は払って貰えるのかとビクつきつつも、逆らえる気のしない客の注文に応える店主。整っているからこそ余計に不気味さが増したニヤケ顔で、串焼きを手にするデウス。両者無言で、実にシュールな光景が広がっていた。
最後、大金を手にし喜びを隠せない店主と、大金を支払わされ目に見えて顔色の悪いエンリチェッタの、両者の目に浮かぶ涙が対照的だった。
「うむ・・・美味い」
美味そうに串焼きを頬張るデウス。串焼きからは、まるで焼きたてのように湯気が立っている。この闇によるデウス式収納。保温機能効果付きであるらしかった。触手の如く人を拘束したり、部屋になったり、食べ物を保温付きで収納したり、中々に便利過ぎる代物だ。この闇が一体何なのか、謎が深まるばかりである。
「其方も食うか?」
オリアナレイナの目の前に、大量の串焼きの乗った大皿が差し出される。
(もう少し、という事は、何かを待っているという事なのかもしれません。私も一緒に待つべきでしょうか・・・・?皆の事も心配なので、そろそろこの部屋から出ても・・・。デウス、様の事ですから、恐らく悪い事を企んでいるという訳ではないはず・・・です)
この世界の秘密を知り、デウスの秘密を知り、デウスの人柄を僅かだが知った今。オリアナレイナは当初に比べて、危機感・警戒心と言ったモノをデウスに対して、余り抱いてはいなかった。
それでも完全に信用、という訳にはいかない。根本的な部分が、人間とは違う。その前提がオリアナレイナを悩ませる。
「・・・いただきます」
悩みに悩んだ末、色々あってお腹が空いている事も思い出し、オリアナレイナは串焼きに手を伸ばした。
「なっ・・・」
「ふむ・・・半分ほどか」
恐怖に包まれ静まり返った玉座の間に、デウスの声が響く。闇で出来た部屋から、オリアナレイナとデウスが出て来ていた。目の前に広がった光景にオリアナレイナは息を呑み、デウスは闇をその身に仕舞いながら呟く。
血の海の中心にはエミリアが佇み、皆が一様に青褪めている。眠らされていた者達もいつの間にか起きていて、中には腰を抜かし失禁している者までいた。
「これは、どういう事ですか!?」
オリアナレイナの非難の声が上がる。それは当然隣に立つデウスに向いていて、答えによっては戦闘も辞さないと、聖剣に手が置かれていた。
エルダやソフィア達勇者はオリアナレイナの無事な姿に安堵するが、この惨状を説明する事に躊躇うような、ばつが悪そうな顔をしていた。
「そう逸るな。そうだな・・・・ソフィアだったか?説明してみよ」
「・・・・」
「ソフィア、お願い」
「・・・はい。私の方で、そこの女魔族から色々聞き取りをしていた所・・・・その、一部の者達が暴走しまして・・・」
苦虫を噛み潰したような顔で説明するソフィア。エルダも、止められなかった事を悔やんでいるような顔だ。
「・・・襲い掛かったのね?」
「は、そして止める間も無く、一瞬で返り討ちに・・・」
「・・・そう」
(自業自得、ですね。他国の王との会談途中という事で考えれば、非は寧ろこちらにありますか)
数秒間目を瞑り、死んだ者へと黙祷を捧げるオリアナレイナ。そして、デウスへと向き直る。
「申し訳ありません、デウス」
「っ!?陛下!?」
「なりません!!」
デウスへと深く頭を下げたオリアナレイナの姿に、エルダ達が慌てだす。
(それに、どうして名前を・・・?)
これまで≪色欲≫の魔王としか呼んでいなかった相手を、名前で呼んでいる事に困惑と不安が襲う。
「その者達の言う通りだ。この程度の事で頭を下げる必要は無い。エミリアも怪我した訳では無いしな。大方、プライドの高さが災いしたのであろう。余が居なくなった後に動くとは・・・・小物め。既にこの者らの命によって、詫びは受け取っておる。逆に余は謝らぬぞ?仕掛けてきたのは、浅慮な勇者の方であるからな」
「・・・はい、分かっています」
デウスの言葉は遠慮が無かった。だが、事実でもあった。
勇者という存在は人類の希望であるが故に、持て囃される事が多い。天使が選んだ人間という事もあって、増長せずに勇者として邁進する者が多いが、やはり調子に乗り自尊心が肥大化していく者もいるのだ。
横暴になったりと余りに酷ければ聖剣、天使の方から離れていくが、勇者としての正しい振る舞いが取れていれば、その限りでは無い。と言うか、滅多に天使の方が離れていく事は無い。腐っても天使に選ばれた存在。人として曲がっても、勇者としては曲がらない。
そして、その傾向は男に多い。元々勇者に選ばれるのは女が多いため、勇者社会は男にとって肩身が狭い所がある。その為男の勇者は、勇者としてのプライドより、男としてのプライドが肥大化し易いのである。勿論、女の勇者にもそういった者はいる。
それらの結果が、この血の海なのである。
「さて、エミリア。余より散らかしておるぞ。片付けよ」
「は、すみません。フーッ・・・」
先程と同じように火の玉が現れると、再び玉座の間を綺麗にしていく。ものの数分で綺麗になった床には、死んだ勇者達の聖剣だけが残されていた。
「其方らは、いつもどうしておるのだ?」
「聖剣の事ですか?それなら、回収可能な場合は回収して、天使様を奉る大聖堂へと納めていますが・・・・。殉職した勇者達の弔いにもなりますし」
「ふむ。であれば良い」
使用者の居なくなった聖剣は、聖樹へと還る。時間を掛けて空間の狭間に溶け込み、聖樹を通して天使の元へ還るのだ。
「・・・?聖剣を回収してください」
デウスの態度に微妙な何かを感じ取りながら、残っている勇者達に指示を出すオリアナレイナ。
(陛下・・・?)
先程からのやり取りに、どこか親しげな雰囲気を感じ取っているエルダが、首を傾げた。
「さて、余の方の用事は大体終わりだな。思い掛けない収穫もあったし、重畳重畳」
「お帰りになりますか?陛下」
「うむ。もう少し滞在したい気もするが、これ以上は余計な混乱を招くだけであろう」
城に来る際、正体を顕わにしながら進んできた為、王城に魔族が招かれた事は既に広まっている。幸いパニックは起きなかったが、このままでは時間の問題。早いとこ、王や勇者による言葉が必要だろう。
「アレはどうしますか?」
「アレ?・・・ああ!そうであった!」
エミリアの言葉に首を傾げたデウスであったが、すぐに何かを思い出したように声を上げた。
「其方達に返しておくものがある」
「「「?」」」
デウスはそう言うと、再び闇をその身から溢れ出す。その闇は球体にならず、直前まで勇者達の肉塊が転がっていたスペースを中心に、床に広がっていく。直接その闇に触れる事になった一部の勇者が、聖剣を構えながら飛び退く。
「貴様何のつもりだ!?」
エルダもその光景に危機感を募らせ、オリアナレイナの前で聖剣を構えた。
「ん?だから、返すものがあると言っておろう?」
床に広がった闇が引くのと同時に現れた、それらをデウスは指差す。
「っ!?」
「ま、まさか・・・!?」
「そんな、うそ・・・・」
エルダと、そして一部の貴族がそれを見て声を漏らす。
「先の≪憤怒≫との戦いで散って行った者達の、遺品や装飾品だ」
「「「っ!!」」」
多種多様の鎧や髪飾り、耳飾りや下着などが並べられている。そして傍らには、壺。
「綺麗に畳まれているのは、余の女配下達がやったでな。安心すると良い。それとその壺には、その鎧などの持ち主の遺灰が入っている」
「っ!・・・全員分なのですか?」
「うむ」
「・・・・」
「・・・・」
「・・・・」
暫し誰も口を開かず、固まったままだったが、一人の貴族の男がフラフラと進み出てくる。
「・・・ああ・・・・ああぁぁぁ!!!」
貴族の男は一つの鎧を手にすると涙を流し、抱き締めながら慟哭した。
その様子に、新たに数人がフラフラと進み出てくる。
「・・・おおぉぉぉぉ!」
「カ、カトレア・・・・」
「ひっく・・・・・ひっく・・・」
死んだ勇者達の親、だったのだろう。遺品を、遺灰を抱き締め、咽び泣く。
勇者は選ばれた時点でただの勇者。されど勇者。つまり、出自などは一切関係が無くなる。平民の出の勇者であろうと、選ばれた時点で馬鹿にするのは愚か者だけ。逆に貴族の出の勇者だからと、幅を利かせる者もいない。
貴族出身の勇者の、その実家が威を借るかの如く幅を利かせれば、周りに白い目で見られるのは必至。それでもやはり、愚か者は出てくる。そこで取られた対策が、勇者に選ばれた者は実家と縁を切る事。
勿論接触禁止だとか、そんな酷い内容のものでは無い。親子の縁が切られるという訳でも無い。ただ実家、つまり家との縁が切られるのだ。
貴族の出の勇者ならば、以降実家の苗字を名乗る事は許されない。実家の方も、娘息子を勇者の娘息子として扱う事は禁じられる。これは、苗字を持たない平民も同じ。『勇者を輩出した家』なんていう、愚かな主張を潰す為である。勇者の政治的利用も防ぐ目的がある。破れば当然、罰せられる。
勘違いしてはならないのが、先にも言った通り親子の縁を切る訳では無い事。親として、子として振る舞い接する事は、当然の権利として保障されているのだ。
例外があるとすれば王族。王族は勇者であっても、王位継承権を有していれば、又は王の座についていれば、苗字を名乗らざるを得ない以上特例となる。現にオリアナレイナも『ブレイブ』を名乗っている。
こうして、家との縁を切り勇者となった者達には、当然の如く守秘義務が発生する。内容は、どこで魔族を迎撃したなどの、任務に関係する事だ。勤務地は兎も角、就く事になる任務の内容は絶対に漏らせない。
つまり、子が勇者になった後、実家はその後の事を知る術は殆ど無いのだ。家との縁を切っている以上貴族だとしても、その太いパイプを使って子の事を詮索する事は出来ない。子の活躍を知るのは、王都から国中にばら撒かれる『勇者新聞』。子の近況を知るのは、偶の帰省か偶の文。子の死を知るのは、死んだ時。シビアな親子関係がそこにはある。
さらに辛いのが、勇者が死ぬ時は大抵魔族を相手にした時、だという事。少人数で攻めてきた時は死ぬ時も形が残るが、大人数の時は形すら残さずに殺される事が多い。その時に残るのは、鎧等の欠片のみ。そして、≪憤怒≫の魔王戦などの魔界での戦いの時は、何一つ持ち帰れない事が常なのである。ルーズの愚かさが際立つだろう。
本来返って来ないはずの、子の遺品が帰って来た。遺体こそ無いものの、そこはしっかり遺灰として。
遺品を、遺灰をその胸に抱き、慟哭する彼らの胸にあるのは、悲しみとそして感謝だった。
「・・・≪色欲≫の魔王様。ありがとうございます・・・うぅ」
最初に遺品の元へ進み出た男が、魔王の傍まで近寄り頭を下げる。恐怖が無い訳では無い、現に震えている。それでも、感謝が大きかった。
「ふむ、その鎧は・・・・確か、赤に近い橙色の髪の勇者の者だったな」
「・・・・え?」
何かを思い出す様な、右上を見る仕草。言葉は続く。
「それと、髪飾りをしていたな。青色の花の髪飾りだ」
「え・・・あ、はい。妻の・・あの娘の母の形見で・・・・何故ご存知で?ここに無いという事は、回収出来なかったのですよね?」
男の視線が疑いを持った色に染まる。しかし、デウスはどこ吹く風。
「途中で魔族の攻撃が掠めて、砕けていたからな。流石にあれでは回収は無理だ」
「そう・・・ですか・・・・。でも何故。貴方様が・・・・?」
デウスはその疑問には答えず、別の言葉を紡ぐ。
「立派だったぞ。貴様の娘は、最後まで勇者として戦った。決して引く事無く、逃げる事無く。勇者として多くの魔族を屠り、勇者として散っていった」
「・・・・・あ」
「最後に相対したのは≪憤怒≫の幹部であった。筋骨隆々な体で、人の丈以上の大剣を振るう男でな。そこそこの強敵であった。後三人の仲間と一緒に、戦いを挑んでな。髪飾りもその時に、な」
「あ・・あぁ・・・・」
男はその光景を思い浮かべているのだろう。デウスの話を聞きながら、止め処なく涙を流している。
「炎系統が得意だったのだろう?聖剣に炎を纏わせて、果敢に攻めておった。だが、地力が違った。次第に押され始め、一緒だった仲間は倒れた。満身創痍の体で一人、幹部を相手にした貴様の娘は・・・・最後は相打ちだった」
静かに上を向き、唇を噛み攻めながら男は泣いていた。
「負けてもおかしくは無かった。それだけの実力差がそこにはあった。それを、相打ちにまで持ち込んだのだ。最後の瞬間、笑っておったよ。死んだ後も笑っておった。何を考えていたのか、余には分からん。家族の事かもしれんし、友の事かもしれん。これまでの過去の事かもしれんし、これからの未来の事かもしれん。余には分からん」
「・・・・」
「ただ、美しかった。勇者として立派に戦い、立派に散っていった貴様の娘は美しかった。・・・・悔しかろう」
「!!・・・・ぐっ・・」
「何故娘が、何故娘が、何故娘が・・・・。勇者になどなって欲しくは無かった。何より、死んで欲しくは無かった。親としては当然の想いだ」
「ぐぅぅ・・・ううぅぅぅ」
「だが、余は敢えて言おう。貴様の娘は、立派な勇者だった。だから誇れ!」
「うぅぅ・・あ・・・?」
「余が≪色欲≫の魔王が今一度保証する。貴様の娘は立派だったと。貴様の娘だけでは無い。エルダを始め、今回の戦いに参加した勇者は、一人残らず立派だったと。その雄姿は、全員余が記憶しておる。貴様等が死に、誰一人として貴様らの娘の事を知る者が居なくなっても、余だけは確実に覚えておいてやる!だから誇れ!娘は立派だったと!余が保証する!!」
「ああ・・・・あああぁぁぁぁぁぁ!!」
気付けば多くの者が泣いていた。オリアナレイナもソフィアも。そして、当事者たるエルダも天を仰いで涙を零す。貴族の男と同様に、遺品に駆け寄った者達も等しく。
玉座の間は、親たちの慟哭に震え、仲間達の涙に濡れた。
「良かったのですか?あのまま帰して」
所変わって、ここはオリアナレイナの執務室。エルダとソフィアにアンナ、そして宰相ヘンリーが集っていた。
「構いません。これ以上の滞在は、あの方の仰る通り混乱を招くだけです。今は学院も人が少ないですし、学院長に任せましょう」
デウス達は『此度は、これにて退散するとしよう。有意義な時間であった。色好い返事を待っておるぞ』と言って、帰って行った。エンリチェッタを連れて。早足に。
泣きながら感謝の言葉を唱え、縋り付いて来る貴族達が鬱陶しかったらしい。デウスの顔は珍しく引き攣っていた。
「・・・は」
「それで、陛下は如何なさるつもりで?」
「もう叔父上、今は私的な場です。名前で呼んで下さい!」
オリアナレイナにとってヘンリーは、叔父と言うより父のような存在であった。実の父がどうしようもない人間だった上、母の弟として幼い頃から可愛がってくれた。懐くのは当然の流れだった。
こうした公の場では無い場所で、オリアナレイナは甘える事にしていた。互いの立場上仕事なども多いため、そういう機会が少ないからだ。
「フッ。相変わらずだな、レイナは。儂にもレイナにも立場があると言うに」
そう言いながらも、オリアナレイナの頭を優しく撫でるヘンリー。ほっこりとした雰囲気が流れ、エルダとソフィアの頬も緩んでいた。アンナだけは無表情だが。
「・・・コホン。それで、質問の答えですが・・・・」
一通り撫でて貰って満足したのか、咳払いを一つ、話を戻す。
「私は、勇者を育てると言う、デウスの話を受けても良い・・・いえ、受けるべきだと思っています」
「なっ!?」
「・・・・」
エルダの口が大きく開かれる。ソフィアも目を見開いている。
「・・・デウス。魔王を名で呼ぶか・・・・。それ程の話を聞いたのだな?」
「はい」
「信憑性は?」
ヘンリーは落ち着いた様子で、情報を纏めていく。
「ミカエル様の保証付きです」
「「「っ!!?」」そ、それは何とも・・・・」
ミカエル。天使の上位存在。大罪の魔王と対を為す、七大天使の一人。オリアナレイナの契約天使。高いレベルで、聖剣の力を生きだせるオリアナレイナは常に、とは行かないが、交信が可能であった。
ただ、今回は交信では無く、直接対面する事になったが。主にデウスのせいで。
「し、しかし相手は魔族どころか魔王で・・・!」
「デウスに聞かされた話は、そんな事がちっぽけに思える位の内容だったのです」
「っ」
「・・・・その内容は?」
やはり、ヘンリーだけは落ち着いている。
「それを今言う事は出来ません。貴方方に知らせる事が出来るのは、最低でもあと二人。魔王を倒した後になるかと」
「っ!!」
「・・・不可能です。≪憤怒≫での被害を考えると・・・・・」
ソフィアが眼鏡を押し上げながら、言葉を濁す。
「その為に、デウスに育てて貰うのですよ。学院長の力は見たでしょう?アレは決して間違ったものではありません。分かるでしょう?私にも、同じ翼があるのですから」
そう。オリアナレイナも翼を持っていた。エンリチェッタが見せたものと同じ翼を。そして、その翼についても詳しく知っていた。
「は、はい・・・」
「安心してください。私も完全に信用した訳ではありません。それでも、今回見せられた人柄に、勇者に対する敬意、その辺りの分くらいは信用しても良いのでは?と思っています」
「民への説明はどうするつもりだ?」
魔王が勇者を育てる。国中に混乱が起きるのは必至だろう。特に学院のある都市は、危険度が増すと捉えられるだろう。
「その辺も含めて今後の対応を考え行くつもりです。幸い学院の長期休暇が明けるまで、時間はそれなりにありますから」
「そうだな・・・。一度、序列上位の勇者も集めるべきだろう」
「え゛」
エルダだ。
「エルダ」
「すみません、つい」
謝罪しながらもその顔には、未だ渋面が。何か苦い思い出があるのだろう、その序列上位の誰かに。
「兎に角、デウスの案に乗る、という形でこれから動いて行きます。もしもの時は、≪色欲≫の魔王の首を取る事も頭に入れておいて下さい」
「「「「はっ」」」」
全員が厳かに頭を下げる。ただ、アンナだけは何かを考えている様でもあった。
それから二週間後。長期休暇明けの学院の講堂。その壇上にデウスの姿はあった。
「これから勇者を育てる事になったデウスだ。≪色欲≫の魔王とも呼ばれておる。覚悟すると良い。余は厳しいぞ?」
デウスの黒い瞳が、妖しく鈍い光を放っていた
ここはデウスの闇によって作られた部屋。この部屋、外面からは全く想像できない程にしっかりとした内装になっていた。悪趣味、とはならない程度に煌びやかな机や椅子。壁などは黒であるものの、カーテンやカーペットなどが寧ろ、その黒を引き立てていた。
「私は貴方に・・・・今後、貴方様にどう接していけば宜しいのでしょうか?」
そんな部屋の中で、オリアナレイナは混乱の極みにあった。聞かされた話、見せられた光景、明かされた秘密。どれも信じられないもので、されど、信じざるを得ないものばかりだった。
「好きにすると良い。余からは特に強制するつもりは無い。そうだな。強いて言いうなら、いい加減余の事は名前で呼ばぬか?」
「名前、ですか・・・」
「うむ。余と其方は最早、秘密を共有する特別な関係と言っても過言では無い。それに、余の方は既にオリアナレイナと、そう呼んでおる。余の事をデウスと呼んではくれぬのか?」
デウスは何も、意地悪などで言っている訳では無い。親愛の証として名前で呼ぶ事は、別に間違った事では無い。しかし、二人で共有する事になった例の秘密が、オリアナレイナを躊躇わせる。
「ですが・・・しかし・・・・・」
「くくく、其方は難しく考えすぎだ。余は≪色欲≫の魔王、デウス。それ以上でもそれ以下でも無い。勇者に味方する、奇特な魔王としてそなたと仲良くしたい。ダメか?」
「・・・分かりました、デウス様」
「様はいらぬ。余と其方は対等ぞ?勇者の王と魔の王の、王同士の付き合いになっていくのだからな。先の話の内容は、しばし忘れていると良い」
「分かりました、デウス。これから宜しくお願いします」
と、まだまだ全然固い様子のオリアナレイナ。しかし、これが現段階での彼女の限界であった。
「まだ固いが・・・・フッ、まあ良いか」
「っ!?」
いつもの含むような、堪えるような笑みでは無く、思わず零れた、そういうタイプの笑み。デウスの美貌と相俟って、オリアナレイナは不覚にも見惚れてしまった。
≪色欲≫の魔王たるデウスは、その全てが女を堕とす事に特化している。
性技は言うまでもなく、まずは見た目。恐ろしいほどに美しく整った顔は、大抵の女を惹き付ける。そのまま微笑み掛けられでもすれば、コロッといくだろう。人外を思わせる燃えるような赤い髪と黒い瞳は、それらに拍車を掛ける。
デウスの美しい部分は、顔だけじゃない。服を脱げば、鋼の如く鍛えられた美しい肉体が現れる。筋骨隆々という風に盛り上るタイプの筋肉では無く、引き締まった鋼のような筋肉の、まるで彫刻の如く美しい肉体。首や手首など服に隠れていない部分だけでも、その肉体美は如実に表れている。
そして外見だけでなく、デウスの持つ声も人々を魅了してやまない。低めで渋みのある声の中に、ハリと若さ、力強さが混在し、聞く者の心にスッと入り込み、鷲掴む。
時折振り撒かれる過剰なまでの色気は、それらの副産物である。
『勇者の絶対的な敵である≪色欲≫の魔王』という認識が薄れつつある今。オリアナレイナにとってデウスは、紛れもなく最高峰に魅力的な男であった。
「ふむ?どうした?余の顔に何か付いておるのか?それとも・・・見惚れたか?」
「ち、違います!何でもありません!!」
(あの顔、どうせ分かってて・・・っ!)
オリアナレイナの何かを誤魔化すような怒声の否定にも、デウスは楽しそうな顔で微笑んでいるだけだった。
「ふむ・・・・もう少しか」
突如明後日の方を向いたデウスは、何やら小さく呟く。そして、礼の如く闇の球体を作ると、そこから何かを取り出した。
「・・・・は?」
串焼きだった。街の露店などで売っているアレ。昨日と一昨日に、食べ歩きに歩いた露店で売っていたアレ。串に肉などを刺し、焼いてタレを付けたアレだ。
呆けた表情のオリアナレイナの口から、呆けた声が漏れた。デウスの行動が読めない。
この串焼き、二日間食べ歩いた露店の中で特に気に入った物を大量買いした内の、一つである。それを今、何故か今、デウスは取り出した。
『全て寄越せ』という、命令にも等しき注文に慌て戸惑いながらも、逆らえずに大量の串焼きを焼いていく店主。焼けた順に、片っ端から大皿に乗せ闇の中に突っ込んでいくデウス。煙の所為か目に涙を浮かべ、代金は払って貰えるのかとビクつきつつも、逆らえる気のしない客の注文に応える店主。整っているからこそ余計に不気味さが増したニヤケ顔で、串焼きを手にするデウス。両者無言で、実にシュールな光景が広がっていた。
最後、大金を手にし喜びを隠せない店主と、大金を支払わされ目に見えて顔色の悪いエンリチェッタの、両者の目に浮かぶ涙が対照的だった。
「うむ・・・美味い」
美味そうに串焼きを頬張るデウス。串焼きからは、まるで焼きたてのように湯気が立っている。この闇によるデウス式収納。保温機能効果付きであるらしかった。触手の如く人を拘束したり、部屋になったり、食べ物を保温付きで収納したり、中々に便利過ぎる代物だ。この闇が一体何なのか、謎が深まるばかりである。
「其方も食うか?」
オリアナレイナの目の前に、大量の串焼きの乗った大皿が差し出される。
(もう少し、という事は、何かを待っているという事なのかもしれません。私も一緒に待つべきでしょうか・・・・?皆の事も心配なので、そろそろこの部屋から出ても・・・。デウス、様の事ですから、恐らく悪い事を企んでいるという訳ではないはず・・・です)
この世界の秘密を知り、デウスの秘密を知り、デウスの人柄を僅かだが知った今。オリアナレイナは当初に比べて、危機感・警戒心と言ったモノをデウスに対して、余り抱いてはいなかった。
それでも完全に信用、という訳にはいかない。根本的な部分が、人間とは違う。その前提がオリアナレイナを悩ませる。
「・・・いただきます」
悩みに悩んだ末、色々あってお腹が空いている事も思い出し、オリアナレイナは串焼きに手を伸ばした。
「なっ・・・」
「ふむ・・・半分ほどか」
恐怖に包まれ静まり返った玉座の間に、デウスの声が響く。闇で出来た部屋から、オリアナレイナとデウスが出て来ていた。目の前に広がった光景にオリアナレイナは息を呑み、デウスは闇をその身に仕舞いながら呟く。
血の海の中心にはエミリアが佇み、皆が一様に青褪めている。眠らされていた者達もいつの間にか起きていて、中には腰を抜かし失禁している者までいた。
「これは、どういう事ですか!?」
オリアナレイナの非難の声が上がる。それは当然隣に立つデウスに向いていて、答えによっては戦闘も辞さないと、聖剣に手が置かれていた。
エルダやソフィア達勇者はオリアナレイナの無事な姿に安堵するが、この惨状を説明する事に躊躇うような、ばつが悪そうな顔をしていた。
「そう逸るな。そうだな・・・・ソフィアだったか?説明してみよ」
「・・・・」
「ソフィア、お願い」
「・・・はい。私の方で、そこの女魔族から色々聞き取りをしていた所・・・・その、一部の者達が暴走しまして・・・」
苦虫を噛み潰したような顔で説明するソフィア。エルダも、止められなかった事を悔やんでいるような顔だ。
「・・・襲い掛かったのね?」
「は、そして止める間も無く、一瞬で返り討ちに・・・」
「・・・そう」
(自業自得、ですね。他国の王との会談途中という事で考えれば、非は寧ろこちらにありますか)
数秒間目を瞑り、死んだ者へと黙祷を捧げるオリアナレイナ。そして、デウスへと向き直る。
「申し訳ありません、デウス」
「っ!?陛下!?」
「なりません!!」
デウスへと深く頭を下げたオリアナレイナの姿に、エルダ達が慌てだす。
(それに、どうして名前を・・・?)
これまで≪色欲≫の魔王としか呼んでいなかった相手を、名前で呼んでいる事に困惑と不安が襲う。
「その者達の言う通りだ。この程度の事で頭を下げる必要は無い。エミリアも怪我した訳では無いしな。大方、プライドの高さが災いしたのであろう。余が居なくなった後に動くとは・・・・小物め。既にこの者らの命によって、詫びは受け取っておる。逆に余は謝らぬぞ?仕掛けてきたのは、浅慮な勇者の方であるからな」
「・・・はい、分かっています」
デウスの言葉は遠慮が無かった。だが、事実でもあった。
勇者という存在は人類の希望であるが故に、持て囃される事が多い。天使が選んだ人間という事もあって、増長せずに勇者として邁進する者が多いが、やはり調子に乗り自尊心が肥大化していく者もいるのだ。
横暴になったりと余りに酷ければ聖剣、天使の方から離れていくが、勇者としての正しい振る舞いが取れていれば、その限りでは無い。と言うか、滅多に天使の方が離れていく事は無い。腐っても天使に選ばれた存在。人として曲がっても、勇者としては曲がらない。
そして、その傾向は男に多い。元々勇者に選ばれるのは女が多いため、勇者社会は男にとって肩身が狭い所がある。その為男の勇者は、勇者としてのプライドより、男としてのプライドが肥大化し易いのである。勿論、女の勇者にもそういった者はいる。
それらの結果が、この血の海なのである。
「さて、エミリア。余より散らかしておるぞ。片付けよ」
「は、すみません。フーッ・・・」
先程と同じように火の玉が現れると、再び玉座の間を綺麗にしていく。ものの数分で綺麗になった床には、死んだ勇者達の聖剣だけが残されていた。
「其方らは、いつもどうしておるのだ?」
「聖剣の事ですか?それなら、回収可能な場合は回収して、天使様を奉る大聖堂へと納めていますが・・・・。殉職した勇者達の弔いにもなりますし」
「ふむ。であれば良い」
使用者の居なくなった聖剣は、聖樹へと還る。時間を掛けて空間の狭間に溶け込み、聖樹を通して天使の元へ還るのだ。
「・・・?聖剣を回収してください」
デウスの態度に微妙な何かを感じ取りながら、残っている勇者達に指示を出すオリアナレイナ。
(陛下・・・?)
先程からのやり取りに、どこか親しげな雰囲気を感じ取っているエルダが、首を傾げた。
「さて、余の方の用事は大体終わりだな。思い掛けない収穫もあったし、重畳重畳」
「お帰りになりますか?陛下」
「うむ。もう少し滞在したい気もするが、これ以上は余計な混乱を招くだけであろう」
城に来る際、正体を顕わにしながら進んできた為、王城に魔族が招かれた事は既に広まっている。幸いパニックは起きなかったが、このままでは時間の問題。早いとこ、王や勇者による言葉が必要だろう。
「アレはどうしますか?」
「アレ?・・・ああ!そうであった!」
エミリアの言葉に首を傾げたデウスであったが、すぐに何かを思い出したように声を上げた。
「其方達に返しておくものがある」
「「「?」」」
デウスはそう言うと、再び闇をその身から溢れ出す。その闇は球体にならず、直前まで勇者達の肉塊が転がっていたスペースを中心に、床に広がっていく。直接その闇に触れる事になった一部の勇者が、聖剣を構えながら飛び退く。
「貴様何のつもりだ!?」
エルダもその光景に危機感を募らせ、オリアナレイナの前で聖剣を構えた。
「ん?だから、返すものがあると言っておろう?」
床に広がった闇が引くのと同時に現れた、それらをデウスは指差す。
「っ!?」
「ま、まさか・・・!?」
「そんな、うそ・・・・」
エルダと、そして一部の貴族がそれを見て声を漏らす。
「先の≪憤怒≫との戦いで散って行った者達の、遺品や装飾品だ」
「「「っ!!」」」
多種多様の鎧や髪飾り、耳飾りや下着などが並べられている。そして傍らには、壺。
「綺麗に畳まれているのは、余の女配下達がやったでな。安心すると良い。それとその壺には、その鎧などの持ち主の遺灰が入っている」
「っ!・・・全員分なのですか?」
「うむ」
「・・・・」
「・・・・」
「・・・・」
暫し誰も口を開かず、固まったままだったが、一人の貴族の男がフラフラと進み出てくる。
「・・・ああ・・・・ああぁぁぁ!!!」
貴族の男は一つの鎧を手にすると涙を流し、抱き締めながら慟哭した。
その様子に、新たに数人がフラフラと進み出てくる。
「・・・おおぉぉぉぉ!」
「カ、カトレア・・・・」
「ひっく・・・・・ひっく・・・」
死んだ勇者達の親、だったのだろう。遺品を、遺灰を抱き締め、咽び泣く。
勇者は選ばれた時点でただの勇者。されど勇者。つまり、出自などは一切関係が無くなる。平民の出の勇者であろうと、選ばれた時点で馬鹿にするのは愚か者だけ。逆に貴族の出の勇者だからと、幅を利かせる者もいない。
貴族出身の勇者の、その実家が威を借るかの如く幅を利かせれば、周りに白い目で見られるのは必至。それでもやはり、愚か者は出てくる。そこで取られた対策が、勇者に選ばれた者は実家と縁を切る事。
勿論接触禁止だとか、そんな酷い内容のものでは無い。親子の縁が切られるという訳でも無い。ただ実家、つまり家との縁が切られるのだ。
貴族の出の勇者ならば、以降実家の苗字を名乗る事は許されない。実家の方も、娘息子を勇者の娘息子として扱う事は禁じられる。これは、苗字を持たない平民も同じ。『勇者を輩出した家』なんていう、愚かな主張を潰す為である。勇者の政治的利用も防ぐ目的がある。破れば当然、罰せられる。
勘違いしてはならないのが、先にも言った通り親子の縁を切る訳では無い事。親として、子として振る舞い接する事は、当然の権利として保障されているのだ。
例外があるとすれば王族。王族は勇者であっても、王位継承権を有していれば、又は王の座についていれば、苗字を名乗らざるを得ない以上特例となる。現にオリアナレイナも『ブレイブ』を名乗っている。
こうして、家との縁を切り勇者となった者達には、当然の如く守秘義務が発生する。内容は、どこで魔族を迎撃したなどの、任務に関係する事だ。勤務地は兎も角、就く事になる任務の内容は絶対に漏らせない。
つまり、子が勇者になった後、実家はその後の事を知る術は殆ど無いのだ。家との縁を切っている以上貴族だとしても、その太いパイプを使って子の事を詮索する事は出来ない。子の活躍を知るのは、王都から国中にばら撒かれる『勇者新聞』。子の近況を知るのは、偶の帰省か偶の文。子の死を知るのは、死んだ時。シビアな親子関係がそこにはある。
さらに辛いのが、勇者が死ぬ時は大抵魔族を相手にした時、だという事。少人数で攻めてきた時は死ぬ時も形が残るが、大人数の時は形すら残さずに殺される事が多い。その時に残るのは、鎧等の欠片のみ。そして、≪憤怒≫の魔王戦などの魔界での戦いの時は、何一つ持ち帰れない事が常なのである。ルーズの愚かさが際立つだろう。
本来返って来ないはずの、子の遺品が帰って来た。遺体こそ無いものの、そこはしっかり遺灰として。
遺品を、遺灰をその胸に抱き、慟哭する彼らの胸にあるのは、悲しみとそして感謝だった。
「・・・≪色欲≫の魔王様。ありがとうございます・・・うぅ」
最初に遺品の元へ進み出た男が、魔王の傍まで近寄り頭を下げる。恐怖が無い訳では無い、現に震えている。それでも、感謝が大きかった。
「ふむ、その鎧は・・・・確か、赤に近い橙色の髪の勇者の者だったな」
「・・・・え?」
何かを思い出す様な、右上を見る仕草。言葉は続く。
「それと、髪飾りをしていたな。青色の花の髪飾りだ」
「え・・・あ、はい。妻の・・あの娘の母の形見で・・・・何故ご存知で?ここに無いという事は、回収出来なかったのですよね?」
男の視線が疑いを持った色に染まる。しかし、デウスはどこ吹く風。
「途中で魔族の攻撃が掠めて、砕けていたからな。流石にあれでは回収は無理だ」
「そう・・・ですか・・・・。でも何故。貴方様が・・・・?」
デウスはその疑問には答えず、別の言葉を紡ぐ。
「立派だったぞ。貴様の娘は、最後まで勇者として戦った。決して引く事無く、逃げる事無く。勇者として多くの魔族を屠り、勇者として散っていった」
「・・・・・あ」
「最後に相対したのは≪憤怒≫の幹部であった。筋骨隆々な体で、人の丈以上の大剣を振るう男でな。そこそこの強敵であった。後三人の仲間と一緒に、戦いを挑んでな。髪飾りもその時に、な」
「あ・・あぁ・・・・」
男はその光景を思い浮かべているのだろう。デウスの話を聞きながら、止め処なく涙を流している。
「炎系統が得意だったのだろう?聖剣に炎を纏わせて、果敢に攻めておった。だが、地力が違った。次第に押され始め、一緒だった仲間は倒れた。満身創痍の体で一人、幹部を相手にした貴様の娘は・・・・最後は相打ちだった」
静かに上を向き、唇を噛み攻めながら男は泣いていた。
「負けてもおかしくは無かった。それだけの実力差がそこにはあった。それを、相打ちにまで持ち込んだのだ。最後の瞬間、笑っておったよ。死んだ後も笑っておった。何を考えていたのか、余には分からん。家族の事かもしれんし、友の事かもしれん。これまでの過去の事かもしれんし、これからの未来の事かもしれん。余には分からん」
「・・・・」
「ただ、美しかった。勇者として立派に戦い、立派に散っていった貴様の娘は美しかった。・・・・悔しかろう」
「!!・・・・ぐっ・・」
「何故娘が、何故娘が、何故娘が・・・・。勇者になどなって欲しくは無かった。何より、死んで欲しくは無かった。親としては当然の想いだ」
「ぐぅぅ・・・ううぅぅぅ」
「だが、余は敢えて言おう。貴様の娘は、立派な勇者だった。だから誇れ!」
「うぅぅ・・あ・・・?」
「余が≪色欲≫の魔王が今一度保証する。貴様の娘は立派だったと。貴様の娘だけでは無い。エルダを始め、今回の戦いに参加した勇者は、一人残らず立派だったと。その雄姿は、全員余が記憶しておる。貴様等が死に、誰一人として貴様らの娘の事を知る者が居なくなっても、余だけは確実に覚えておいてやる!だから誇れ!娘は立派だったと!余が保証する!!」
「ああ・・・・あああぁぁぁぁぁぁ!!」
気付けば多くの者が泣いていた。オリアナレイナもソフィアも。そして、当事者たるエルダも天を仰いで涙を零す。貴族の男と同様に、遺品に駆け寄った者達も等しく。
玉座の間は、親たちの慟哭に震え、仲間達の涙に濡れた。
「良かったのですか?あのまま帰して」
所変わって、ここはオリアナレイナの執務室。エルダとソフィアにアンナ、そして宰相ヘンリーが集っていた。
「構いません。これ以上の滞在は、あの方の仰る通り混乱を招くだけです。今は学院も人が少ないですし、学院長に任せましょう」
デウス達は『此度は、これにて退散するとしよう。有意義な時間であった。色好い返事を待っておるぞ』と言って、帰って行った。エンリチェッタを連れて。早足に。
泣きながら感謝の言葉を唱え、縋り付いて来る貴族達が鬱陶しかったらしい。デウスの顔は珍しく引き攣っていた。
「・・・は」
「それで、陛下は如何なさるつもりで?」
「もう叔父上、今は私的な場です。名前で呼んで下さい!」
オリアナレイナにとってヘンリーは、叔父と言うより父のような存在であった。実の父がどうしようもない人間だった上、母の弟として幼い頃から可愛がってくれた。懐くのは当然の流れだった。
こうした公の場では無い場所で、オリアナレイナは甘える事にしていた。互いの立場上仕事なども多いため、そういう機会が少ないからだ。
「フッ。相変わらずだな、レイナは。儂にもレイナにも立場があると言うに」
そう言いながらも、オリアナレイナの頭を優しく撫でるヘンリー。ほっこりとした雰囲気が流れ、エルダとソフィアの頬も緩んでいた。アンナだけは無表情だが。
「・・・コホン。それで、質問の答えですが・・・・」
一通り撫でて貰って満足したのか、咳払いを一つ、話を戻す。
「私は、勇者を育てると言う、デウスの話を受けても良い・・・いえ、受けるべきだと思っています」
「なっ!?」
「・・・・」
エルダの口が大きく開かれる。ソフィアも目を見開いている。
「・・・デウス。魔王を名で呼ぶか・・・・。それ程の話を聞いたのだな?」
「はい」
「信憑性は?」
ヘンリーは落ち着いた様子で、情報を纏めていく。
「ミカエル様の保証付きです」
「「「っ!!?」」そ、それは何とも・・・・」
ミカエル。天使の上位存在。大罪の魔王と対を為す、七大天使の一人。オリアナレイナの契約天使。高いレベルで、聖剣の力を生きだせるオリアナレイナは常に、とは行かないが、交信が可能であった。
ただ、今回は交信では無く、直接対面する事になったが。主にデウスのせいで。
「し、しかし相手は魔族どころか魔王で・・・!」
「デウスに聞かされた話は、そんな事がちっぽけに思える位の内容だったのです」
「っ」
「・・・・その内容は?」
やはり、ヘンリーだけは落ち着いている。
「それを今言う事は出来ません。貴方方に知らせる事が出来るのは、最低でもあと二人。魔王を倒した後になるかと」
「っ!!」
「・・・不可能です。≪憤怒≫での被害を考えると・・・・・」
ソフィアが眼鏡を押し上げながら、言葉を濁す。
「その為に、デウスに育てて貰うのですよ。学院長の力は見たでしょう?アレは決して間違ったものではありません。分かるでしょう?私にも、同じ翼があるのですから」
そう。オリアナレイナも翼を持っていた。エンリチェッタが見せたものと同じ翼を。そして、その翼についても詳しく知っていた。
「は、はい・・・」
「安心してください。私も完全に信用した訳ではありません。それでも、今回見せられた人柄に、勇者に対する敬意、その辺りの分くらいは信用しても良いのでは?と思っています」
「民への説明はどうするつもりだ?」
魔王が勇者を育てる。国中に混乱が起きるのは必至だろう。特に学院のある都市は、危険度が増すと捉えられるだろう。
「その辺も含めて今後の対応を考え行くつもりです。幸い学院の長期休暇が明けるまで、時間はそれなりにありますから」
「そうだな・・・。一度、序列上位の勇者も集めるべきだろう」
「え゛」
エルダだ。
「エルダ」
「すみません、つい」
謝罪しながらもその顔には、未だ渋面が。何か苦い思い出があるのだろう、その序列上位の誰かに。
「兎に角、デウスの案に乗る、という形でこれから動いて行きます。もしもの時は、≪色欲≫の魔王の首を取る事も頭に入れておいて下さい」
「「「「はっ」」」」
全員が厳かに頭を下げる。ただ、アンナだけは何かを考えている様でもあった。
それから二週間後。長期休暇明けの学院の講堂。その壇上にデウスの姿はあった。
「これから勇者を育てる事になったデウスだ。≪色欲≫の魔王とも呼ばれておる。覚悟すると良い。余は厳しいぞ?」
デウスの黒い瞳が、妖しく鈍い光を放っていた
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