異世界召喚?そんなこと望んでません!元の世界に帰してください!

翡翠と太陽

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31.各々の罪 神官長

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    それは、神官たちを辺境伯の砦に送り出して、しばらく経った後に届いた報せだった。

    「大聖女様が戻ってきた」


    召喚された二人の聖女。
    片方はとんでもなく醜い女。
    もう片方は、私の理想をそのまま体現したような美しい少女だった。

    夢に見た美しい少女。
    黒髪に黒目、幼い顔立ちでありながら、前聖女と重なる面立ち。
    まさに私の理想通りの少女。

    しかし、その少女は帰還してしまった。醜い女を残して。
    何故だ、何故女神は残酷な采配をなさったのだ。

       聖女判定の結果に目の前が真っ暗になった。それでもこれ程明らかな結果を覆すことはできるはずもない。

    大聖女の召喚は誠に喜ばしいことだ。私が神官長である今、大聖女を召喚出来たことは本当に喜ばしい。
    しかしそれがあの少女であったなら、あの従順そうな少女であったなら。

     「なんでコイツなんだ」    


    私は前聖女であるユリコを愛していた。
    聖女は年齢を重ねてもその姿は若々しかった。
     それは聖女の持つ特性だった。

    聖女の肉体の衰えは、およそ年齢の半分くらいで、過去のどの聖女の文献を見ても、100歳で旅立つにしては40~50代くらいの見た目だったと記録されている。

    晩年のユリコと今40歳である私が並んでいれば、夫婦だと言っても端から見れば違和感なく受け入れられる雰囲気だったと思う。

    更に聖女は、病気もしなければ怪我もしない。なので自死もできない。100歳を寿命としてゆっくりと老いて逝くのだ。

    私がユリコの召喚時からの記録を読んだのは、神官長に推挙されてからだ。

    ユリコが召喚された時、年齢は18歳、頭に白い布を巻いており、服はキモノというものを着ていた。下にはモンペというものを履いていたと記録にあった。

     突然の召喚に怯え、しばらくは口も開かず、あてがった侍女が根気よく誠実にユリコに対応し、ようやく名前と年齢を教えてくれた頃には召喚して半年が経っていた。

    後にユリコが語ったのは、
    召喚されたとき、敵国の捕虜になったと思った、国のために絶対に声すら出さないと決めたと書かれてあった。

    ユリコの専属侍女が、毎晩静かに泣いているユリコに同情し、自分の妹のように思い親身になって献身的に世話をしたことで、ユリコは少しずつ心を開き、この国のことを知り受け入れていった。

    聖女という役割も理解し、次第に自ずから役に立ちたいと聖女の魔力を学び、魔物や瘴気の浄化、病める者の治癒を行った。
    少しずつ気持ちを切り替えていった理由に、
    『ここでの仕事を早く終わらせたら国へ帰れると思った』
と話したそうだ。

    その時にはすでに召喚されてから10年経っていた。
    こちらでの生活にも慣れ、侍女との関係性も上手くいっていると思っていたので、毎日必死に働くユリコに聞いたのだ。

    そして侍女は、10年経っても夜中になると国へ帰りたいと泣いているユリコに、その訳も聞いた。    貴女に幸せになって欲しくてこの10年支えてきた、足りないものがあれば何でもするし何でも用意すると言って。

    ユリコは侍女の手を握り話し出した。
    『私には国に幼馴染みの許婚がいるの。この国に来た時、結婚する日を決めた直後だった。私はあの人をお慕いしていた。結婚できることを心から嬉しく思っていたのです。
 あの人にお会いしたい。私は帰りたいのです。あの人の妻になりたい。
 でももう10年も経ってしまった。
 あの人は他の方と結婚してしまったかも知れない。それでも、遠くからあの人の幸せな姿をひと目見ることができれば。
 人の寿命は短いのです。私は早く国へ帰りたい。そのためには、この国でのお勤めがどんなに辛くても、帰れることを希望に働くことが出来るのです』

    侍女は涙が溢れそうになるのを必死に堪えた。私が泣いてはいけない。私が泣けばユリコは絶望するだろう。そうでなくてもやっとこの10年をかけて、召喚され塞ぎ込んでいたユリコを人並みの生活が出来るようにしたのだ。

    召喚時、帰ることは出来ない、と言った国王陛下からの言葉は受け入れられていないのだろう。

    あまりにもユリコが哀れで、ユリコを抱き締めた。自分の妹が泣いた時のように抱き締めて頭を撫でた。
    聖女様に対して不敬だとはわかっていたが、この目の前の妹のように大切な子が、いつか国に帰れると信じ健気に聖女として奔走する姿を思うと、泣いて床に頭を擦り付けて謝りたかった。
 でもそれは出来ない。それをしてしまえば、貴女は帰れないのだと告げるようなものだ。

    謝ることは出来ない、それならせめて心穏やかに過ごせるように、私の人生をかけてこの人に尽くそう。

    『ユリコ様が頑なに、どんなに説得しても王太子殿下との結婚には首を縦に動かさなかった。その理由がやっとわかった』とその侍女は言い、
    国王陛下に、どうかユリコの婚姻に関してはユリコの思いを優先して欲しいと、当時の神官長を通して伝えたと記録に残っていた。

    私が神官長になる10年前、20歳の私は他の神官よりも多く神力を持つ神官として神殿で従事していた。

     その日はいつもユリコと行動をともにしている神官長が別件で不在となり、代わりに私がユリコに付き添い孤児院の慰問に行った。

    正直、孤児にも孤児院にも興味が無い私は、面倒なことを押し付けられあからさまに不愉快な顔をしていた。

    孤児院に着くと、孤児たちは待っていたとばかりにユリコにしがみ付き、その周りを片時も離れない。
    病気や怪我の子供を治療し、一緒に遊び勉強を教えた。悪いことをする子供は膝に乗せ優しく話しをした。

    孤児たちはユリコが帰る時間になるとまたしがみ付き、今度は帰らないでと泣き叫んだ。

    帰りの馬車の中で、
    「聖女様は何故孤児に、まるで母親でもあるかのように接するのですか?」と聞いた。

    ユリコは不思議な顔をして、

    「私はもう母親にはなれません。母親のいないあの子たちを通して、母親という経験をさせてもらっているのです」

    そう言って馬車の外を見る憂いを帯びた表情をいつまでも見つめた。何か少しでも気を抜けばこの世からいなくなってしまいそうな儚さがあった。

    そうだ、聖女様は王族との婚姻を頑なに拒み、それ以外の貴族との婚姻も受け入れなかったのだ。その代わり、他国へ亡命しないという魔法契約を交わしたとも聞いた。

    後に、なぜ聖女様が婚姻を拒んだのかその理由を知り、胸が締め付けられた。

    あの憂いを帯びた表情が忘れられなかった。

    それから私は積極的に聖女様の仕事に同行した。周囲には、神官長になりたいがための点数稼ぎだと陰で言われたがどうでも良かった。
    その頃には、私がユリコを幸せにしたいと思っていたのだ。

    「ユリコ様、私が貴女を幸せにします。どうか私の手を取って頂けませんか?貴女を愛しているのです」

    何度目かわからない求愛に、ユリコはいよいよ苦笑した。

    「神官長さま、お気持ちは嬉しく思います。ただ、以前もお伝えした通り、私にはこちらで言うところの婚約者がおります。ですから、神官長さまのお気持ちに答えることは出来ません」

    何度となくユリコに想いを伝えた。いつか絆されてくれたらと、高級な物を嫌がるため花を贈り、美味しい菓子や茶を貴女の侍女と一緒にどうぞと言って贈った。

    いつも番犬のようにユリコに張り付いている侍女は、私の顔を見るたびに狂犬のような顔で睨んでいたため、まずは侍女を懐柔しなければならなかった。

    そのユリコと私のやり取りは、もはや恒例行事のようになっていた。
    しかし、ユリコの侍女が先に旅立ってからはその悲しみから立ち直ることができず、寝ていることが多くなり老いも進んできた。

    「神官長さま、私は90歳になりましたのよ。なぜか見た目は90歳には見えないけれどね。侍女が旅立ち、国にも帰れない。もう私が出来ることはありません」

    それからユリコは部屋から出ることも少なくなり、何もかも諦めた顔で、ただただ残りの命が燃え尽きるのを待つような日々だった。

    最後の言葉が、
    「やっとあの人のもとに嫁げる」だった。

    80年以上、会うことの叶わない婚約者を想い続けた。
    その想いを私に向けてくれたならどれほど幸せだったか。
    見れば泣きたくなるような感情が湧き上がるほど美しかったユリコ、私が幸せにしたかった。

    召喚の儀で現れたユリコのような美しい少女は帰還してしまった。この短期間に私の想い人を二人も失った虚無感が胸の中を占めた。

    

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