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76.必要の無い歯車
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「ハルバード殿…、この度は本当になんとお詫びをしてよいか… 本当に申し訳ありませんでした。貴方のお父上にあれほどお世話になったのに、恩を…恩を仇で返す結果に…っ!私の処分は閣下の手で、お願い致します…」
最後に会ったときとは見る影もなくやつれ、一気に老け込んでいた。
着ている服は貴族文官の正装だった。
「伯爵、頭を上げてください。何があったのかお聞かせください」
美麗の手で城が崩れ落ち、美麗が目覚めぬまま二月が経ったとき、
辺境の地に、私をあの時城に呼び寄せた文官が面会に訪れた。
娘をサイラスの手の者に誘拐され、ハルバードを城に呼び出せ、できなければ娘の命は無いと脅され、絶望する思いで、ハルバード殿が登城しなければならない理由を付け呼び寄せた。
娘は無事に帰って来たが、今もまだその時の恐怖に怯え、まともな生活が出来ない状況だった。
しかし、その事でハルバード殿を危険に晒し、尚且つ大聖女様は未だに目覚めないという。
なんという事をしてしまったのだ……
私のしたことは閣下も大聖女様も傷付け、城が崩れたことで仲間たちですら傷つけるところだった。
娘がまだ幼い頃、文官として働いていた私に侯爵家当主が声を掛けてきた。
良い投資先がある、この機を逃すともう恐らくこんな良い話しは無いだろう。
王妃カトレア様のご実家であり、カトレア様の父親でもある侯爵家当主。
真面目な君だから声を掛けたんだと言われ、日頃誠実に生きようとしている姿勢を評価してくれたことも嬉しかった。
言われるままに私にしてはかなりの大金を用意し、侯爵家当主に預けた。
そしてその投資先の書類も間違いなく確認した。
王妃の父に、まさかそのような人に騙されるとは夢にも思わなかった。
信じられないことに、すべてが嘘だった。
「伯爵、私だって騙されていたのだよ」
侯爵家当主に恐る恐る返金を願うも、当主も被害者だと言う。
侯爵も騙されていた……?
しかし、侯爵家にとってはなんら影響の無い金額でも、私にとっては全財産に近い金額だ。
爵位を返上し、家や土地を売って生活するしかない。しかし、平民となってこの幼い子供たちと愛する妻を養っていけるのか。
途方に暮れていた時、ランドルフ·メイザー辺境伯閣下が声を掛けてくれた。ハルバード殿のお父上だ。
その投資の噂を聞いて心配していた、どうも他国絡みの怪しい話しで、何人か被害が出ているが、なにせ王妃カトレアの実家の侯爵家が関わっているため、泣き寝入りしている者が何人かいるようだと。
情けなさで顔も上げられなかった。これから大切な子供たちを育てるため、愛する妻のために蓄えた財産をゴミでも捨てるように失ってしまった。
メイザー辺境伯閣下は、
「貴方の誠実な働きぶりは知っている。我が地も助けられている。幸い私は辺境伯当主として得る利益も多い。貴方が失った同額を用意できる。期限は設けず、いつか返してもらえれば良い」
閣下の前で泣き崩れ、一生貴方に忠誠を誓うと約束した。
この度その大恩を無にしたのだ。
私は妻に、このまま生きていくことを私が許せない、生涯添い遂げると誓った約束を守れずにすまない、このまま閣下に処分されることが、私を唯一許せる結末だ。
妻はこうなる覚悟ができていたのだろう、さすがに私をよく知る出来た妻だ。
「あなた、あなたをタダでは死なせません」
そう言って妻が話した内容と事の流れを記した記録に、恐怖で目眩がした。
ある日、我が家に出入りしている隣国の商人が、頭痛もちの妻に効く薬を届けに来た。もう何年も前からその薬が私に一番よく合っていると購入していた。
でも渡された瓶はいつもの頭痛薬によく似ているが、興奮剤と書かれていた。
「奥様、失礼致しました、お渡しする瓶を間違えてしまいました」
慌てた様子の商人から、いつもの薬を受け取り、いつもの雑談をして商人は帰って行った。
その後、侯爵家のお茶会に招待され参加した時、ランドルフ·メイザー辺境伯閣下が馬の事故で亡くなったと聞いた。いつも従順な馬が暴れ、落馬したという。
なんとなくあの商人が持っていた興奮剤を思い出した。
侯爵家夫人の顔をそっと見ると、気味が悪いほどに口角を上げて笑っていた。身震いがした。
そして思い出した。
我が家に来る商人、月に一度来る度に訪問する家が決まっている。我が家の次はいつも侯爵家だ。
確信は無い。でも一度不審感を持つと拭い去ることができず、恐怖が胸に居座る。
夫との会話で辺境伯閣下は、とても領民思いの尊敬できる強い人だと聞いていた。
それから、好きではないお茶会に積極的に参加し、あらゆる情報を手に入れた。
王女殿下が辺境伯閣下のご子息に熱を上げていること、裕福ではない子爵家の馬車が賊に襲撃され、そのご令嬢が無残な姿で見つかったこと、そのご令嬢はまさに閣下のご子息の婚約者であったこと。
その婚約者を決めたのは閣下であること。
王女殿下の母親は、侯爵家の娘であり王妃カトレアであること。
まさかとは思うが、考えれば考えるほど恐怖で動悸がして治まらない。
閣下のご子息と結ばれるために子爵家のご令嬢を?
閣下に邪魔されないために馬に薬を使い事故に見せかけ亡きものに?
想像すればするほど、その死が繋がっているとしか思えない。
しかし、ただの想像でしかないものを口にすれば、私はおろか、夫も子供たちもまた亡きものにされる。
覚悟を決めた夫にこの事を告げた。
娘は誘拐の恐怖で心に傷を受け塞ぎ込んでいる。何かあれば共に逝こう。
それから夫が慎重に調べてみると、王妃カトレアが両方の事件の数日前に、秘密裏に侯爵家に帰っていたことがわかった。
王宮の厩舎に何故か侯爵家の使用人がうろついていたこと、子爵令嬢を襲った賊を、たまたま通りかかったという侯爵家私兵たちが皆殺しにしていたことも。
当主を継いだばかりなのに、夫を失ったことで臥せった母親を看病し、尚且つ婚約者も失っていた。
ハルバード殿がそれぞれの死に不審感を持つ暇も心の余裕も無かっただろう。
10年前の出来事だったが、その死を不審に思っていた文官の仲間が調べ、証拠を残していた。
私と同じように金を騙し取られ、侯爵家に少なからず恨みを持ち、メイザー辺境伯閣下に恩のある仲間の文官。
侯爵家であり、その娘は現王妃。この不審な出来事を探っていたと知られたら、一族全員なんらかの方法で消されるだろう。
そう思いその事は今の今まで言えずにいたと。
果たしてそれを今、大恩のあるこの人に蒸し返すように話しをしても良いのか。
しかし、それを知らぬままハルバード殿が王女殿下の婚約者になって良いのか。
こんな恐ろしいことを、
己の娘の我が儘を叶えるため、
すべてを己の思い通りにするため、
人の命を虫ほどにも思わない。
こんな者が国の王族としてのうのうと生きている。見逃して良いのか?
「あの女、俺の手で殺してやる」
そう呟いたハルバード閣下は怒りに震え、頭を抱えた。
私はその怒りのままの閣下に、斬り捨ててもらうつもりだった。
文官の正装をして来た。
私は私の誇りを持って、この人生を終わらせよう。
「伯爵、私はあなたからこの話しを聞かなければ、間抜けな男のまま王女殿下を娶ることになったかも知れなかった。一生あの王妃と王女に腹の中で笑われながら。
伯爵、あなたは娘さんと奥さんを、家を継ぐ子息を大切にするんだ。そして今後も誠実に生きていって欲しい、それだけだ。
あとの事は、私に任せて欲しい」
親子二代にこの命を救われた。
私は今後も忠誠を誓い、それは私の末代まで続くよう宣誓書を作り、息子にも誓わせた。
家に帰ると今まで気丈に振る舞い、泣いたことのない妻が膝から崩れ落ち、声を上げて泣いた。
この大切な家族を守ることも閣下への忠誠なのだ。
嗚咽して泣く妻を泣き止むまで抱き締めた。
最後に会ったときとは見る影もなくやつれ、一気に老け込んでいた。
着ている服は貴族文官の正装だった。
「伯爵、頭を上げてください。何があったのかお聞かせください」
美麗の手で城が崩れ落ち、美麗が目覚めぬまま二月が経ったとき、
辺境の地に、私をあの時城に呼び寄せた文官が面会に訪れた。
娘をサイラスの手の者に誘拐され、ハルバードを城に呼び出せ、できなければ娘の命は無いと脅され、絶望する思いで、ハルバード殿が登城しなければならない理由を付け呼び寄せた。
娘は無事に帰って来たが、今もまだその時の恐怖に怯え、まともな生活が出来ない状況だった。
しかし、その事でハルバード殿を危険に晒し、尚且つ大聖女様は未だに目覚めないという。
なんという事をしてしまったのだ……
私のしたことは閣下も大聖女様も傷付け、城が崩れたことで仲間たちですら傷つけるところだった。
娘がまだ幼い頃、文官として働いていた私に侯爵家当主が声を掛けてきた。
良い投資先がある、この機を逃すともう恐らくこんな良い話しは無いだろう。
王妃カトレア様のご実家であり、カトレア様の父親でもある侯爵家当主。
真面目な君だから声を掛けたんだと言われ、日頃誠実に生きようとしている姿勢を評価してくれたことも嬉しかった。
言われるままに私にしてはかなりの大金を用意し、侯爵家当主に預けた。
そしてその投資先の書類も間違いなく確認した。
王妃の父に、まさかそのような人に騙されるとは夢にも思わなかった。
信じられないことに、すべてが嘘だった。
「伯爵、私だって騙されていたのだよ」
侯爵家当主に恐る恐る返金を願うも、当主も被害者だと言う。
侯爵も騙されていた……?
しかし、侯爵家にとってはなんら影響の無い金額でも、私にとっては全財産に近い金額だ。
爵位を返上し、家や土地を売って生活するしかない。しかし、平民となってこの幼い子供たちと愛する妻を養っていけるのか。
途方に暮れていた時、ランドルフ·メイザー辺境伯閣下が声を掛けてくれた。ハルバード殿のお父上だ。
その投資の噂を聞いて心配していた、どうも他国絡みの怪しい話しで、何人か被害が出ているが、なにせ王妃カトレアの実家の侯爵家が関わっているため、泣き寝入りしている者が何人かいるようだと。
情けなさで顔も上げられなかった。これから大切な子供たちを育てるため、愛する妻のために蓄えた財産をゴミでも捨てるように失ってしまった。
メイザー辺境伯閣下は、
「貴方の誠実な働きぶりは知っている。我が地も助けられている。幸い私は辺境伯当主として得る利益も多い。貴方が失った同額を用意できる。期限は設けず、いつか返してもらえれば良い」
閣下の前で泣き崩れ、一生貴方に忠誠を誓うと約束した。
この度その大恩を無にしたのだ。
私は妻に、このまま生きていくことを私が許せない、生涯添い遂げると誓った約束を守れずにすまない、このまま閣下に処分されることが、私を唯一許せる結末だ。
妻はこうなる覚悟ができていたのだろう、さすがに私をよく知る出来た妻だ。
「あなた、あなたをタダでは死なせません」
そう言って妻が話した内容と事の流れを記した記録に、恐怖で目眩がした。
ある日、我が家に出入りしている隣国の商人が、頭痛もちの妻に効く薬を届けに来た。もう何年も前からその薬が私に一番よく合っていると購入していた。
でも渡された瓶はいつもの頭痛薬によく似ているが、興奮剤と書かれていた。
「奥様、失礼致しました、お渡しする瓶を間違えてしまいました」
慌てた様子の商人から、いつもの薬を受け取り、いつもの雑談をして商人は帰って行った。
その後、侯爵家のお茶会に招待され参加した時、ランドルフ·メイザー辺境伯閣下が馬の事故で亡くなったと聞いた。いつも従順な馬が暴れ、落馬したという。
なんとなくあの商人が持っていた興奮剤を思い出した。
侯爵家夫人の顔をそっと見ると、気味が悪いほどに口角を上げて笑っていた。身震いがした。
そして思い出した。
我が家に来る商人、月に一度来る度に訪問する家が決まっている。我が家の次はいつも侯爵家だ。
確信は無い。でも一度不審感を持つと拭い去ることができず、恐怖が胸に居座る。
夫との会話で辺境伯閣下は、とても領民思いの尊敬できる強い人だと聞いていた。
それから、好きではないお茶会に積極的に参加し、あらゆる情報を手に入れた。
王女殿下が辺境伯閣下のご子息に熱を上げていること、裕福ではない子爵家の馬車が賊に襲撃され、そのご令嬢が無残な姿で見つかったこと、そのご令嬢はまさに閣下のご子息の婚約者であったこと。
その婚約者を決めたのは閣下であること。
王女殿下の母親は、侯爵家の娘であり王妃カトレアであること。
まさかとは思うが、考えれば考えるほど恐怖で動悸がして治まらない。
閣下のご子息と結ばれるために子爵家のご令嬢を?
閣下に邪魔されないために馬に薬を使い事故に見せかけ亡きものに?
想像すればするほど、その死が繋がっているとしか思えない。
しかし、ただの想像でしかないものを口にすれば、私はおろか、夫も子供たちもまた亡きものにされる。
覚悟を決めた夫にこの事を告げた。
娘は誘拐の恐怖で心に傷を受け塞ぎ込んでいる。何かあれば共に逝こう。
それから夫が慎重に調べてみると、王妃カトレアが両方の事件の数日前に、秘密裏に侯爵家に帰っていたことがわかった。
王宮の厩舎に何故か侯爵家の使用人がうろついていたこと、子爵令嬢を襲った賊を、たまたま通りかかったという侯爵家私兵たちが皆殺しにしていたことも。
当主を継いだばかりなのに、夫を失ったことで臥せった母親を看病し、尚且つ婚約者も失っていた。
ハルバード殿がそれぞれの死に不審感を持つ暇も心の余裕も無かっただろう。
10年前の出来事だったが、その死を不審に思っていた文官の仲間が調べ、証拠を残していた。
私と同じように金を騙し取られ、侯爵家に少なからず恨みを持ち、メイザー辺境伯閣下に恩のある仲間の文官。
侯爵家であり、その娘は現王妃。この不審な出来事を探っていたと知られたら、一族全員なんらかの方法で消されるだろう。
そう思いその事は今の今まで言えずにいたと。
果たしてそれを今、大恩のあるこの人に蒸し返すように話しをしても良いのか。
しかし、それを知らぬままハルバード殿が王女殿下の婚約者になって良いのか。
こんな恐ろしいことを、
己の娘の我が儘を叶えるため、
すべてを己の思い通りにするため、
人の命を虫ほどにも思わない。
こんな者が国の王族としてのうのうと生きている。見逃して良いのか?
「あの女、俺の手で殺してやる」
そう呟いたハルバード閣下は怒りに震え、頭を抱えた。
私はその怒りのままの閣下に、斬り捨ててもらうつもりだった。
文官の正装をして来た。
私は私の誇りを持って、この人生を終わらせよう。
「伯爵、私はあなたからこの話しを聞かなければ、間抜けな男のまま王女殿下を娶ることになったかも知れなかった。一生あの王妃と王女に腹の中で笑われながら。
伯爵、あなたは娘さんと奥さんを、家を継ぐ子息を大切にするんだ。そして今後も誠実に生きていって欲しい、それだけだ。
あとの事は、私に任せて欲しい」
親子二代にこの命を救われた。
私は今後も忠誠を誓い、それは私の末代まで続くよう宣誓書を作り、息子にも誓わせた。
家に帰ると今まで気丈に振る舞い、泣いたことのない妻が膝から崩れ落ち、声を上げて泣いた。
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