婚約解消(予定)をするはずだった婚約者からの溺愛がエグいです

なかな悠桃

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鬼の形相・・・否、もはや鬼神の如く咆哮が室内に満ちていた。ここまでのキリウを見たことがなかったベルーラは、先ほどとは違う強張りに緊張からか震え、声を詰まらせた。

「殿下、貴女は私をベルーラから引き離すべく、騎士に虚偽の知らせを遣わせましたね」

「なんのことかしら~」

キリウは冷気を纏い、まるで獲物を仕留めるかのような鋭い視線をマーヴェルに向けた。しかし彼女は微動だにせず、誤魔化すような素振りを見せていた。

「貴女の勝手な行動でどれほどの騎士たちの動きが乱れるか、ご理解なさっていますか?」

キリウは声を荒げることはしなかったが、それでも圧のこもった声色で言い放った。しかし、それに臆することなくマーヴェルはあからさまに不快げな表情を返してきた。

「それはそうでしょう!キリウがいたらべルーラとゆっくり話せない!ずっと話したかったのに、いっつも邪魔ばかりしてきてたじゃない!」

「はあー・・・だから、こんな晩餐会ちゃばんを開催したのか」

なぜかマーヴェル王女に呼び捨てにされたが、今のベルーラにはそんな瑣末さまつなことを気に掛ける余裕はなく、ただ戸惑いながら二人の顔色を窺うばかりだった。

「そうよ!会わせてくれていたらこんな大掛かりなことしなかった!」

「あなたに会わせても得になることはひとつもないから認めなかっただけです」

「ひっど!それが主に仕える騎士のセリフ!?」

二人の会話に、ベルーラの思考はある意味停止していた。それも無理はない。蝶よ花よと皆に愛され淑女の見本のような女性が、こんなにも砕けた表情と言葉を見せるとは夢にも思わず、ベルーラはただ口をぽかんと開けていた。

(そういえば、お兄様が言ってたっけ・・・)

『俺たちの前では、豪快に笑ったり、居眠りして机に頭をぶつけたり、何もないとこで転んだり・・・とにかく見てて飽きない人だよ』

以前、兄から聞いたマーヴェルの学生時代の話を思い出し、今になってその言葉の信憑性に納得した。

(それにこんな砕けた表情のキリウ様・・・初めて見たかも)

二人の隔てのない関係性を目の当たりにしたベルーラは、微笑ましさよりも別に心の奥底からじわじわと黒いモヤが広がり始めているのに嫌でも気づいてしまった。

今まで何度も自分に言い聞かせてきた。記憶の欠落による錯覚が引き起こしている彼の愛情は本来、王女へ向けられていた感情であって自分にではないということを。頭ではわかっていたことだが、目の前で見せつけられると心がぐちゃぐちゃに引き裂かれる気分になる。

(マーヴェル様は、もしかしたら私たちの関係を確認したかったのかも・・・・・・)

忙しい最中、会を開いたのはべルーラに直接会ってキリウのことをどう想っているのかを聞きたかったのではないのか。もしかしたら、婚約解消を促すために自分だけをこの部屋に呼んだのでは・・・そう考えれば敢えてキリウをベルーラから離したのも納得がいく。

ひょっとしたら婚約解消を告げたことも、すでにキリウからマーヴェルは知らされていたのかもしれない。それなのに今の彼は、記憶を失ったせいで王女への想いを勘違いからベルーラへと重ねてしまっている。

(マーヴェル様にとっては婚約解消の話は吉報だったはずなのに・・・)

「とにかく、我々は退出させていただきますので。ベル、おいで」

「え、あ・・・はい」

キリウの声で我に返ったベルーラは、彼に手を引かれ部屋を退出しようとした瞬間、マーヴェルに呼び止められた。

「ベルーラ、先ほどの約束覚えておいて。あなたにとっても、とても大事な日にしたいから・・・楽しみにしていてね」

笑顔を向けるマーヴェルに対して、ベルーラはそっと頭を下げ、両手を胸の前で合わせた。わずかに震える指先を押さえつつ、僅かに顔を上げるが、王女の目を見つめることができなかった。

「誠に光栄に存じます、王女様。ぜひお招きに預かりたく存じます」

ベルーラの言葉に、王女は柔らかく微笑みながらキリウに視線を向けた。互いに何か言いたげな雰囲気を醸しながらも、キリウは王女に一礼し、部屋を後にした。



☆☆☆
「一度ならず二度まで、ベルーラが消えるとは思わなかったよ」

「す、すみませんでした」

「あーいや、攻めているわけではなくて・・・二度目の方は確信犯的な要素が含まれていたから」

馬車の中、キリウは疲れた表情を浮かべながら大きなため息をついた。ベルーラはそんな彼を横目に、そっと言葉を零す。

「キリウ様とマーヴェル王女殿下は、本当に仲がよろしいのですね」

ベルーラは、心を殺してキリウに穏やかな笑みを向けた。彼はその意図に気づかぬまま、彼女の膝に置かれた手の上へそっと自分の手を重ねた。

「幼い頃から仕えていたから余計だろう。兄弟のような親友のような。身分を考えれば失礼な話だがな」

「・・・その感情は、それ以上なのでは」

「ん?」

「あ、いえ。何でもございません」

「あの方は、幼き頃より幾多のしがらみと重責を背負い、時に深く苦しまれることもあった。その傍らで何も出来ぬ己の無力さが、どれほど歯がゆかったことか・・・。それでも己を失わず、すべてを乗り越え、今の御姿へとなられたあの方を、心から尊敬し、支え続けていきたい」

キリウは目を細め、遠い記憶を想い出すかのように、淡く憂いを帯びた微笑を浮かべていた。その表情を見た瞬間、ベルーラの心にある疑問が浮かび上がった。


もしかして、キリウ様は・・・王女と愛し合っていた頃の記憶を取り戻しておられるのでは・・・・・・。


たとえ己の想いが偽りであると気づいていようとも、今の彼にベルーラを傷つけることなど出来はしない。だからこそキリウは苦悩し、その姿を見かねた王女が、彼に代わってベルーラへ直に想いを告げようとしたのかもしれない。すべては、彼を守るために。

(だから、急いで部屋に来たんだろうな。私が傷つかないために・・・私のことなんか好きでも何でもないはずなのに)

そう考えると二人が起こした言動が嫌でもしっくりきてしまう。

(私はまた二人を苦しめるになっているのね)

「ベルーラ?」

不意に言葉を失ったベルーラを、キリウが心配そうに見つめていた。その視線に気づいた彼女は、痛む胸を隠し、取り繕うように微笑みを返した。

「申し訳ありません、少し疲れてしまいました。少しの間、目を休めてもよろしいでしょうか?」

「あぁ、モーリス邸に着いたら起こすから・・・それまでゆっくりおやすみ」

「・・・はい、ありがとうございます」

キリウから伝わる温かな手の温もりよりも、胸の奥に広がる虚しさの方が強く感じられた。目を閉じた途端、暗闇が静かに満ちていき、彼のわずかなぬくもりさえも遠ざかっていくようだった。
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