氷の海・繍夜編

朽骨ムメイ

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連絡待ち

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「まーた見てる」
 星蘭に突然声をかけられ、咄嗟に携帯端末の画面を伏せた。
「最近俺にも迫ってこないし、イイ人でも見つけた?」
「客の相手で忙しいんだよ」
 平静を装って言い返すと、星蘭は何か言いたげに唇を歪めて嫌な笑みを浮かべた。無言で詮索するかのように、首を傾けて俺の顔をニヤニヤと覗いてきやがる。星蘭に何かを気取られている事に煩わしさを感じたが、それは自分自身に向けての苛立でもあった。
 俺はあの日――栞の部屋に行ったあの日以来、無意識に携帯端末を見る癖がついていた。俺にメッセージを寄越す相手の大半は店の客だ。俺は勤務時間外の対応はあまり熱心な方ではなかった。着信が来ても普段なら暫く放置して、まとめて淡々と返信している。それが、今はメッセージの着信音がする度に、読書をしていようが映画を見ている途中だろうが直ぐに携帯端末に手を伸ばしてしまう。何か――いや、栞からの連絡を期待している俺がいた。しかし栞からは何の連絡も来なかった。会いたい、と打ち込んだ文字を何度も消して、俺から連絡する事も出来ないでいた。
 栞が、ただ気紛れに俺とヤリたかっただけなら、恐らくもう連絡は来ないだろう。それなら、それでも良いと何度も思った。今迄と何も変わりはない。相手から突然連絡が来なくなる事なんてザラだ。けれども俺は栞から連絡が来るのを何故か期待している。待っている。会いたいならそう連絡すれば良い。だが会ってどうするんだ……と、考えると、自分でも何がしたいのかよく分からなくなり、そんな自身に煩わしさ感じた。何故こんなにもあの女のことを考えてしまうのかが自分でもよく分からない。ただ、栞の儚げな笑みや腰の刺青が、匂いが、頭から離れなかった。栞の事をずっと考えてしまう事にも、苛立ちが募った。ただもう一度、また栞に会いたかった。

 最後の客を見送り気が抜けたのか、気怠さに襲われ部屋に戻るなりそのまま職場の部屋のベッドに倒れ込むように寝転がった。俺にその気はなくても客の対応はしなければならない。金欲しさに安直に始めた仕事だったが、俺は別に苦ではなかった。肉体的にはそれなりに疲労感を覚えるが、この仕事自体は好きでも嫌いでもない。なのに今は毎日、毎回、得体の知れない虚しさを感じていた。その原因を自覚したくなくて、勤務後は直ぐに帰宅せず、部屋のベッドでそのまま少し眠ることが増えていた。
 今日もこのまま少し眠ろうと目を閉じたが直ぐには寝付けず、徐に目を開くと、携帯端末の画面が光った。俺は咄嗟に上体を起こし手を伸ばした。
『会える?』
 栞からのメッセージだった。俺は戸惑った。何て返事をして良いのか分からず、『今から?』と、迷った末に素っ気ない返事をしてしまった。
『繍夜くんに会いたい』
 目を疑った。ますます頭が混乱した。
『だから、今から?』
 確かめるようにもう一度同じ言葉を返した。しかし栞は何も返してこなかった。暫く待ったが、何も応答のない栞に対し、つくづくよく分からない女だなと思った。会いたいという文字を見ながら、恐る恐る『俺も』と思わず打ち込んだところで直様その文字を消し、『今から行く』とだけ返信して、俺は急いで浴室へ向かった。
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