ボッタクリ占い師の華麗なる誤算〜適当なアドバイスが異世界の運命を変えていく〜

ぱすた屋さん

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第2話 星のバグと水星逆行のカラクリ

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「す、いせい……ぎゃっこう?」

 薄暗い占い館の中で、クラーク商会の令嬢は目を白黒させていた。
 無理もない。この剣と魔法の世界において、天文学はあっても『占星術』という概念はひどく遅れている。
 星はただ夜空を彩るだけのものか、あるいは精霊の住処程度にしか認識されていないのだ。

「ええ。水星逆行です。簡単に言えば、空を動く星が一時的に後ろへ下がって見える現象のことですよ」

 俺は手元のスマートフォン——彼女からは謎の黒い魔法石に見えているだろう——の画面を指差した。
 画面上には、現代の占星術師なら誰でも知っているホロスコープ(星の配置図)が輝いている。
 俺は彼女に画面を見せながら、ゆっくりと、あえて勿体ぶった口調で語りかけた。

「古き伝承において、水星は『商人』と『旅人』、そして『通信』を司る星です。その星が逆行する時期には、決まって特定のトラブルが起きやすくなる」

「と、特定のトラブル……?」

「はい。例えば、手紙や伝言の行き違い。馬車などの交通機関の遅延や故障。そして、契約のミスです」

 彼女の肩が、ビクッと大きく跳ねた。
 無理もない。俺が今挙げたトラブルは、彼女がここ数週間で体験した「呪い」の症状と完全に一致しているのだから。

「ど、どうして……。本当に、呪いじゃなかったの……?」

「ええ。ライバル商会の黒魔術などではありません。ただ単に、そういう星回りだったというだけです」

 俺は安心させるように、ふっと微笑んでみせた。
 これが占いの最大の武器だ。
 人は「原因不明の不幸」には耐えられないが、「星のせい」という明確な理由を与えられると、途端に安心する生き物なのだ。

「ああ……よかった。私、ずっと誰かに恨まれているのかと……」

 令嬢は安堵のあまり、その場にへたり込みそうになっていた。
 目には薄っすらと涙まで浮かんでいる。
 コールドリーディングで彼女の緊張を解き、占星術の知識で論理的な解決策を提示する。完璧なコンボだ。

(よしよし、これで完全に俺を信用したな。あとは適当なアドバイスをして、お布施をもらって帰ってもらおう)

 俺が心の中で今日の夕飯のメニューを考えていた時だった。
 令嬢がハッと顔を上げ、すがるような目で俺の袖を掴んできた。

「せ、先生! では、明日の昼の契約はどうなるのでしょう!?」

「明日の昼、ですか」

「はい! 大口の取引先との、社運を賭けた重要な契約が明日の正午にあるのです。でも、水星が逆行しているなら……」

 彼女の言う通りだ。水星逆行中の重要な契約は、後になって見落としが発覚したり、条件がひっくり返ったりする可能性が高い。
 俺は再びスマホに視線を落とし、明日の正午の星の配置を計算した。

(うわぁ……見事な『スクエア(凶角)』ができてるな)

 明日の正午、天体は互いに反発し合う最悪の角度を形成していた。
 現代の占い師なら、絶対に大きな決断を避けるようアドバイスする時間帯だ。

「お嬢さん。厳しいことを言いますが、明日の正午に契約書へサインするのは絶対にやめなさい」

「そ、そんな……!」

「星が激しく衝突しています。もし明日サインすれば、必ず後から隠された不利な条件が見つかるか、最悪の場合は詐欺に遭いますよ」

 俺の断言に、彼女は絶望したように顔を覆った。
 このままでは商会が潰れてしまう、と震えている。
 しかし、俺はすでに解決策を見つけていた。ホロスコープの時間を少しだけ進めると、ある一点で星の配置が劇的に変化したのだ。

「ですが、絶望するのは早いです。明日の契約を延期し、明後日の『十五時』にサインをしてください」

「明後日の、十五時……ですか?」

「ええ。その時間になれば、空の星々が『グランドトライン(大三角)』という奇跡の配置を描きます」

 これは本当だ。
 明後日の午後三時、幸運を示す星々が見事な正三角形を作り出す。
 これ以上ないほどの吉角であり、商売や契約においては大成功を約束する強力な星回りだった。

「その時間に契約を結べば、あなたの商会はかつてないほどの利益を得るでしょう。星がそう告げています」

「明後日の十五時……。わかりました。なんとか理由をつけて、明日の契約は引き延ばしてみます!」

 令嬢の瞳に、力強い光が戻った。
 よし、これで相談は解決だ。あとは俺の『平穏なスローライフ基金』に貢献してもらうだけである。
 俺は机の引き出しを開け、あらかじめ適当な幾何学模様を描いておいた羊皮紙の札を取り出した。

「お嬢さん。契約を延期する際、相手から強い圧力をかけられるかもしれません。その時のために、この『星の護符』をお持ちなさい」

「星の、護符……?」

「これを持っていれば、相手の悪意を弾き返し、あなたの心に揺るぎない自信を与えてくれます。特別に、金貨一枚でお譲りしましょう」

 ボッタクリもいいところだ。原価は銅貨一枚にも満たない。
 ただの紙切れだが、心理学的には『プラシーボ効果』という立派な意味がある。
「強力なお守りを持っている」と思い込むことで、彼女は明日、強気で交渉に臨めるはずだ。

「金貨一枚……! 買います! 先生、本当にありがとうございます!」

 令嬢は迷うことなく財布から金貨を取り出し、机の上に置いた。
 護符を胸に抱きしめ、何度も頭を下げて占い館を出ていく。
 その背中を見送りながら、俺は金貨の重みを手の中で転がした。

「ちょろい。ちょろすぎる……。これで一ヶ月は働かずに美味い肉が食えるぞ」

 俺は歓喜に打ち震えた。
 剣も魔法も使えなくても、心理学と占星術の知識があれば、この異世界はイージーモードだ。
 危険なダンジョンになんて潜る必要はない。この薄暗い路地裏で、たまに来る金持ちの悩みを適当に解決してやるだけでいいのだ。

 俺の思い描く、安全で快適なスローライフ。
 その第一歩が、今まさに踏み出されたのである。

 * * *

 翌日。王都の中心にある、豪華な商館の一室。
 クラーク商会の若き会長であるアイリス・クラークは、冷や汗を流しながら巨大な円卓の前に座っていた。

「アイリス会長。契約を明後日に延期したいとは、一体どういうつもりですかな?」

 向かいに座る恰幅の良い男——ライバル商会と通じていると噂される悪徳商人——が、机をドンと強く叩いた。
 周囲に立つ彼の護衛たちが、威圧するように武器に手をかける。

「我々も暇ではないのですよ。今すぐこの契約書にサインをしないというのであれば、今回の取引は白紙に戻させてもらいますぞ!」

 男の怒鳴り声に、アイリスの肩がビクッと震える。
 今日この場でサインをしなければ、大きな取引先を失い、クラーク商会は倒産の危機に瀕してしまう。
 サインするべきか。それとも、あの路地裏の占い師の言葉を信じるべきか。

(明日の正午は最悪の星回り。絶対にサインしてはいけない……)

 占い師の静かな声が、脳裏に蘇る。
 アイリスは震える手を胸元に当てた。そこには昨日、金貨一枚で買った『星の護符』が忍ばせてある。

(大丈夫。私には星の導きがある。あの先生が、守ってくれている!)

 護符の存在が、不思議と彼女の心に強靭な勇気を与えた。
 アイリスは深く息を吸い込み、悪徳商人を真っ直ぐに見据えて、毅然とした態度で言い放った。

「お断りします。契約のサインは、明後日の十五時。それ以外はお受けできません!」

 彼女の決断が、この後、異世界全土を巻き込む騒動の引き金になるとは。
 路地裏で肉を焼いてサボっている占い師は、まだ知る由もなかった。
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