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第1章
【対応記録:第13回】
しおりを挟む東京都内でも屈指の高級住宅街として知られる成城エリア。高い塀に囲まれた邸宅が立ち並び、街路樹が美しく整えられたこの街は、本来であればダンジョンの喧騒とは最も無縁な場所であるはずだった。
しかし、最近この穏やかな街を「奇妙な盗難事件」が騒がせている。
「……被害届、計二十四件。盗まれた物品は、色褪せたリボン、古びた写真立て、使い古された子供用の手袋。……共通点は、金銭的な価値が皆無であること、ですね」
久我は、現場へ向かう電車の中でタブレットの資料をめくっていた。足元のキャリーバッグ(公式には備品輸送用だが、中身はクラである)が、不満そうにモゾモゾと動いている。
(……おじさん、あつい。お外、おさんぽしたい)
「我慢してください、クラ君。ここは閑静な住宅街です。ケルベロスの幼体が闊歩していれば、それだけで苦情の電話がパンクしてしまいます」
久我は、現場に到着すると、被害者の一人である白河夫人の屋敷を訪ねた。
白河夫人は、代々続く名家の未亡人であり、今回の事件で「亡き夫が大切にしていた、古びた万年筆」を盗まれたという。
「あんなボロボロの品、泥棒が持っていってどうするんでしょう。警察も『魔物の仕業ならギルドへ』と言うばかりで……。久我さん、あの中には夫の想い出が詰まっているんです」
「承知いたしました。……お客様。その『想い出』というキーワード、非常に重要な手がかりとなります」
久我は、夫人の庭から微かに漂う魔力の残滓を嗅ぎ取った。
普通の探索者であれば、索敵スキルを使って魔物を「討伐」しようとするだろう。だが、久我の目的はあくまで「苦情の解決」だ。なぜその魔物が、わざわざそんなものを盗むのか。その「動機」という名のクレームの根源を探る。
(……おじさん、こっち。甘い匂いがする。……でも、少し悲しい匂い)
キャリーバッグから鼻先だけを出したクラが、生垣の奥を指し示した。
久我は、住民の通報を避けつつ、路地裏の奥まった場所にある古い空き家へと辿り着いた。庭の雑草に覆われた縁側の下。そこが「泥棒猫」の隠れ家だった。
「……失礼いたします。現代ダンジョン管理ギルド、苦情係の久我です」
久我が暗がりに声をかけると、二つの光る瞳がこちらを射抜いた。
現れたのは、ケットシー。二足歩行をする猫の魔物であり、通常は人語を解し、悪戯好きだが実害の少ない種族だ。しかし、目の前のケットシーは、ボロボロのシルクハットを被り、周囲に盗み出したガラクタを宝物のように積み上げていた。
「フシャーッ! 帰れ、人間! これは全部ボクのものだ! 誰にも返さないぞ!」
ケットシーは、白河夫人の万年筆を抱え込み、激しく威嚇した。
久我は、その山積みになった「ガラクタ」を冷静に観察した。
どれもこれも、持ち主が長年使い込み、愛情を注いできた形跡のある品ばかりだ。それらからは、微かな、しかし温かい「残留思念(魔力)」が立ち上っていた。
「……なるほど。お客様。あなたは『想い出』を盗んでいたのではありませんね。……その品々に染み付いた『温もり』を求めていたのではありませんか?」
ケットシーの動きが、ぴたりと止まった。
「……うるさい。ボクは、寂しくなんかない。……あいつらが、ボクをダンジョンの外に置き去りにしたから。……だから、ボクは自分で温かいものを集めているだけだ!」
久我の脳内に、ケットシーの孤独な叫びが流れ込む。
この個体は、かつて迷い込んだダンジョンで探索者に懐き、地上までついてきたが、そこで「魔物は連れて帰れない」と見捨てられた「遺失物」だったのだ。
前職での久我は、こうした「組織の都合で切り捨てられた存在」を嫌というほど見てきた。
「……お客様。一方的な『契約解除』による精神的苦痛、並びに適切なアフターケアの欠如。管理側の不手際として、深くお詫び申し上げます」
久我は、埃っぽい路地裏で、白河夫人の前で見せたものと同じ、完璧な礼を尽くした。
「ですが、お客様。他者の私物を許可なく所持することは、新たなトラブル(苦情)の火種となります。……もし、あなたが温もりを求めておられるのであれば、このような略奪ではなく、正式な『サービス利用』という形をご提案したいのですが」
「……サービス? ボクをまた、あんな暗い檻に入れるつもりか?」
「いいえ。……我が苦情係では現在、遺失物の管理と分類において、深刻な人員不足に悩んでおります。特に『持ち主の想い」を理解できる鑑定眼を持つスタッフを、切実に求めているのです」
久我は、バッグから一瓶の高級なミルク(魔導用)を取り出した。
「もしよろしければ、弊社の『業務委託スタッフ』として、これらの品々を持ち主の元へ、適切な形でお返しするお手伝いをいただけませんか? 報酬は、相応の食料と、当部署のデスクの隣にある特等席……そして、クラ君という新しい同僚との交流を保証いたします」
(……ワンッ! 猫さん、一緒に遊ぼう!)
クラがカバンから飛び出し、尻尾を振りながらケットシーに近づく。
ケットシーは、初めて見る「自分を恐れない魔物」と、「自分を否定しない人間」を前に、万年筆を握る力を緩めた。
一時間後。
白河夫人の元には、丁寧に磨き上げられた万年筆が届けられた。
届けたのは久我だが、その傍らには、どこか誇らしげな顔をした一匹の猫が寄り添っていた。
「……まあ、綺麗になって。ありがとうございます、久我さん。この子も、一緒に探してくれたの?」
「はい。彼は当ギルドの『遺失物鑑定アドバイザー』でございます。以後、この街のパトロールも兼ねてお邪魔するかと存じますが、よろしくお願いいたします」
久我は、手帳に「案件解決:業務委託契約の締結」と書き込んだ。
夕暮れの帰り道。
久我の両隣には、元気よく走るクラと、少し照れくさそうに歩くケットシーの姿があった。
地下三階のオフィスに戻れば、また佐藤の悲鳴が聞こえるだろう。「また魔物を増やしたんですか!」と。
「……さて。定時まであと十分。クラ君、ケットシーさん。報告書の作成を手伝ってくださいね。……あ、お礼に帰りに美味しい鰹節を買っていきましょう」
高級住宅街に、平穏が戻る。
力で奪い返すのではなく、居場所を作ることで問題を解決する。
それが、元ブラック企業の戦士が、現代ダンジョンで見つけた「プロの仕事」だった。
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