現代ダンジョンの苦情係 〜元クレーム処理担当の俺、魔物の言葉がわかるので菓子折り一つで世界を救う〜

ぱすた屋さん

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第1章

【対応記録:第12回】

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現代ダンジョン管理ギルド本部において、最も恐れられている部署は、Sランク探索者たちが所属する現場運用部ではない。それは、冷徹な数字と規定を武器に職員を裁く「内部監査室」である。

地下三階の、普段は静まり返っている苦情係のオフィスに、場違いな革靴の音が響き渡った。
扉が乱暴に開かれ、三人のスーツ姿の男女が踏み込んでくる。中央に立つのは、整髪料で固めた髪と、銀縁の眼鏡が知的な――あるいは狡猾な印象を与える男、監査官の常盤だった。

「……酷い有様だな。ここは資料室か、それともゴミ捨て場か?」

常盤はハンカチで鼻を押さえながら、山積みの書類を忌々しげに眺めた。
デスクでカップ麺を啜ろうとしていた佐藤が、悲鳴に近い声を上げて立ち上がる。

「か、監査室!? なんでこんな掃き溜めに……」

「掃き溜めだからこそ、メスを入れる必要があるのだよ。……君が、中途採用の久我係長代理か」

久我はパソコンの画面から視線を外すことなく、淡々とキーボードを叩き続けていた。
「……あと三行でこの報告書が完成します。監査のお手続きについては、あちらの待合用パイプ椅子でお待ちいただけますか。なお、当部署には現在、お出しできる茶葉の備蓄がございませんので、悪しからず」

「ふん、不遜な態度だな。我々は君の『不透明な業務実態』について調査に来たのだ。……まずはこれだ」

常盤がデスクの上に叩きつけたのは、久我が提出した経費精算書のコピーだった。
そこには「魔物への謝罪用菓子折り代」「特殊保湿剤」「高品質サツマイモ」といった、ギルドの規定には存在しない項目が並んでいた。

「魔物に菓子を配る? 爆発物の処理に芋を買う? 挙句の果てには、この……正体不明の黒い魔獣を『備品』として登録し、餌代を請求している。久我、君はギルドの予算を私物化しているのではないか?」

常盤の背後で、デスクの下に隠れていたクラが「……クゥ(怖いおじさんだ)」と小さく鼻を鳴らした。久我はキーボードを叩く手を止め、ゆっくりと椅子を回転させた。

「私物化、ですか。それは心外な指摘ですね。常盤監査官」

久我は立ち上がり、常盤の目の前で一通のファイルを広げた。
「その菓子折り代三千二百円によって、新宿での損害賠償額、推定一億八千万が未然に防がれました。サツマイモ代については、練馬区の公園復旧費用、および不発弾処理の遅延損害金、計四千万の節約に寄与しています。……常盤監査官。監査室の基準では、三千円の経費を削るために二億円の損失を容認するのが、正しい『健全な経営』なのでしょうか?」

「そ、それは結果論だ! そもそも君の交渉術とやらには法的根拠がない。魔物と馴れ合い、ギルドの威信を傷つけているという報告も上がっているのだ」

「法的根拠、ですか。では、こちらをご覧ください」

久我は別のモニターに、ギルドの定款(ていかん)を表示した。
「定款第三条。『ギルドはダンジョン由来の事象に対し、公衆の安全と秩序を維持するためにあらゆる適切な手段を講じるものとする』。……『あらゆる適切な手段』には、当然ながら非暴力的な対話も含まれます。これに抵触すると仰るのであれば、監査室は定款そのものを否定されるおつもりですか?」

「ぐっ……。屁理屈を! だが、この備品……クラと呼んでいるこの魔獣はどう説明する。研究所からの横流し、あるいは密輸の疑いがあるという通報も受けている」

常盤の言葉に、久我は冷徹な笑みを浮かべた。
「通報、ですか。匿名でしょうか、それとも研究所の主任クラスからの『逆恨み』でしょうか。……常盤監査官。私は、監査室が『本来の業務』を怠っているのではないかと、常々懸念しておりました」

「何だと……?」

「先ほど、貴殿らが来られる前に、私は監査室の直近三ヶ月の活動報告書を拝見しました。……驚きましたよ。備品管理のミスで紛失したはずの『重要検体』が、なぜか帳簿上では『適正に処理済み』として改ざんされている。……この処理にサインをしたのは、常盤監査官、あなたですね?」

常盤の顔から、急速に血の気が引いていく。
久我が指摘したのは、先日のクラの「不法投棄」を隠蔽するために、研究所と監査室が裏で手を組んで行った書類操作のことだった。

「な、何を馬鹿な……。そんな証拠が……」

「証拠なら、今あなたの目の前にありますよ」
久我は、足元からひょいとクラを抱き上げた。クラは久我の腕の中で、誇らしげに三つの首の突起を震わせている。
「この『備品』の個体識別信号(ID)を、今ここで監査室のマスターデータと照合しましょうか。もし帳簿上の『処理済み』と一致すれば……それは、監査室が組織的な不正に関与した動かぬ証拠となりますが」

「ま、待て! それは……」

「待てません。手続きは迅速に、が私のモットーですので」
久我が受話器に手を伸ばすと、常盤は遮二無二その手を抑え込もうとした。

「……わかった! 待ってくれ! 今回の監査は、一部の情報の精査に誤りがあったようだ。……この件は、一旦持ち帰らせてもらう」

「左様ですか。お忙しい中、地下三階まで足を運んでいただき、ありがとうございました。……あ、常盤監査官。お帰りの際、廊下の電球が一つ切れております。施設管理部への修正依頼、監査室から出しておいていただけますか。これも『適切な資産管理』の一環ですので」

常盤は屈辱に顔を歪ませながら、逃げるように部屋を去っていった。
扉が閉まると、佐藤が魂の抜けたような声で呟いた。

「……久我さん。あなた、監査室を脅迫したんですか?」

「脅迫ではありませんよ、佐藤さん。ただの『相互確認』です。……組織というものは、理屈で動かない上層部よりも、規定に縛られた中間層の方が、突き所を間違えなければ扱いやすいものです」

久我は再びデスクに向かい、何事もなかったかのようにキーボードを叩き始めた。
「さて。次の案件は……高級住宅街の泥棒猫ですか。……クラ君。次はお散歩を兼ねた現場調査になります。準備をしておいてください」

(……ワンッ! おじさん、さっきの銀色のおじさん、面白かった!)

クラが元気よく吠え、地下のオフィスに活気が戻る。
内部監査という嵐を、事務的な正論一本で退けた久我。
その背中は、かつてブラック企業の理不尽な上司を黙らせてきた、歴戦の戦士の風格を漂わせていた。
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