現代ダンジョンの苦情係 〜元クレーム処理担当の俺、魔物の言葉がわかるので菓子折り一つで世界を救う〜

ぱすた屋さん

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第1章

【対応記録:第18回】

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「おい、狂ったか! 離れろ! そいつはもう魔力回路が焼き付いてるんだ、いつ自爆してもおかしくない!」

成瀬の悲鳴が地下空間に響く。
警備員たちが一斉に魔導銃を構え、アース・ゴーレムに向けて「鎮静(という名の強制停止)」の術式を叩き込もうとした。
だが、久我はその射線を遮るように、悠然と、しかし迅速な足取りでゴーレムの懐へと潜り込んだ。

「撃たないでください。これ以上の物理的な負荷は、お客様の『離職』を決定づけるだけです」

久我の声は、地響きのようなゴーレムの唸り声の中でも、驚くほど鮮明に周囲に届いた。
彼は懐から一冊の「業務改善日誌」……もとい、ギルド支給の現場記録手帳を取り出した。

「久我! いい加減にしろ、これはビジネスなんだぞ! 損害が出たらどうする!」

「損害、ですか。……成瀬社長。今ここでこのゴーレムが自爆し、この地下十五階が崩落した場合の復旧費用と、不当な魔物酷使が明るみに出た際の株価暴落。……どちらが損害として『重い』か、計算できないほど無能ではありませんよね?」

「なっ……」

成瀬が絶句する間に、久我はゴーレムのひび割れた脚部にそっと手を添えた。
表面は摩擦熱と過負荷で、火傷しそうなほどに熱い。だが、久我はその熱を、かつて炎上するコールセンターで鳴り止まない受話器を握りしめた時の熱量と同じだと感じていた。

(……あつい。……くるしい。もう、うごきたくない。……どうして、ぼくたちだけ、こんなに……)

「左様でございましたか。……この環境、この騒音。そして、一ヶ月間一度もフィルター清掃すら行われていないこの劣悪な排気システム。……お客様が『もう働きたくない』と仰るのは、労働者……いえ、生命体として至極真っ当な権利です」

久我は、鞄から一本の青い液体が入ったアンプルを取り出した。
それはギルドの備品である「魔力安定冷却剤」だが、久我はそれを、まるで疲れた部下に差し出すエナジードリンクのような手つきで、ゴーレムのひび割れた体表に流し込んだ。

「一次対応として、急冷措置を執らせていただきます。……お客様。あなたがここで自爆しても、この会社は保険金で新しい個体を買うだけです。……そんな不条理な幕引きを、私はプロとして認められません」

久我の言葉に、ゴーレムの瞳の赤い光が、一瞬だけ止まった。
理解したのだ。
目の前の人間は、自分を「倒そう」としているのではなく、自分に「代わって怒っている」のだと。

(……おじさん。……ねむらせて、くれるの?)

「はい。今、あなたが負っている『過剰な責任』を、私が法的に解除いたします。……クラ君、コト君。サポートを」

(ワンッ! この鎖、嫌な匂いがする。……噛みちぎってあげる!)
「ボクも手伝うよ。想い出を吸い尽くされたこの鎖……ボクの鑑定眼によれば、ただの『粗悪な欠陥品』だね」

クラが三つの首の力を解放し、ゴーレムを縛り付けていた魔導拘束具を一気に噛み砕いた。コトがシルクハットから取り出した「鑑定の光」で、魔力抽出ケーブルの結合部を一瞬で解体していく。

物理的な拘束が解かれた瞬間、ゴーレムは崩れ落ちるように膝をついた。
同時に、地下空間を支配していた暴走寸前の魔圧が、嘘のように引いていく。

「……何をした。何をしたんだ! 我が社の機密設備を勝手に壊しおって!」

成瀬が駆け寄ってくるが、久我は立ち上がり、手帳にさらさらとペンを走らせていた。

「成瀬社長。……現場の『潜入調査』、これにて完了いたしました」

「潜入調査だと?」

「ええ。あなたが最上階で優雅にコーヒーを飲んでいる間、私はクラ君とコト君を使い、このフロア全ての魔物の『ヒアリング』を行いました。……結果は、惨棖(さんたん)たるものです」

久我は手帳を成瀬の目の前に突きつけた。そこには、びっしりと書き込まれた魔物たちの不満、健康状態の悪化、そして設備の不備がリストアップされていた。

「これらはすべて、ギルドの安全基準法、および魔物福祉条例に抵触します。……さらに、あなたが秘匿していた『廃棄個体の不適切な処理』の証拠も、コト君が鑑定済みです」

「……おじさん、あっちのゴミ捨て場に、ボロボロになった魔物の想い出の品がいっぱい捨ててあったよ。みんな、使い捨てにされたんだね」
コトの冷ややかな言葉に、成瀬の顔が土色に変わる。

「さて、成瀬社長。ここからが本題です」
久我は眼鏡の位置を指で直し、冷徹な微笑を浮かべた。
「現在、このフロアにいる全百二十体の魔物たちは、私の『勧告』を受け入れています。……彼らが求めているのは、破壊ではありません。……適切な『休息』と、法に基づいた『労働環境の改善』。……それが為されない場合、彼らは一斉に魔力出力を『ゼロ』にします」

「ストライキだと!? 魔物がそんな高等なことをするわけがない!」

「するわけがない、と思っているから不備が出るのです。……既に彼らは、私という『窓口』を通して繋がっています」

久我の背後で、檻の中にいた魔物たちが一斉に瞳を光らせ、静かな、しかし確固たる意志を持って成瀬を見つめた。
それは、力による暴動よりも遥かに恐ろしい、組織的な「拒絶」の意志だった。

「……十七時ですね。本日の実地調査はここまでとさせていただきます」
久我はジャケットの埃を払い、カバンを閉じた。
「明日の朝九時までに、改善計画書のドラフトを提出してください。……さもなければ、このビル全体の魔力供給が、明日から『完全停止』することになります」

「き、貴様ぁ……!」

成瀬の怒鳴り声を背に、久我はクラとコトを連れ、悠然とエレベーターへと向かった。
地下十五階の空気は、まだ熱を帯びていたが、そこには確かに「納得」という名の静寂が広がり始めていた。
事務屋のハックが、企業の闇を根底から揺さぶり始めた瞬間だった。
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