現代ダンジョンの苦情係 〜元クレーム処理担当の俺、魔物の言葉がわかるので菓子折り一つで世界を救う〜

ぱすた屋さん

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第1章

【対応記録:第24回】



ギルド本部の賓客室。かつては祈りの声が静かに響いていたその場所は、今や張り詰めた殺気と、事務的な怒号に包まれていた。
「エレナ様、お聞きですか! 明日、多摩エリアで行われる大規模浄化のスケジュールは、すでに全メディアに公表済みです。今さら中止など、組織の信用問題に関わります!」
机を叩き、エレナに詰め寄っているのは、ギルド理事会から派遣された「聖女専属管理官」の男だった。

エレナは、ベッドの端に腰掛け、純白の法衣を握りしめたまま俯いている。彼女の脳裏には、昨日、久我が突きつけた「魔物たちの絶叫」と、あの老騎士の「孫を想う静かな決意」が、幾度もリフレインしていた。
「……私は、もう、祈りたくありません。それは救いではなく、押し付けです。私は、彼らの声を聞きたいのです」
「馬鹿なことを! 魔物の声など、ただのノイズだ。君の仕事はそのノイズを消し、人々に希望を与えることだろう! ……いいですか、拒否されるのであれば、我々にも考えがあります」

管理官の瞳が、冷徹なものに変わる。
「君の魔法が必要なのは、君自身が『聖女』という商品であるからだ。壊れた商品は、修理するか、廃棄するしかない。……君の身の回りの世話をしていた修道女たちの処遇、考えたことはありますか?」
それは、あからさまな脅迫だった。無垢なエレナにとって、仲間を人質に取られることは、何よりも鋭い刃となってその心を切り裂いた。



その頃、地下三階の苦情係オフィス。
久我は、緊急通知が入ったタブレットを眺め、静かに立ち上がった。
「……佐藤さん、出動です。多摩ニュータウン、第七児童公園。至急、タクシーの手配を」
「えっ、今度は何ですか? もう定時まであと二時間ですよ!」
「お客様……あのスケルトン・ナイト様が、暴徒に囲まれています。原因は、聖女エレナ様を熱狂的に支持する『聖光守護隊』を自称する探索者たちによる、一方的な『代理浄化』です」

久我の言葉に、クラが三つの首を同時に毛羽立たせ、コトがシルクハットから鋭い爪を覗かせた。
(ワンッ! あいつら、おじいちゃんをいじめてる! 許さない!)
「想い出を奪うだけじゃ飽き足らず、想い出を守ろうとする者まで壊そうとするのか。……ボクの鑑定眼によれば、あいつらの心は、泥よりも汚れているね」



---



多摩の公園。夕暮れ時、子供たちの姿が消えたその場所に、数十人の探索者たちが円陣を組んでいた。
「おい、この化け物! 聖女様の手を煩わせるまでもない。俺たちが貴様を塵にしてやる!」
「聖女様がお優しいからといって、調子に乗るなよ。死霊は死霊らしく、さっさと消えろ!」
罵声と共に、魔法の火球や聖水が投げ込まれる。中心に立つスケルトン・ナイトは、盾を構え、ただ黙ってそれを受け止めていた。彼が立っている場所のすぐ後ろには、古びた祠と、少年がサッカーの練習で使っているであろうマーカーコーンが置かれている。

一歩でも動けば、背後の祠が壊される。少年との繋がりが消える。それを知っているからこそ、騎士は反撃せず、その身を挺して守り続けていた。
「……そこまでです。皆様、一旦その攻撃を止めていただけますか」

広場に、場違いなほど穏やかな、しかし芯の通った声が響いた。
群衆が振り返ると、そこには安物のスーツを完璧に着こなし、ブリーフケースを手にした一人の男が立っていた。
「なんだ、お前は? ギルドの事務員か? 邪魔をするな、これは『神聖な義務』だぞ!」
リーダー格の男が、剣先を久我に向ける。

久我は、眉一つ動かさず、胸元の身分証を提示した。
「現代ダンジョン管理ギルド、苦情係の久我です。……皆様にお伺いしたいのですが、現在行われているこの『活動』。ギルドの認可、並びに占有使用許可証はお持ちでしょうか?」
「許可だと? 魔物を討伐するのに許可なんて要るか!」
「いいえ、必要です。ここはギルドが管理する『暫定共生特区』に指定されました。本日午前十時付で、私が申請し、受理されています。……つまり、現在皆様がなさっている行為は、正当な理由なき『管理区域内での器物損壊』並びに『不法集会』に当たります」

久我はタブレットを操作し、法的根拠となる条項を次々と読み上げた。
「さらに、このスケルトン・ナイト様は、現在『ギルドの重要重要参考個体』として保護対象にあります。彼を傷つけることは、ギルドの資産を損なう行為……背任罪に相当する可能性がありますが、その覚悟はおありでしょうか?」
「うるせぇ! 屁理屈を並べやがって! 聖女様の名の下に、悪を滅ぼすのが俺たちの正義だ!」

男が激昂し、久我に掴みかかろうとした。
その時、クラが久我の足元から一歩前に出た。小さな体からは想像もつかない、深層の魔王級のプレッシャーが広場全体を支配する。
「――ひっ!」
探索者たちの足が止まる。本能が告げているのだ。目の前の黒い毛玉は、自分たちが逆立ちしても勝てない「死の象徴」であると。

「正義、ですか」
久我は、眼鏡を指で押し上げ、冷徹な視線をリーダーに投げかけた。
「自分の欲望を『聖女様のため』という言葉でコーティングし、無抵抗な者に暴力を振るう。……それを世間では正義とは呼びません。……単なる『質の悪いクレーマー』、あるいは『組織の癌』と呼びます」

「なんだと……!」
「皆様の氏名、所属パーティ、並びに今月の報酬実績はすべて把握いたしました。……これ以上、当部署の管理業務を妨害されるのであれば、明日付で皆様の探索者ライセンスの一時停止、および不法行為による賠償請求の手続きを開始いたします。……定時まであと三十分。決断はお早めにお願いします」

久我の放つ「事務的な死の宣告」に、探索者たちは顔を見合わせた。彼らは暴力には強いが、ライセンスという「生活の糧」を人質に取られることには、何よりも弱かった。
一人、また一人と、彼らは毒づきながらも公園を去っていく。

広場に残されたのは、ボロボロになったスケルトン・ナイトと、久我。
「……かたじけない。……恩に着る、事務官殿」
「いいえ。……お客様、お怪我はございませんか。……佐藤さん、至急、治癒ポーションの『業務用大容量パック』を開封してください」

その時、公園の入り口に、一台のギルド車両が止まった。
中から飛び出してきたのは、法衣を乱し、必死な形相で走ってくるエレナだった。
彼女は騎士の姿を見ると、その場に崩れ落ち、涙を流した。
「……ごめんなさい。私の魔法が、私の存在が、あなたを苦しめていた……。私は、救世主なんかじゃなかった」

久我は、泣きじゃくる聖女の隣に静かに立ち、ハンカチを差し出した。
「エレナ様。……過ちを認めることは、最上の『不備対応』です。……ここから先は、あなたが彼とどのような『契約』を結ぶか。……神様としてではなく、一人の人間として、彼の話を聞いていただけますか?」

夕暮れの公園で、聖女と死霊の騎士が、初めて「言葉」を交わし始める。
久我はそれを見届け、手帳に本日の対応記録を書き込んだ。
「……さて。佐藤さん、帰りに寄るスーパーの特売、まだ間に合いますね。……クラ君、コト君、お疲れ様でした」

組織の闇は、さらに深く久我を狙い始めていた。だが、久我の心にあるのは、ただ一つ。
明日の業務を、いかに滞りなく、定時で終わらせるかという「プロの執念」だけだった。
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