宙(そら)に願う。

星野そら

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5 昔なじみ

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 警報が鳴り響く中、ルーインとゼッドは北館の地下へと続く階段を降りていった。

「海賊のところへ案内しろ!」
「司令官の許可がないと面会はできません!」
「黙れ! 警報が聞こえないのか、緊急事態だ」

 ゼッド少佐が有無を言わさず、看守に促す。
 激しい剣幕に、看守は2人を刑務所の奥へと案内した。

「おまえは警備に戻れ」
「はい。ゼッド少佐」

 看守が十分に遠ざかったのを見計らって、2人は牢屋に足を踏み入れた。
 レイモンドやアレクセイが言葉を発する前に、ゼッドは人差し指を口に当て、全員に黙るように指示をした。
 そして。
 レーザー銃を抜き放つと、あっけに取られるルーインを後目に、ためらいもせずに監視装置を撃ち壊した。

「よし。話を始めよう」

 落ち着いたゼッドの声。

「レイさん! 大丈夫ですか」

 ルーインの問いかけに、アレクセイがレイモンドを背にかばって言う。

「ルーイン・アドラー。わたしを覚えているな。わたしは宇宙軍の中佐だ。これが理不尽な扱いだとわかるなら、解放してもらいたい…」
「おまえさんが宇宙軍中佐かコスモ・サンダー極東地区司令官かは知らない。理不尽かどうかも知らない。わしはその男と話がしたい。久しぶりだな、キャプテン・レイモンド」

 アレクセイが老士官を睨み付けた。レイモンドがスッと目を細める。その目は凍りそうなほどに冷たかった。

「ほう、眼光の鋭さは昔と変わっておらんな」

 レイモンドは記憶をたどるように、ゼッドの顔を見つめた。

「もしかして、ゼッド大尉か?」
「今は少佐だがね」
「まだ、現役だったんだ」

 ルーインが驚いたように口をはさんだ。

「知り合いなんですか」
「昔やり合ったことがある」とゼッド少佐。
「会いたかった相手じゃないけどね」

 吐き捨てられたレイモンドの辛辣な言葉に、ゼッドは苦笑いを浮かべる。自分はもう一度レイモンドに会いたいと思っていた。

「あの時は悪かった。言い訳にしかならんが、わしは知らなかった。あんな罠を仕掛けていたことを…」

 すまないと謝るゼッドの年老いた姿を眺めているうちに、レイモンドは怒りが消えていくのを感じた。

「いいよ、もう。10年以上も前のことだ。どんなに詰ってもあいつは帰ってこない」

 自分がこの男を信じたせいでケインを死に追いやった。あの時は、ものすごくショックだった。ゼッドが憎かった。
 だが、マリオンをなくした痛みに比べたら、何もかもやさしい思い出だ。

「それで。昔話をしにきたわけじゃないよね?」

 ゼッドが首を縦にふる。

「警報が鳴ったのが、聞こえたか?」
「ざわざわしているとは思ったけど、何があった?」
「コスモ・サンダーの艦隊がこの基地を囲んでいる」
「はあっ? 誰が」
「中央艦隊の司令官だそうだ。それに、極東地区の艦隊もきている」
「ほんっ、とに俺の命令など、誰も聞きはしないってわけだ」

 レイモンドが舌打ちする。

「ポール、いえ中央艦隊の司令官は何を要求しているんですか?」

 それまで黙っていたアレクセイがゼッド少佐に訊ねた。

「キミたちの解放。その前に、キミたちと話をさせろと言われている」
「それじゃあ、通信室に案内してよ。俺が叱りつけるから」

 叱りつける、か。上に立ったものの発言に、ゼッドが確信する。

「そうか。やはりおまえさんがコスモ・サンダーのトップ、総督なのか」

 レイモンドは失敗を見つかった子どものように肩をすくめた。

「あ~あ、わかっちゃった? まあ、いいか。大きな声でいいたくはないけど、その通りなんだ」

 それならコスモ・サンダーは安泰だとゼッドは思った。
 ここしばらくのコスモ・サンダーのやり口は、冷徹だが人間味があり、筋が通っていた。キャプテン・レイモンドらしい統率ぶりだ。

「おまえさんは海賊たちに愛されているようだな。わざわざ宇宙軍の基地に殴り込みをかけるほどだ」
「言わないでくれる。命令を聞かない部下たちに、困らされてるのに」

 いかにも落ち込んでいますという姿に、ゼッドがはははっと、笑う。笑っている状況ではないにも関わらず…。

「困らされているのは、宇宙軍の方だ」
「だから! 通信室に案内してくれたら、あいつらを引かせるよ。それくらいの力は、多分、あるから」

 レイモンドが言うのに、ゼッドが首を振った。

「それだけで、済まなくなった。ライトマンが戦闘命令を下したんだ」
「えっ~、宇宙軍と闘うつもりはないのに」
「おまえさんなら、そう言うだろうが。何を考えているのか、ライトマンはコスモ・サンダーと闘いたいらしい」

 一歩下がって、話を聞いていたアレクセイが、レイモンドに了承を得て会話に割ってはいる。その律儀さに、ゼッドはコスモ・サンダーの厳しい規律を見た気がした。

「ゼッド少佐。われわれが拉致されたのは、ライトマン中佐が私腹を肥やすためでした。彼は、以前からコスモ・サンダー極東地区で便宜を図っていたそうで、これからも賄賂と引き替えに便宜を図ると交渉を持ちかけられました」
「えっ。便宜を図る、とはどういうことですか?」

 ルーインが思わず口を挟む。

「宇宙の治安維持と防衛が仕事の宇宙軍が、海賊たちが略奪しやすいように手を貸してやっていたということだ。金銭と引き替えに」
「そ、そんな。それって、不正じゃないですか」

 言いかけたルーインがはっとする。

「もしかして、略奪の連絡が遅かったのも、いつも警備していない宙域で宇宙船が襲われたのも、そのせいなのか。僕たちが遅れたせいで、何人もが命を亡くした…」

 ゼッドが重々しくうなずいた。

「そういうことか。ふん、ライトマンは何かやってると思っていたが、それほどあくどい真似をしていたとはな」
「知らなかった。阿刀野も隊の連中も、一生懸命にコスモ・サンダーを追っていたのに。襲われた宇宙船を助けようと駆けつけたのに間に合わなくて、悔しい思いをしたのも一度や二度じゃない、……ゼッド少佐! 気づいていたなら、なぜ止めてくれなかったんですか。あなたになら、できたでしょう!」
「済まなかった。わしは宇宙の平和などどうでもいいと諦めていたのかもしれん。いや、それより。宇宙軍の卑劣さを再認識するようなことから目を背けていた。宇宙軍にこれ以上、絶望したくなかったから…」

 その台詞にレイモンドは改めて、ゼッドの後悔を見た気がした。
 この男は、本当に自分たちを嵌めるつもりはなかったのだ。ケインが爆発に巻き込まれたのは、この男のあずかり知らぬこと…。

「ルーイン。責めてもしょうがない。ゼッド少佐。ここへ来てくれたのは、どうして?」
「借りを返したいと言ったら、信じてくれるか」

 レイモンドは今ならゼッドを許せると思った。そして、もう一度、信じてもいい気がした。

「信じるよ。ゼッド少佐、俺たちに手を貸してほしい。ルーインも。コスモ・サンダーと宇宙軍に闘いなんかさせちゃいけないんだ、絶対に!」
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