宙(そら)に願う。

星野そら

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6 コントロールルーム

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 4人は北館から素早く抜け出した。

「アーシャ。宙港へ行こう。宇宙船で宙域に出てポールに連絡を入れれば、すぐに決着がつく。犠牲は最小限に抑える。俺が操縦する。誰にも邪魔はさせない。追いつかせはしないよ」
「それは、わかっていますが…。僕は宇宙軍の中佐でもあります。この基地の不正を見逃すわけにはいきませんし、コスモ・サンダーとの無駄な闘いに兵士たちを送り出したくはありません」

 レイモンドは一瞬立ち止まると、はあっとため息をついた。

「おまえはいつまで経っても、そっち側の人間なのか…。わかった、いけばいい」

 アレクセイはレイモンドに投げつけられた言葉にくちびるを噛みしめる。できるなら、このままレイモンドと一緒に逃げ出したい。だが、逃げ切れる確率は5分5分だ。レイモンドの安全を期すためには自分の身分を最大限利用するしかない。

「ルーイン・アドラー。その人を頼む」

 そう言って、アレクセイは宙港へ向かうレイモンドに背を向けゼッドとともに走り去った。目指すはコントロールルーム(司令塔)だ。

「ザハロフ中佐」
「なんですか、ゼッド少佐」
「おまえさん、キャプテン・レイモンドに誤解されたようだ。いいのか」
「……少佐はお見通しなんですね。構いません。確実に逃げてもらうには、この方がいい。少しでもあの人の安全の確率が上がるなら、僕はどんなことでもする。絶対に、あの人を守り通す」
「誰かに守ってもらうほど弱い男ではないと記憶しているが…」

 アレクセイはふっと微笑んだ。

「そうですね、あの人は強い。腕もあるし、少々のことでは参らない。
 でも…、僕はあの人には自由が似合うと思うんですよ。自由気ままに、やりたいことをやってほしい。宇宙を飛びまわっていてほしいんです。あっ、自由気ままにやっても、あの人は部下や組織のことを忘れることはない。いつだって自分のことは後回し、プリンスはそんな人なんです。僕たちはあの人の大きな翼の下で大切に守られている…。
 だからこそ、僕はあの人の自由を守りたい。そしてあの人が宇宙を飛び疲れたときに翼を休める場所になりたいと思っています…」
「よくよく、惚れているな」
「はい、それだけは胸を張って言えます。あんな人は2人といません。プリンスは僕の命です。あの人が輝いていてくれることが、何よりの望み。
 ……でも、ゼッド少佐。安心してください。あの人を逃がしたら終わりだなんて思っていませんよ。宇宙軍の中佐として、やるべきことはきちんとやります。あの人は中途半端なことが嫌いですから。やり始めたことは最後までやれと言うはずです」

 アレクセイは軽く咳払いをした。

「コスモ・サンダーとの戦闘はなんとしても避けたい。宇宙軍兵士もコスモ・サンダーの戦闘員も死なせたくないですからね。ライトマンの不正を暴き、しかるべき男にこの基地を任せることがいまの僕の仕事です…」

 黙り込んだゼッドにアレクセイが訊く。

「あそこが、コントロールルームですね」
「やるべきことを心得ている士官と一緒に行動するのは久しぶりだ。キミのような部下を持つキャプテン・レイモンドが羨ましいよ」
「ありがとうございます。踏み込みますよ」

 アレクセイはレーザー銃を構えドアを吹っ飛ばした。

「やることは荒っぽいんだな。海賊流か?」

 ゼッドのからかいにアレクセイは口の端を歪めて笑った。


「ライトマンおよび士官諸君、手を挙げてもらおう」
「な、なんだ! いったい」
「お、おまえは。コスモ・サンダーの司令官!」

 驚きに包まれたコントロールルームに、宙港から戦闘準備を終えた隊長の声が届く。

「第2部隊隊長ビンディ、準備完了しました。次の指示を」
「ゼッド少佐だ。命令があるまで、そのまま待機」
「ラジャー」

 ツーっと、通信が切れた。

「ゼッド少佐、なんの真似ですか」
「副司令官。この男に逆らわない方がいい。紹介しよう、宇宙軍特殊部隊所属ミハイル・ザハロフ中佐だ」
「えっ! 海賊の司令官が宇宙軍中佐!」

 思わず声を漏らした士官のひとりを睨み付けてから、アレクセイは静かに話し出した。

「ミハイル・ザハロフだ。任務の性質上、キミたちに知らされてはいまいが、わたしはセントラルでも精鋭で知られているタスクフォースの隊長を勤めている。
 わたしの任務はコスモ・サンダーへの潜入および極東地区の治安維持だった。細心の注意で進めてきたわたしの任務を、ライトマンがめちゃくちゃにしてくれた。海賊組織の中でどれほど苦労して司令官まで上り詰めたと思っているんだ。ようやく成果を手にできそうなときに疑われるようなことになって、元も子もなくなった。しかも、なぜ、今、戦闘なんだ。コスモ・サンダーは宇宙軍とは争わないと明言しているだろう!」
「し、しかし、中佐。この基地を囲んだのはコスモ・サンダーです。こちらから仕掛けたわけじゃない」

 副司令官の言葉に焦れて、アレクセイはガンッと机を蹴った。

「その前に宇宙船を拉致したのが問題だ。わたしが乗っているのを知っていて、わざと拉致した。しかも、身分を明かしているのに牢に放り込んだ。どう説明してくれるんだ、ライトマン」

 ライトマン以外のメンバーは、驚きに目を見開いている。ライトマンがコスモ・サンダーに賄賂を要求しているのは知っていても、アレクセイが宇宙軍中佐だと言うことを知りながら牢に放り込んだことは知らなかったのだ。
 アレクセイはコントロールルームをぐるりと見渡し、厳かに宣言する。

「宇宙軍特殊部隊隊長ミハイル・ザハロフは、いまここで、ライトマン少佐の司令官を解任し、その身分を剥奪する。そして、代わりにゼッド少佐を司令官に任命する」

 全員がポカンとした顔をした。ゼッド少佐でさえ、アレクセイの言葉に耳を疑う。司令官を決めるのはセントラルである。トップクラスの者たちが集まって、合議の上で決定するはずだ。それを、この男は当たり前のようにゼッドを司令官に任命した。
 タスクフォースの隊長として命令を下す姿は堂々としており、まさに権限を使い慣れた上級士官である。
 キャプテン・レイモンドの前で見せていた弱気とさえ思える態度とあまりにもかけ離れていた。

「お、おまえに、そんな権限があるのか!」
「ああ。残念だろうが、わたしはその程度の権限は与えられている。不審を抱くならセントラルに問い合わせてみればいい」

 ツーっと通信がつながる音がした。

「第4部隊隊長、阿刀野です。遅くなって申し訳ありません。操縦士をエヴァに変え、戦闘準備完了しました。命令を!」
「阿刀野中尉、ゼッド少佐だ。しばらく待機しろ。もうすぐ、アドラー中尉が宙港へ着く。彼と打ち合わせて、行動してくれ」
「ラジャー!」
「さて、ライトマン。わしが司令官に任命されたようだ、その席を空けてもらおう」

 ゼッドの言葉にライトマンが反撃した。制服の下に隠していた銃を手にすると、誰彼かまわず連射する。全員が怯んだ隙に、通信マイクを手にとって叫んだ。

「緊急通信だ。ゼッド少佐が反乱を起こした。第1艦隊はただちにコントロールルームを奪回しろ。第2部隊は反乱者であるルーイン・アドラーを押さえろ。第3・第4部隊は海賊を迎え撃てるよう、発進し…」

 ドサッという音がして、マイクが床に落ちた。アレクセイがマイクを持つライトマンの右腕を打ち抜いたのだ。素早くマイクを取り上げたゼッド少佐が言葉を続ける。

「ゼッド少佐だ。ライトマンの言葉に惑わされるな。反乱など起こっていない。ただ、少しややこしいことになっている。ミハイル・ザハロフ中佐の話を聞いてくれ」

 アレクセイにマイクが渡された。

「アレクセイ・ミハイル・ザハロフだ。キミたちは、わたしがコスモ・サンダー極東地区司令官だと思っているかもしれないが、わたしは宇宙軍特殊部隊、いわゆるタスクフォースを率いる隊長で、ミハイル・ザハロフ中佐だ。コスモ・サンダーへの潜入が任務だった。
 そして、今回、任務中にライトマンに呼び戻され、この基地に立ち寄るはめになった。セントラルからの大事な連絡があるのかと思ったらライトマンは賄賂を強要した。わたしを宇宙軍の中佐と知らずにだ。コスモ・サンダーの暴挙を見逃す替わりに金を出せとな。
 宇宙軍の風上にもおけないとわたしは思う。彼の不正を許すわけにはいかない。だから、つい先ほどライトマンを更迭し、ゼッド少佐を第17管区の司令官に任命した。念のために言っておくが、わたしにはその権限がある。これからはゼッド司令官の指示に従うように」

 宙港では驚きの声が挙がったのだが、それは想像に難くない。突然、そんなことを言われても。兵士たちは半信半疑である。いままで司令官であったライトマンの言葉とコスモ・サンダー極東地区司令官だと思っていた男とどちらの言葉を信じればいいのだ。
 そこへ。通信室から連絡が入った。

「コスモ・サンダーから人質と話をさせろとの連絡が入りました!」
「わたしが出よう。通信をまわしてくれ」
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