宙(そら)に願う。

星野そら

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8 帰艦

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「死ぬな! 死ぬなよ! ルー」

 リュウはルーインを抱いて救護室に直行する。レイモンドは艦橋を目指した。
 当然のように操縦席に滑り込むと、遅れて入ってきたエヴァに声をかけた。

「操縦させてもらえるかな?」
「はい」
「無茶はしないから…、」

 エヴァはレイモンドの次の言葉を聞かずに艦内のスイッチを入れると

「第4部隊、総員に告ぐ。離陸する。管制官、宙港を開けろ」

 レイモンドは手際よく離陸準備を進め、操縦桿に手をかけた。

「いいよ、エヴァ。これで十分に飛び出せる。宇宙軍の兵士たちが群がってきている。砲をぶち込まれる前に発進したい。準備はいい?」
「はい。総員、緊急発進!」

 エヴァはひと声、マイクに向かって叫ぶと、シートに伏せて安全姿勢をとった。

「阿刀野さん、お願いします」

 レイモンドは軽くうなずくと、ぐいっとレバーを引いた。
 信じられないほどの角度で宇宙艦が浮き上がった。続く急加速に身体が引きちぎられるようだ。苦しい息の中でエヴァが言う。

「アドラー中尉には、いまの加速はきつくないですか…」
「ん~。ルーインは操縦士だよ、この程度の加速に負けたりしない」

 怪我をしているのに操縦士もなにもないだろうとエヴァは思ったが…、レイモンドは本気で言っているようで。それ以上、突っ込むことができなかった。


 宙域へ飛び出した途端、第4部隊の旗艦『ジェニー』は多くの宇宙船に囲まれることになった。コスモ・サンダーの宇宙船である。

「通信を確保してくれ。周波数79.3ヘルツ。俺が話をする」
「通信室、コスモ・サンダーにつなげ。周波数79.3ヘルツ」

 つながりました、の声と同時に、ポールの声が飛び込んできた。挨拶もなしだ。

「近づくと攻撃する。繰り返す。それ以上、近づくと攻撃するぞ」
「ポール! 専用回線を使ってるのに、それが挨拶? 苦労して基地から飛び出してきたんだ、歓迎してくれてもいいだろう」
「ッ! 総督。総督ですか!」
「そうだ、この宇宙艦は俺が自分の意志で操縦している。『マーキュリー』と合流したいから、周りの宇宙船を引かせてくれ」
「は、はい。わかりました」
「それから、俺の後から追いかけてくる宇宙船があったら威嚇射撃で蹴散らせろ。威嚇射撃だ、間違っても当てるなよ!」
「ラジャー!」

 レイモンドの操縦する宇宙艦はなんなくコスモ・サンダーの旗艦『マーキュリー』とドッキングした。連絡通路からマーキュリーに戻ってきたレイモンドの元気な様子を見て、ポールをはじめ、コスモ・サンダーのメンバーはほっとため息を吐いた。
 しかし、アレクセイの姿は見えない。

 レイモンドは『マーキュリー』に戻るとすぐに、聞いた。

「怪我人がいる。腹を撃たれて重傷だ。先生は?」
「万一のことを考えて、極東地区の医療責任者を連れてきています」
「そうか。それなら任せられるな。手術が必要だろう」
「すぐ、手配します」

 運ばれていくルーインを指さしてレイモンドが言う。

「そいつは俺がかわいがってる男だ。必ず助けろ。他にも手当が必要なヤツがいたら医務室に行かせる。
 リュウ。おまえは残れ、話がある」

 ルーインとともに出ていこうとしたところを、医者に任せておけと止められる。後ろ髪を引かれる思いで、レイモンドの言葉に従った。
 それなのに。

「こちらの用を済ませるから、少し待ってくれ」

 リュウはしぶしぶうなずく。
 レイモンドは怪我人の搬送が一段落ついたのを見計らって幹部たちを集めた。全員が片膝を付き、頭を下げる。
 宇宙軍では見ることのない光景であった。まるで王が閲兵する姿にリュウは目を見張ったが、レイモンドは当然という顔をしていた。
 厳しい視線がひとりの男を捕らえる。

「さて、ポール。訊かせてもらおうか。誰が宇宙軍に殴り込みをかけろと言った? 俺はそんな命令を出した覚えはない」

 アレクセイを残してくるはめになった。そう思うと心の底から腹立たしい。あの男を宇宙軍に渡したくはなかった。戻るきっかけを与えるつもりはなかった。

 ……ずっと、自分のそばにいてほしかったのだと、この期に及んでようやく気がついた。

 レイモンドは好奇心に負けて宇宙軍基地に行ったのを後悔していた。しかし、それ以上に。ポールたちがこなければ…、とも思う。

「申し訳、ありません。わたしの独断です」
「おまえが俺の命令に背くのは二度目だ。次は許さないと前に言ったぞ。覚えているな」

 聞きようによってはやさしいとさえ感じられる口調。だが、その目は鋭く突き刺さるようだ。ポールは間違いようのないレイモンドの怒りを感じていた。
 叱られたことは何度もあったが、これほど恐いと思ったことはない。声が震える。

「は、はい。覚え、ています」
「そうか、覚悟はできているわけだ。処分は後で考える。独房に放り込んでおけ」

 処罰ではなく処分という言葉にポールがピクリと反応した。総督を慕う思いから出たポールの行動なのに…。レイモンドの厳しさに、幹部たちは息を呑む。戸惑う戦闘員たちの中でポールは冷静だった。

「申し訳ありませんでした」

 深々と頭を下げると、戦闘員たちの手を煩わせることなく、独房へ行くために自分から歩み出した。
 マリオンが死んでしまった今、取りなすものは誰もいない。
 ポールは、今度こそ、処刑されるか、どこか遠いところに飛ばされるだろうと思った。それでも、レイモンドの無事な姿が見られたから悔いはないと。

「どういうことだよ! あの男はレイを助けようとしただけじゃないか」

 見知らぬ男がレイモンドに食ってかかっている。

「リュウ。おまえが口を挟むことじゃない」
「だけど、おかしいだろっ。あの男は悪いことをした訳じゃない。それに、もしミスを犯したとしても、レイの部下なんだろう。部下のミスは上司のミスだって俺に教えたのは誰だよ」

 こんな風に総督に正面切って文句が言える男がいるとは誰も思わなかった。レイモンドは困った顔で頭をかいている。もしかしたらと、みなが淡い期待を胸に抱く。が、

「リュウ、そんなことは後回しにしよう」

 そんなことと簡単に片づけられてしまったのだ…。
 レイモンドは幹部たちに持ち場に付くように言いつけてから、私室へと向かった。通話機を取り上げて、まずは、ルーインの容態を確認する。

「手術は無事に終わったそうだ。よかったね」

 顔を上げると、そこには海賊の総督ではなく、やさしい顔をした兄がいた。
 リュウは小さい頃のように、コクリとうなずいた。

「うん」
「ほっとしてるところ、済まないけど。話しておかなくちゃならないことがある、いい?」

 リュウは無言で、レイモンドの言葉を待つ。

「いつ、宇宙軍に攻撃されるかもしれないし、いつまでもドッキングさせておくわけにはいかない。おまえはどうするつもり?」
「俺は…、宇宙軍に戻った方がいいんだろうか」
「その方がいいね」
「レイは、どうするんだ?」
「すぐに引き上げる。宇宙軍の基地を囲んでいたらこちらが悪者に見える。俺たちは宇宙軍と闘うつもりはない。宇宙軍だけでなく、民間船を襲うこともしないし、他の海賊と争うつもりもない」
「そうなんだ…、なあ、レイ。ルーインの容態が安定するまで、面倒をみてくれるか」
「もちろん」
「片が付いたら、コスモ・サンダーの極東本部へルーインを迎えに行く。構わないだろ?」
「ん…、いつでも大歓迎だよ。ルーインも海賊の基地でひとりだったら心細いだろうし。早く迎えに来てやってね。連絡をくれたら手荒い歓迎にならないよう、ちゃんと手配するから。
 極東本部はアーシャが指揮していただけあって規律が徹底している、心配しなくていいよ」
「ええっ、海賊に規律があるのか?」
「……、あのねえ! リュウ、俺たちは海賊なんだ。幹部クラスは別にしても、もともと無法者や荒くれ者ばっかりだ。規律がなくちゃ、やっていけない。規律も訓練も、きっと宇宙軍より厳しいよ」
「ふ~ん」
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