宙(そら)に願う。

星野そら

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10 コスモ・メタル社

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 コスモ・メタル社はメタル・ラダー社100%出資の子会社として正式にスタートを切った。
 レイモンド、いや、阿刀野レイ社長は、ランディ・ハマーを副社長に抜擢し、その下に、阿刀野リュウ、ルーイン・アドラーをはじめ元宇宙軍のメンバーたちをそれぞれ配属した。
 メタル・ラダー社からはラジンの掘削・精錬技術者や研究・開発を取り仕切る人間のほか、開発責任者としてジャックが派遣されてきた。
 さらに、会長職にはケイジ・ラダーが就任した。
 
 もともとあったメタル・ラダー社の工場の設備を充実させて本社機能を置き、本社ビルの建築と広大なプライベート宙港の造成が進んでいた。これらの膨大な出資も、ラジン鉱が売れるようになれば、すぐに元は取れるのだ。
 公に知られてはいないが、警備や輸送はもちろん、掘削・研磨から研究開発、果ては販売営業にまで、コスモ・サンダーのメンバーが関わっていた。一気に数千人規模となった社員たちの8割以上である。

 コスモ・メタル社の社員と言っても、海賊であることに間違いはない。
 事情を知っているケイジ・ラダーは内心気をもんでいたのだが、すぐに心配など杞憂であったと思うようになった。どの男たちも、一般企業の社員より真面目に、一生懸命働いていたのである。



 秋晴れの一日、ケイジ・ラダーが、コスモ・メタル社を訪れた。
 受付で軽く挨拶をし、ずんずんと奥へと入っていく。半年前までは自社工場のひとつだった社屋である、誰に案内されずとも、迷うことはない。もうすぐ完成する本社ビルになれば、迷うかも知れないが…。
 古い施設にもかかわらず、ここには活気があった。掃除が行き届き、清潔に保たれている廊下では、すれ違う社員たちが立ち止まって道を譲り、きちんと挨拶をしてくれる。
 最新設備とセキュリティーの整ったメタル・ラダー社の本社より気持ちがいいとケイジ・ラダーは思った。

 社長室の扉をコンコンとノックすると、そのまま部屋に足を踏み入れた。

「ミスター・ラダー。ようこそ」

 受付から連絡が入ったのだろう、ルーインがさわやかな笑顔で迎えてくれた。
 レイモンドの操縦士を勤めるルーインは、本社にいるときは不在の多いレイモンドの代わりに社長室に詰めている。主がこの部屋にいないのは、いつものことのようである。

「阿刀野くんは?」
「現場に出ています。もうすぐ戻ってくると思いますが…、お急ぎなら呼びもどします」
「いや、いい。ランディくんは?」
「副社長はお得意様との折衝で出かけています。明日の夕方には戻ってきます…」
「そうか、忙しそうだな。どうだい、問題なくやっているか?」
「はい。問題が起きたというような話は聞いておりません」
「そうか」

 どっかりと社長室のソファに座り込んだケイジ・ラダーに、ルーインがコーヒーをすすめる。

「いつ来ても、この部屋はコーヒーの香りがするし、淹れたてのコーヒーが飲めるな」
「ええ。社長の贅沢はコーヒーくらいですので…」
「ははっ。キミも秘書業が板についたな」
「からかわないでください。社長が戻るまでもうしばらくかかりますので、警備部の阿刀野を呼びましょうか?」
「仕事中だろう?」
「はい…。しかし、阿刀野にはあなたが来られたときには声をかけるように言われていますので」
「そうか。だが、後で、みなで食事をしようと思っているから、その時でいいよ」
「はい」
「そうだ……、ルーインくん。キミはヒマかね」
「ヒマということはないですが、なにか?」
「聞きたいことがあるんだが?」

 ケイジ・ラダーはコーヒーカップをテーブルに置いて、ルーインを見た。

「社長でなくて僕にですか?」
「うむ。こんなことを聞けるのは、キミしかいない」
「何でしょう。お答えできることでしたら…」
「コスモ・メタル社をどう思う?」
「どうとは?」
「わたしは気持ちのいい会社だと思う。活気があるし、社員がきちんと挨拶をしてくれる。うちの本社でも、これだけ感じのいい応対は受けられない。ほとんどがコスモ・サンダーのメンバー、つまり海賊なのに…」

 ああ、とルーインがうなずいた。

「会長がおっしゃりたいことはわかります。僕も最初は海賊だから違った人間なのかと思っていました。レイさんは常々、阿刀野や僕たちを海賊にはしないと言っておられましたから。
 でも、今では、同じコスモ・メタル社で働く仲間だと思っています。社長は、俺たちは海賊だからこそ、民間人に認めてもらうには何倍も努力しないといけないと言い聞かせておられますが」
「ほう…」
「彼らはコスモ・サンダーの一員であることを誇りに思っています。海賊は海賊でも、ほかの海賊と一緒にしてほしくはないという感じですね。何より、総督を崇拝しています。その人が、礼儀には格別うるさいですからね」
「阿刀野くんは部下たちに厳しいのかい?」
「いいえ。叱るのは必要があるときだけです。ここだけの話…」

 誰も聞く者がいないのに、ルーインが声をひそめる。プライベートモードになったようだ。

「コスモ・サンダーの各本部に出向くようになって知ったのですが、コスモ・サンダーの規律は、それは厳しいですよ。レイさんの宇宙船が着くと、幹部は宙港で膝を付いて出迎えます。それがコスモ・サンダーのやり方だそうです。
『海賊は強いヤツにしか従わないから仕方ないよ』ってレイさんは言うんですけど…。絶対的な階級が存在しているようなんです。許しがあるまでは誰も動こうとはしません。自分から話しかけようともしません。レイさんが口を開くまで、黙っています。
 あまりにも全員が規律を守っているので、不思議になって聞いてみたんです。ひとりくらい無礼な男がいてもおかしくないと思って。
 すると…、『コスモ・サンダーでは人の話を聞く態度を徹底的に叩き込まれるんだよ。口をはさまずに、上の者の話を聞く。そして、よく考える。自分の意見を言う機会を与えられたら、その時には、端的に考えを述べられるようにね。その繰り返しで思考力が身に付くんだ。まあ、俺もわかるようになったのは、幹部になってからだけど』って。
 宇宙軍が敵わないはずだと思いました。上官の話をきちんと聞ける兵士は少ないですから…。僕も力のない上官に口答えしたり、反抗したり。
 レイさんに叱られたことがあります。教えてもらう立場で上官に逆らったりするんじゃないって。それで僕は初めて、人の話を聞けるようになりました。
 ……コスモ・サンダーの集会で、多くの男たちが集まるときは壮観ですよ。全員がピシッと姿勢を正して直立不動、総督の話をひとことも聞き逃さないという態度が貫かれています。また、そうでないと叱られますからね」
「すごいな!」
「はい」
「しかし…。それなら、コスモ・メタル社の社員は窮屈じゃないか」
「いえ。そこがレイさんらしくて…。レイさんはここではよく工場や現場に足を運ばれますが、働いている人に気軽に声をかけていろんな話をしているようです。相手の話には素直に耳を傾ける。彼らにとって、レイさんと話ができるというのはものすごい特権なんです。何と言っても総督は雲の上の人ですから。
 そんなわけで、コスモ・メタル社の社員になるのはかなりの競争率だそうですよ」
「そうだったのか」
「はい。だから、ここにいる彼らは、仕事はもちろん、生活態度や挨拶にも気を配っています。怠けたり、だらしがないと思われて艦隊に戻されたら、誰にも相手にされなくなるんじゃないでしょうか…」

 ケイジ・ラダーは、コスモ・メタル社がいつも活気に満ちて、社員たちがキビキビ働いている理由の一端を知った気がした。
 そう言えば、レイモンドが現場に立ち寄るだけで、ピシッとした空気が流れるとジャックからも報告があった。

「それに…、レイさんはコスモ・サンダーでは総督でありながら、先頭を切って戦っていたそうです。自分の力量を見せるにはそうする必要があったのだと思います。あの極東百日戦争でも、戦闘艇で飛び回っていらした。
 でも、コスモ・メタル社の社長になって、少し変わったそうです。
『企業のトップは自ら走り回るもんじゃないね。方向性や道筋をつけるのは俺の仕事だけど、開発にしても、輸送にしても、営業にしても、その力を持つ部下に任せる方がうまくいくって学んだよ』
 とおっしゃっていました。そのためか、レイさんは外部との折衝はほとんど副社長任せですし、スポットライトの当たるようなところに出ようとはしない。手柄も活躍できる場も人に譲っているように見えます。
 それぞれの部署で、仕事をど~んと部下に任せてくれる。責任は重いけれど、やりとげればその功績はきちんと評価してもらえます。仕事を任せられて評価される。さらに、実績を重ねるほど信頼されると思うと、自然に頑張ろうって気持ちになりますよ。
 僕も…、知らないうちに、操縦士だけでなく秘書の真似事までするようになってしまいました」

 肩をすくめながらルーインが言う。

「なるほど、な。阿刀野くんもうまい手をつかう」
「ええ。うまく働かされている。でもそれは、問題が起これば、社長が、総督が何とかしてくれるということをみんなが知っているからです。最終的には責任は俺が取る、とあの人は公言しています。
 コスモ・サンダーではずっと、レイさんは自分で判断し、命令を下し、その責任を取ってきたそうですし、自分の仕事を誰かに押しつけることも、いやなことを人任せにすることもないそうです。だから、安心して仕事ができるのでしょう」

 ルーインの話を聞いて、コスモ・メタル社はすぐに名実ともに、一流企業の仲間入りをするだろうとケイジ・ラダーは確信した。
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