宙(そら)に願う。

星野そら

文字の大きさ
44 / 52

6 退官願い

しおりを挟む
 翌朝である。

「とても正気とは思えない。考え直しなさい」

 クレイトス元帥は、いつも冷静なアレクセイのらしからぬ発言に、ただただ驚いていた。
 昨日までのアレクセイと今朝のアレクセイは別人だった。頑固で強引で、人の意見など聞く耳を持たない。クレイトスの言葉はまったく素通りである。

「キミはわたしの第一補佐官だ。辞めると言っても引き継ぎやなんやかや、それなりの手順があるだろう。それに、わたしはキミが辞めるのを黙ってみている気はない」

 言葉を尽くして引き留めても、脅しをかけても、アレクセイは連合宇宙軍をいますぐ辞めると繰り返すだけ。

「申し訳ありません。恩を仇で返すようなことをしているとわかっています。それでも、今すぐ行かなければ…」

 間に合わないかもしれない。こうして話している間ももどかしい。
 自分の判断が間違っているのならそれでもいい。誰かがレイモンドの心情に気づいて、止めてくれるならそれでもいい。

 でも。

 もし誰も気づかず、あの人が行動を起こしてしまったら、追っていくのは難しい。操縦にかけて、レイモンドに敵う人はいないのだ。

 アレクセイはあせっていた。
 レイモンドを亡くしたくはない。それだけは、どうしてもイヤだった。
 どれほど厚顔無恥だといわれようとも、誰に顔向けできなくなろうとも。そんなことはかまわない。僕の命を賭して止めてみせる。
 アレクセイは決心していた。
 自分の最も価値あることのために命を張ろうと。

「馬鹿馬鹿しい。連合宇宙軍を辞めてコスモ・サンダーに戻るだと。昨晩パーティで、コスモ・サンダーの総督に会ったからと言って、なぜ、今日、宇宙軍を辞めねばならないんだ。コスモ・サンダーに戻るなど論外だ。キミは連合宇宙軍の将官だと知れ渡っているんだぞ。
 それに、あの男はわたしにアーシャを託したのだ。大切にしてくれ。よろしく頼むと言われた。キミも聞いていただろう。だから、アーシャ。キミは宇宙軍で…」
「やめてください。そんな話、聞きたくない! 僕は宇宙軍をいますぐ辞める。あなたに許してもらおう、認めてもらおうなどと虫のいいことは考えていません。ただ、報告に来ただけです。クレイトス元帥、もう、僕を宇宙軍から解放してください」
「なっ。アーシャ、わたしがいつキミを縛り付けた。キミはそんなつもりだったのか!」

 クレイトスはキッとアーシャを睨み付けた。それでも、アレクセイはまったく動じない。

「これ以上、話しても無駄ですね。お世話になりました」

 きびすを返すアレクセイの腕をクレイトスがぐいとつかむ。

「待て、アーシャ。せめて理由を聞かせてくれ」

 元帥の懇願に、アレクセイは一瞬、ひるむ。

「理由くらい聞かせてくれても、いいだろう?」

 なだめるように言われて、アレクセイはしぶしぶうなずいた。自分でも理論的に説明できないことを納得させることができるだろうか。

「……気づいてしまったんです。あの人が死ぬ気でいるってことに」
「はっ? 何を言っているんだ。あれだけ生命力に満ちあふれている男が、死んだりするものか。コスモ・メタル社は順調だし、コスモ・サンダーの方も問題はないんだろう。どこに死ぬ理由がある?」
「順調すぎるほど順調だから。コスモ・サンダーはもう大丈夫だと、自分がいなくてもやっていけると、あの人が思っているんじゃないかと心配なんです。
 コスモ・サンダーをきちんとした組織にすること、それがあの人の使命だった。だけど、それが終わったとあの人が思ったら危ないんです。
 もし…、もし、あの人が死んでしまったら……、コスモ・メタル社もコスモ・サンダーも終わりだということに、あの人は気づいていない。どれほど順調に見えても、まとまっているように見えても、中心を止めている楔がなくなれば、すぐにばらばらになる。いますぐ止めないと…」

 自分の心も粉々にくだけてしまう。修復できないほどに。

「アーシャ。本気であの男が自殺すると思っているのか?」
「本気でそう思っています」

 アレクセイは目に意志の力を込める。
 レイモンドは好きな相手の元に行きたいと、ただ、それだけを望んでいた。自分の責任を果たしたら、あの人はきっと…。

「キミが言うなら、あながち間違いではないのだろう……。わかったよ。コスモ・サンダーへでもどこへでも行ってきなさい。そして、間違いに気づいたらすぐに帰ってくるんだ。
 もしもキミの心配が本当になったら、あの男に死ぬことを思いとどまらせてから、ここへ帰ってくればいい。いいな」

 言い含めるようなクレイトス元帥の言葉にアレクセイは首を振る。

「いいえ。約束できません。あの人を思いとどまらせるのに、僕の命ひとつで足りるかどうか。もし、無理なら…。いえ、もし無理でも…、今度は、僕はあの人の手を離さない」
「アーシャ! あの男が死ぬなら、キミも死ぬというのか!
 それほど…、それほどあの男が大切なのか。連合宇宙軍より、元帥の座より…」
「僕はもう、自分を含めて誰にも嘘はつきません。あの人のそばにいたいのです」
「アーシャ。わたしが身を張って阻止すると言ったら、どうする?」
 クレイトスがいつの間に抜いたのだろうか、アレクセイに銃を突き付けていた。
「……、今、殺されるわけにはいかない」

 アーシャは素早く銃をもぎとった。そして、申し訳ありません、というと、首筋に手刀を叩き込む。
 ガクリと倒れた元帥に向かって、アレクセイは最敬礼をした。

「これまで、ありがとうございました」

 元帥の執務室を出たアレクセイは足早に宙港へと向かったのである。


 セントラルから飛び出したアレクセイは、宇宙船の進路を極東へと取った。
 コスモ・メタル社本社は極東地区である。レイモンドはコスモ・サンダーの本部ではなく、極東地区にいる気がした。
 懇親会が終わってすぐにレイモンドが出発したとしたら、遅れること12時間。アレクセイは操縦席で仮眠を取る程度で、極東地区までの40数時間を休みもせずに操縦し続けた。

 極東地区の見慣れた宙域が現れたとき、アレクセイはほっと息をついた。
 2年ぶりだったが、アレクセイはためらいもせず、ルイーズのコスモ・サンダー極東基地へ連絡を入れる。それも、周波数79.3ヘルツ、一般には知られていない専用回線を使ってだ。

「惑星ルイーズ管制塔」

 管制官の声を耳にして、アレクセイはひとつ深呼吸をしてから、通信に向かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

処理中です...