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6 退官願い
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翌朝である。
「とても正気とは思えない。考え直しなさい」
クレイトス元帥は、いつも冷静なアレクセイのらしからぬ発言に、ただただ驚いていた。
昨日までのアレクセイと今朝のアレクセイは別人だった。頑固で強引で、人の意見など聞く耳を持たない。クレイトスの言葉はまったく素通りである。
「キミはわたしの第一補佐官だ。辞めると言っても引き継ぎやなんやかや、それなりの手順があるだろう。それに、わたしはキミが辞めるのを黙ってみている気はない」
言葉を尽くして引き留めても、脅しをかけても、アレクセイは連合宇宙軍をいますぐ辞めると繰り返すだけ。
「申し訳ありません。恩を仇で返すようなことをしているとわかっています。それでも、今すぐ行かなければ…」
間に合わないかもしれない。こうして話している間ももどかしい。
自分の判断が間違っているのならそれでもいい。誰かがレイモンドの心情に気づいて、止めてくれるならそれでもいい。
でも。
もし誰も気づかず、あの人が行動を起こしてしまったら、追っていくのは難しい。操縦にかけて、レイモンドに敵う人はいないのだ。
アレクセイはあせっていた。
レイモンドを亡くしたくはない。それだけは、どうしてもイヤだった。
どれほど厚顔無恥だといわれようとも、誰に顔向けできなくなろうとも。そんなことはかまわない。僕の命を賭して止めてみせる。
アレクセイは決心していた。
自分の最も価値あることのために命を張ろうと。
「馬鹿馬鹿しい。連合宇宙軍を辞めてコスモ・サンダーに戻るだと。昨晩パーティで、コスモ・サンダーの総督に会ったからと言って、なぜ、今日、宇宙軍を辞めねばならないんだ。コスモ・サンダーに戻るなど論外だ。キミは連合宇宙軍の将官だと知れ渡っているんだぞ。
それに、あの男はわたしにアーシャを託したのだ。大切にしてくれ。よろしく頼むと言われた。キミも聞いていただろう。だから、アーシャ。キミは宇宙軍で…」
「やめてください。そんな話、聞きたくない! 僕は宇宙軍をいますぐ辞める。あなたに許してもらおう、認めてもらおうなどと虫のいいことは考えていません。ただ、報告に来ただけです。クレイトス元帥、もう、僕を宇宙軍から解放してください」
「なっ。アーシャ、わたしがいつキミを縛り付けた。キミはそんなつもりだったのか!」
クレイトスはキッとアーシャを睨み付けた。それでも、アレクセイはまったく動じない。
「これ以上、話しても無駄ですね。お世話になりました」
きびすを返すアレクセイの腕をクレイトスがぐいとつかむ。
「待て、アーシャ。せめて理由を聞かせてくれ」
元帥の懇願に、アレクセイは一瞬、ひるむ。
「理由くらい聞かせてくれても、いいだろう?」
なだめるように言われて、アレクセイはしぶしぶうなずいた。自分でも理論的に説明できないことを納得させることができるだろうか。
「……気づいてしまったんです。あの人が死ぬ気でいるってことに」
「はっ? 何を言っているんだ。あれだけ生命力に満ちあふれている男が、死んだりするものか。コスモ・メタル社は順調だし、コスモ・サンダーの方も問題はないんだろう。どこに死ぬ理由がある?」
「順調すぎるほど順調だから。コスモ・サンダーはもう大丈夫だと、自分がいなくてもやっていけると、あの人が思っているんじゃないかと心配なんです。
コスモ・サンダーをきちんとした組織にすること、それがあの人の使命だった。だけど、それが終わったとあの人が思ったら危ないんです。
もし…、もし、あの人が死んでしまったら……、コスモ・メタル社もコスモ・サンダーも終わりだということに、あの人は気づいていない。どれほど順調に見えても、まとまっているように見えても、中心を止めている楔がなくなれば、すぐにばらばらになる。いますぐ止めないと…」
自分の心も粉々にくだけてしまう。修復できないほどに。
「アーシャ。本気であの男が自殺すると思っているのか?」
「本気でそう思っています」
アレクセイは目に意志の力を込める。
レイモンドは好きな相手の元に行きたいと、ただ、それだけを望んでいた。自分の責任を果たしたら、あの人はきっと…。
「キミが言うなら、あながち間違いではないのだろう……。わかったよ。コスモ・サンダーへでもどこへでも行ってきなさい。そして、間違いに気づいたらすぐに帰ってくるんだ。
もしもキミの心配が本当になったら、あの男に死ぬことを思いとどまらせてから、ここへ帰ってくればいい。いいな」
言い含めるようなクレイトス元帥の言葉にアレクセイは首を振る。
「いいえ。約束できません。あの人を思いとどまらせるのに、僕の命ひとつで足りるかどうか。もし、無理なら…。いえ、もし無理でも…、今度は、僕はあの人の手を離さない」
「アーシャ! あの男が死ぬなら、キミも死ぬというのか!
それほど…、それほどあの男が大切なのか。連合宇宙軍より、元帥の座より…」
「僕はもう、自分を含めて誰にも嘘はつきません。あの人のそばにいたいのです」
「アーシャ。わたしが身を張って阻止すると言ったら、どうする?」
クレイトスがいつの間に抜いたのだろうか、アレクセイに銃を突き付けていた。
「……、今、殺されるわけにはいかない」
アーシャは素早く銃をもぎとった。そして、申し訳ありません、というと、首筋に手刀を叩き込む。
ガクリと倒れた元帥に向かって、アレクセイは最敬礼をした。
「これまで、ありがとうございました」
元帥の執務室を出たアレクセイは足早に宙港へと向かったのである。
セントラルから飛び出したアレクセイは、宇宙船の進路を極東へと取った。
コスモ・メタル社本社は極東地区である。レイモンドはコスモ・サンダーの本部ではなく、極東地区にいる気がした。
懇親会が終わってすぐにレイモンドが出発したとしたら、遅れること12時間。アレクセイは操縦席で仮眠を取る程度で、極東地区までの40数時間を休みもせずに操縦し続けた。
極東地区の見慣れた宙域が現れたとき、アレクセイはほっと息をついた。
2年ぶりだったが、アレクセイはためらいもせず、ルイーズのコスモ・サンダー極東基地へ連絡を入れる。それも、周波数79.3ヘルツ、一般には知られていない専用回線を使ってだ。
「惑星ルイーズ管制塔」
管制官の声を耳にして、アレクセイはひとつ深呼吸をしてから、通信に向かった。
「とても正気とは思えない。考え直しなさい」
クレイトス元帥は、いつも冷静なアレクセイのらしからぬ発言に、ただただ驚いていた。
昨日までのアレクセイと今朝のアレクセイは別人だった。頑固で強引で、人の意見など聞く耳を持たない。クレイトスの言葉はまったく素通りである。
「キミはわたしの第一補佐官だ。辞めると言っても引き継ぎやなんやかや、それなりの手順があるだろう。それに、わたしはキミが辞めるのを黙ってみている気はない」
言葉を尽くして引き留めても、脅しをかけても、アレクセイは連合宇宙軍をいますぐ辞めると繰り返すだけ。
「申し訳ありません。恩を仇で返すようなことをしているとわかっています。それでも、今すぐ行かなければ…」
間に合わないかもしれない。こうして話している間ももどかしい。
自分の判断が間違っているのならそれでもいい。誰かがレイモンドの心情に気づいて、止めてくれるならそれでもいい。
でも。
もし誰も気づかず、あの人が行動を起こしてしまったら、追っていくのは難しい。操縦にかけて、レイモンドに敵う人はいないのだ。
アレクセイはあせっていた。
レイモンドを亡くしたくはない。それだけは、どうしてもイヤだった。
どれほど厚顔無恥だといわれようとも、誰に顔向けできなくなろうとも。そんなことはかまわない。僕の命を賭して止めてみせる。
アレクセイは決心していた。
自分の最も価値あることのために命を張ろうと。
「馬鹿馬鹿しい。連合宇宙軍を辞めてコスモ・サンダーに戻るだと。昨晩パーティで、コスモ・サンダーの総督に会ったからと言って、なぜ、今日、宇宙軍を辞めねばならないんだ。コスモ・サンダーに戻るなど論外だ。キミは連合宇宙軍の将官だと知れ渡っているんだぞ。
それに、あの男はわたしにアーシャを託したのだ。大切にしてくれ。よろしく頼むと言われた。キミも聞いていただろう。だから、アーシャ。キミは宇宙軍で…」
「やめてください。そんな話、聞きたくない! 僕は宇宙軍をいますぐ辞める。あなたに許してもらおう、認めてもらおうなどと虫のいいことは考えていません。ただ、報告に来ただけです。クレイトス元帥、もう、僕を宇宙軍から解放してください」
「なっ。アーシャ、わたしがいつキミを縛り付けた。キミはそんなつもりだったのか!」
クレイトスはキッとアーシャを睨み付けた。それでも、アレクセイはまったく動じない。
「これ以上、話しても無駄ですね。お世話になりました」
きびすを返すアレクセイの腕をクレイトスがぐいとつかむ。
「待て、アーシャ。せめて理由を聞かせてくれ」
元帥の懇願に、アレクセイは一瞬、ひるむ。
「理由くらい聞かせてくれても、いいだろう?」
なだめるように言われて、アレクセイはしぶしぶうなずいた。自分でも理論的に説明できないことを納得させることができるだろうか。
「……気づいてしまったんです。あの人が死ぬ気でいるってことに」
「はっ? 何を言っているんだ。あれだけ生命力に満ちあふれている男が、死んだりするものか。コスモ・メタル社は順調だし、コスモ・サンダーの方も問題はないんだろう。どこに死ぬ理由がある?」
「順調すぎるほど順調だから。コスモ・サンダーはもう大丈夫だと、自分がいなくてもやっていけると、あの人が思っているんじゃないかと心配なんです。
コスモ・サンダーをきちんとした組織にすること、それがあの人の使命だった。だけど、それが終わったとあの人が思ったら危ないんです。
もし…、もし、あの人が死んでしまったら……、コスモ・メタル社もコスモ・サンダーも終わりだということに、あの人は気づいていない。どれほど順調に見えても、まとまっているように見えても、中心を止めている楔がなくなれば、すぐにばらばらになる。いますぐ止めないと…」
自分の心も粉々にくだけてしまう。修復できないほどに。
「アーシャ。本気であの男が自殺すると思っているのか?」
「本気でそう思っています」
アレクセイは目に意志の力を込める。
レイモンドは好きな相手の元に行きたいと、ただ、それだけを望んでいた。自分の責任を果たしたら、あの人はきっと…。
「キミが言うなら、あながち間違いではないのだろう……。わかったよ。コスモ・サンダーへでもどこへでも行ってきなさい。そして、間違いに気づいたらすぐに帰ってくるんだ。
もしもキミの心配が本当になったら、あの男に死ぬことを思いとどまらせてから、ここへ帰ってくればいい。いいな」
言い含めるようなクレイトス元帥の言葉にアレクセイは首を振る。
「いいえ。約束できません。あの人を思いとどまらせるのに、僕の命ひとつで足りるかどうか。もし、無理なら…。いえ、もし無理でも…、今度は、僕はあの人の手を離さない」
「アーシャ! あの男が死ぬなら、キミも死ぬというのか!
それほど…、それほどあの男が大切なのか。連合宇宙軍より、元帥の座より…」
「僕はもう、自分を含めて誰にも嘘はつきません。あの人のそばにいたいのです」
「アーシャ。わたしが身を張って阻止すると言ったら、どうする?」
クレイトスがいつの間に抜いたのだろうか、アレクセイに銃を突き付けていた。
「……、今、殺されるわけにはいかない」
アーシャは素早く銃をもぎとった。そして、申し訳ありません、というと、首筋に手刀を叩き込む。
ガクリと倒れた元帥に向かって、アレクセイは最敬礼をした。
「これまで、ありがとうございました」
元帥の執務室を出たアレクセイは足早に宙港へと向かったのである。
セントラルから飛び出したアレクセイは、宇宙船の進路を極東へと取った。
コスモ・メタル社本社は極東地区である。レイモンドはコスモ・サンダーの本部ではなく、極東地区にいる気がした。
懇親会が終わってすぐにレイモンドが出発したとしたら、遅れること12時間。アレクセイは操縦席で仮眠を取る程度で、極東地区までの40数時間を休みもせずに操縦し続けた。
極東地区の見慣れた宙域が現れたとき、アレクセイはほっと息をついた。
2年ぶりだったが、アレクセイはためらいもせず、ルイーズのコスモ・サンダー極東基地へ連絡を入れる。それも、周波数79.3ヘルツ、一般には知られていない専用回線を使ってだ。
「惑星ルイーズ管制塔」
管制官の声を耳にして、アレクセイはひとつ深呼吸をしてから、通信に向かった。
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