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8 拉致
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ホテルの一室。
喉が乾いて目が覚めた。
インシャラーからクリスタル号を操縦しずめで、キケロについてからもビッグ・ファットと渡り合った。気を抜く暇がなくて、身体よりも精神的に疲れていたのだ。
プリズムから部屋に戻ると、文字どおりベッドに倒れ込んだレイである。
3~4時間は眠ったのだろう、目が覚めた時にはだいぶん疲れがとれていた。窓の外で夜の闇が色あせていく。もうすぐ夜明けだ。
それなのに、人の気配がない。
リュウのベッドが使われた様子がないのに気づいて、がばっと跳ね起きた。
「おとななんだから自分で責任を持て」と言った手前、店の真ん中で声を張りあげるわけにはいかなかった。
ひとりにしておくのは心配だとも、まだ子どもなんだからとも言えなかった。それに、女を抱き寄せたリュウが一人前の男に見えて驚いたのだ。
背を向けて歩み出せば、すぐに後を追ってくるとうぬぼれていた。ホテルに帰るまでには追いついてくるはずだと。これまでリュウは、いつも俺の後をついてきたから。
なのに今夜は…、まだ戻ってこない。
俺をひとりにして、あの女とどこかへ行ったのだろうか。あれほど疲れていなかったら、自分が誰かと消えていたかもしれないから、文句を言う筋合いはないが。
「リュウはおとなだからな」とざわつく心を無理に納得させる。
ランディなら朝まで帰ってこなくても気にならないのに。
でも、リュウは相棒とは違う。俺はこれでも一応、保護者なんだからな。親の前では、いい子にしてるもんだろっ。
もしかして飲みつぶれてるんじゃないだろうか。
強くもないのに、酒をあおっていた姿を思い出して心配になる。しかし、そんなこと男にはよくあると考え直す。
腹立たしさと心配が入り交じって頭が冴えてきた。いつもなら、まだ眠っている時刻なのに。
「あ~あ。子離れするのも楽じゃないね」
ぼやきながらベッドを抜け出す。
仕方ないからシャワーを浴びることにした。熱い湯と冷たい水を交互に浴びて、頭をすっきりさせる。
俺はリュウに冷たかっただろうか。厳しい顔を見せていればいい部下たちとは違って、おとなになりかけたリュウの扱いにとまどっていた。しかも、リュウは生徒でも部下でもなく、弟なのだ。
考えながら、レイはふっと微笑む。
こんなつまらないことで悩むなんて10年前には思いもよらなかった、と。
マリオンに厳しく鍛えられ、躾られた自分と比べて、自分のリュウに対する態度は甘かったと思う。
あれほどではなくても、もう少し鍛えておけばよかった。放っておいても大丈夫だと確信が持てるくらいに。心配など馬鹿げていると考えられるくらいに。
でも…、リュウはやさしくて温かい男に育ってくれたじゃないか。俺とは違って、育ててくれた男に刃向かうことなどないだろう。それだけは自信がある。
ひとを育てるのは難しい。それがわかっただけでも、俺は成長したんだろうな。
ぼおっと考えていた。
目が何度も時計を確かめる。もう、8時前だ。予約をした星間連絡船の出港は何時だっただろうか。9時。それとも10時。どちらにしても、そろそろ戻ってこないと乗り遅れてしまう。
俺が無理に予約をいれたから、わざと反抗しているのか? いや、あいつはそんなことはしない。それなら、どうしたんだ?
レイは狭いホテルの部屋をいらいらと歩き回った。探しに行こうにもプリズムは閉まっているし、探しようがない。勝手にしろと開き直れたらいいのにとレイが思っているところへ、ルルルルル…と通話機がなった。
「はい?」
急いで取り上げると、ホテルの受付嬢の事務的な声。
「阿刀野リュウさんから通話が入っています。おつなぎしますか?」
ほっとした途端、猛烈な怒りが湧いてきた。
「つないでください」
そういう声がすでに尖っている。
「…もしもし……」
リュウの声が遠くに聞こえた。
「いったい、何時だと思ってる。遊ぶにしても程がある! 出港の時間はわかってるだろっ」
通話機に厳しい声を叩きつけていた。その昔、部下たちが恐れた容赦のない口調。
「おまえが、こんなにだらしがないとは思わなかった。今すぐに戻ってこい。戻ってこないなら、俺にも考えがあるからな!」
返事がない。
「なぜ黙ってる。俺を怒らせたいのかっ!」
普段冷静なレイにしては珍しいほどの激昂ぶりである。
「…ごめん、レイ…。あの…」
「…ふっ。俺だって、おまえに文句など言いたくない。嫌なら帰ってこなくてもかまわない。俺は、自分勝手でひとの迷惑も考えないやつの顔など見たくもない」
本気で腹を立てたのは久しぶりだ。
怒りで震える声を意志の力で押さえ込み、何とか低く冷たい調子を保つ。そのほうが相手に威圧感を与えるとレイは知っているのだ。
リュウは声もなく息を呑んだ。そのまま通話機を切りそうなレイの勢いに驚いたのか…、向こうで誰かがあわてて通話機をひったくった、ようだ。
知らない男の声が、通話機を通して耳に届く。
「阿刀野さんよ、まあ、ぼうやをそんなに責めてやるな。どうしようもなかったんだから…、俺たちのせいでぼうやがおまえさんに捨てられたんじゃ、寝覚めが悪いぜ」
「……っ、誰だ!」
「おまえに、ちょっと話があってな」
「……、話?」
「ああ。俺は平和に話し合いたかったんだが、ぼうやが手間取らせてくれた。素直に居場所を教えればいいものを、な」
「なにッ! リュウに何をしたッ!」
「いや、ホテルとおまえの名を聞き出すのに、少し可愛がっただけだ」
レイはぎりっ、とくちびるを噛んだ。冷静にならなければいけない。
「……、それで。俺に何の用だ」
「それは、お会いして話したいもんだな」
「何だと?」
「いや、こちらへご足労願いたいと思ってな。おまえのかわいいぼうやがどうなってもいいなら話は別だが。ボディガードか、恋人かは知らないが…」
圧倒的に優位に立つ通話機の向こうの男は、笑っているようだ。
そうか、リュウは俺のせいで面倒に巻き込まれたのか。
ビッグ・ファットが裏切ったのか。それとも、賞金稼ぎに俺の正体がバレたのか。酷いことを言ってしまった。俺のせいだったのに。
「おまえは、俺が、誰だか、知った上で、脅しているのか?」
一言ずつ、言葉を切って確かめるように訊く。
「阿刀野レイさん、だろ。昨日、『レパレ』に宇宙船の修理を頼んだ」
くそっ。ビッグ・ファットのやつ! 脅しが足りなかったか。
「ああ、それがどうした」
「こっちは迷惑してんだ!」
「なぜ?」
「なぜだと。こらぁ~、そんなこともわからんのかぁ! なめんなよ。先に修理を頼んでたのはこっちだぞ。後から割り込みやがって、いい根性してるじゃねえか!」
相手の言い分を聞いて、レイの肩からほっと力が抜けた。
正体を知られた訳ではなかったのだ。宇宙軍やプロの賞金稼ぎが相手ではなく、その辺のならず者なら、リュウを助けだすのは難しくない。
「そうか。それは済まなかったな。俺はどうすればいいんだ」
下手に出たレイに、相手は嵩にかかってきた。
「いいねえ、そんな風に素直に謝ってもらえるとは思わなかった。とにかく、こっちへ来てもらおうか。おまえの大切なぼうやも待ってることだしな」
「どこへだ?」
「安心しろ。迎えのものをやった。もう着くはずだ。逆らえばこいつの命はないぜ」
「わかった」
通話を切ると、タイミングを見計らったようにノックの音。
レイはブーツにすばやくナイフを隠して、ドアを開いた。二人組の男を見て小さく両手を上げる。危険なものは持っていないという証にである。
「話は聞いた。案内してくれ」
まるで、自分の部下に案内しろと命じるようなレイの冷静できっぱりした態度に、男たちが顔を見合わせる。
こいつら素人だな。これなら、拳銃くらい隠し持っていけたかも知れないと思いながら、レイが言う。
「ボディ・チェックはいいのか?」
適切な指摘に、「おまえは黙ってろ」と睨みつけてから、男のひとりがレイの身体を探る。
もちろん、ブーツに隠したナイフが見つかるはずもない。男たちはレイを挟むような形で、ホテルの外へと連れ出した。拘束することもなく。
リュウが捕まっていなければ、こんな男たちなど相手にもならない。格下もいいところだ…。
喉が乾いて目が覚めた。
インシャラーからクリスタル号を操縦しずめで、キケロについてからもビッグ・ファットと渡り合った。気を抜く暇がなくて、身体よりも精神的に疲れていたのだ。
プリズムから部屋に戻ると、文字どおりベッドに倒れ込んだレイである。
3~4時間は眠ったのだろう、目が覚めた時にはだいぶん疲れがとれていた。窓の外で夜の闇が色あせていく。もうすぐ夜明けだ。
それなのに、人の気配がない。
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「おとななんだから自分で責任を持て」と言った手前、店の真ん中で声を張りあげるわけにはいかなかった。
ひとりにしておくのは心配だとも、まだ子どもなんだからとも言えなかった。それに、女を抱き寄せたリュウが一人前の男に見えて驚いたのだ。
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なのに今夜は…、まだ戻ってこない。
俺をひとりにして、あの女とどこかへ行ったのだろうか。あれほど疲れていなかったら、自分が誰かと消えていたかもしれないから、文句を言う筋合いはないが。
「リュウはおとなだからな」とざわつく心を無理に納得させる。
ランディなら朝まで帰ってこなくても気にならないのに。
でも、リュウは相棒とは違う。俺はこれでも一応、保護者なんだからな。親の前では、いい子にしてるもんだろっ。
もしかして飲みつぶれてるんじゃないだろうか。
強くもないのに、酒をあおっていた姿を思い出して心配になる。しかし、そんなこと男にはよくあると考え直す。
腹立たしさと心配が入り交じって頭が冴えてきた。いつもなら、まだ眠っている時刻なのに。
「あ~あ。子離れするのも楽じゃないね」
ぼやきながらベッドを抜け出す。
仕方ないからシャワーを浴びることにした。熱い湯と冷たい水を交互に浴びて、頭をすっきりさせる。
俺はリュウに冷たかっただろうか。厳しい顔を見せていればいい部下たちとは違って、おとなになりかけたリュウの扱いにとまどっていた。しかも、リュウは生徒でも部下でもなく、弟なのだ。
考えながら、レイはふっと微笑む。
こんなつまらないことで悩むなんて10年前には思いもよらなかった、と。
マリオンに厳しく鍛えられ、躾られた自分と比べて、自分のリュウに対する態度は甘かったと思う。
あれほどではなくても、もう少し鍛えておけばよかった。放っておいても大丈夫だと確信が持てるくらいに。心配など馬鹿げていると考えられるくらいに。
でも…、リュウはやさしくて温かい男に育ってくれたじゃないか。俺とは違って、育ててくれた男に刃向かうことなどないだろう。それだけは自信がある。
ひとを育てるのは難しい。それがわかっただけでも、俺は成長したんだろうな。
ぼおっと考えていた。
目が何度も時計を確かめる。もう、8時前だ。予約をした星間連絡船の出港は何時だっただろうか。9時。それとも10時。どちらにしても、そろそろ戻ってこないと乗り遅れてしまう。
俺が無理に予約をいれたから、わざと反抗しているのか? いや、あいつはそんなことはしない。それなら、どうしたんだ?
レイは狭いホテルの部屋をいらいらと歩き回った。探しに行こうにもプリズムは閉まっているし、探しようがない。勝手にしろと開き直れたらいいのにとレイが思っているところへ、ルルルルル…と通話機がなった。
「はい?」
急いで取り上げると、ホテルの受付嬢の事務的な声。
「阿刀野リュウさんから通話が入っています。おつなぎしますか?」
ほっとした途端、猛烈な怒りが湧いてきた。
「つないでください」
そういう声がすでに尖っている。
「…もしもし……」
リュウの声が遠くに聞こえた。
「いったい、何時だと思ってる。遊ぶにしても程がある! 出港の時間はわかってるだろっ」
通話機に厳しい声を叩きつけていた。その昔、部下たちが恐れた容赦のない口調。
「おまえが、こんなにだらしがないとは思わなかった。今すぐに戻ってこい。戻ってこないなら、俺にも考えがあるからな!」
返事がない。
「なぜ黙ってる。俺を怒らせたいのかっ!」
普段冷静なレイにしては珍しいほどの激昂ぶりである。
「…ごめん、レイ…。あの…」
「…ふっ。俺だって、おまえに文句など言いたくない。嫌なら帰ってこなくてもかまわない。俺は、自分勝手でひとの迷惑も考えないやつの顔など見たくもない」
本気で腹を立てたのは久しぶりだ。
怒りで震える声を意志の力で押さえ込み、何とか低く冷たい調子を保つ。そのほうが相手に威圧感を与えるとレイは知っているのだ。
リュウは声もなく息を呑んだ。そのまま通話機を切りそうなレイの勢いに驚いたのか…、向こうで誰かがあわてて通話機をひったくった、ようだ。
知らない男の声が、通話機を通して耳に届く。
「阿刀野さんよ、まあ、ぼうやをそんなに責めてやるな。どうしようもなかったんだから…、俺たちのせいでぼうやがおまえさんに捨てられたんじゃ、寝覚めが悪いぜ」
「……っ、誰だ!」
「おまえに、ちょっと話があってな」
「……、話?」
「ああ。俺は平和に話し合いたかったんだが、ぼうやが手間取らせてくれた。素直に居場所を教えればいいものを、な」
「なにッ! リュウに何をしたッ!」
「いや、ホテルとおまえの名を聞き出すのに、少し可愛がっただけだ」
レイはぎりっ、とくちびるを噛んだ。冷静にならなければいけない。
「……、それで。俺に何の用だ」
「それは、お会いして話したいもんだな」
「何だと?」
「いや、こちらへご足労願いたいと思ってな。おまえのかわいいぼうやがどうなってもいいなら話は別だが。ボディガードか、恋人かは知らないが…」
圧倒的に優位に立つ通話機の向こうの男は、笑っているようだ。
そうか、リュウは俺のせいで面倒に巻き込まれたのか。
ビッグ・ファットが裏切ったのか。それとも、賞金稼ぎに俺の正体がバレたのか。酷いことを言ってしまった。俺のせいだったのに。
「おまえは、俺が、誰だか、知った上で、脅しているのか?」
一言ずつ、言葉を切って確かめるように訊く。
「阿刀野レイさん、だろ。昨日、『レパレ』に宇宙船の修理を頼んだ」
くそっ。ビッグ・ファットのやつ! 脅しが足りなかったか。
「ああ、それがどうした」
「こっちは迷惑してんだ!」
「なぜ?」
「なぜだと。こらぁ~、そんなこともわからんのかぁ! なめんなよ。先に修理を頼んでたのはこっちだぞ。後から割り込みやがって、いい根性してるじゃねえか!」
相手の言い分を聞いて、レイの肩からほっと力が抜けた。
正体を知られた訳ではなかったのだ。宇宙軍やプロの賞金稼ぎが相手ではなく、その辺のならず者なら、リュウを助けだすのは難しくない。
「そうか。それは済まなかったな。俺はどうすればいいんだ」
下手に出たレイに、相手は嵩にかかってきた。
「いいねえ、そんな風に素直に謝ってもらえるとは思わなかった。とにかく、こっちへ来てもらおうか。おまえの大切なぼうやも待ってることだしな」
「どこへだ?」
「安心しろ。迎えのものをやった。もう着くはずだ。逆らえばこいつの命はないぜ」
「わかった」
通話を切ると、タイミングを見計らったようにノックの音。
レイはブーツにすばやくナイフを隠して、ドアを開いた。二人組の男を見て小さく両手を上げる。危険なものは持っていないという証にである。
「話は聞いた。案内してくれ」
まるで、自分の部下に案内しろと命じるようなレイの冷静できっぱりした態度に、男たちが顔を見合わせる。
こいつら素人だな。これなら、拳銃くらい隠し持っていけたかも知れないと思いながら、レイが言う。
「ボディ・チェックはいいのか?」
適切な指摘に、「おまえは黙ってろ」と睨みつけてから、男のひとりがレイの身体を探る。
もちろん、ブーツに隠したナイフが見つかるはずもない。男たちはレイを挟むような形で、ホテルの外へと連れ出した。拘束することもなく。
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