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7 昔の夢
しおりを挟むえっ!
おずおず瞳をとらえると、
「1カ月ください。必ずおまえを取り戻します。だから、自分を傷つけたりしない。いいですね」
マリオンがきっぱりと言いきった。俺は胸にわきあがる喜びを押さえながら首をカクカクと縦にふる。
「迎えに来るまで、クラーク補佐官の言うことを聞いてトレーニングをすること。逆らったり、手を抜いたりしてはダメですよ。クラークの言うことはわたしの言うことだと思って命令に従いなさい。
もし、もう一度クラークがおまえに困らされているという話を聞いたら、二度とわたしに会うことはないと思いなさい。
それから。次に会うときまでに、しっかり身体を鍛えておくように。クラークのメニューで足りなければ自分で自分を鍛えなさい。きちんとやっておかないと…、おまえは泣いたりしないと誓ってくれたけれど、間違いなく泣くことになります」
小さな子どもにでも言い聞かせるように、マリオンはひと言ひと言、区切って話す。
「わかりましたか。レイモンド、返事は?」
「はい、わかりました」
もちろん、文句などあるはずがない。
マリオンはこれで話がついたというように俺の肩をぽんとたたいた。
やさしい笑みが消えて、いつもの冷たい表情に戻ったマリオンが言う。
「涙を拭きなさい。クラーク補佐官のところへ行きます」
マリオンが先に立って、カチャリとドアを開けた。そして、ソファに座っていたクラークの前へと俺を伴っていった。
「クラーク補佐官。申し訳ありませんでした。レイモンドにはきちんと言い聞かせました。これからこの子があなたの命令に逆らうことはありません。存分に鍛えてやってください」
疑いの目で俺たちの顔を見比べていたクラークの前にピシッと立って、頭を下げる。
「反省しています。申し訳ありませんでした」
ほお~という顔をしたクラークがマリオンをチラリと見た。
「おまえは俺の指示に従うと誓えるのか」
「はい」
迷うことなく応える。マリオンのところへ戻るためなら、何だってやる。
「そうか。それなら、今回だけは許してやる。明日から、厳しく鍛えるから覚悟しておけよ」
口調はきついが、ほっとしたような響きが感じられた。
「はいっ」
短いやりとりの後で、マリオンが口を開いた。
「クラーク補佐官。今回のレイモンドの態度や行動は、到底許せることではないと思います。厳しい罰を与えてください。本人も覚悟はできていると思いますし、わたしも、レイモンドを甘やかしてもらいたくありません。
ただし、思いつきで殴ったり、蹴ったりは控えてもらいたい。それに、レイモンドがこんな顔で出歩いたら、あなたの評価も下がるでしょう」
場当たり的な暴行に対して釘を差したマリオンにクラークは顔をしかめる。
「罰を与えろと言っておきながら、殴るなというのか?」
「いえ。それがあなたの指導法なら、わたしは口出ししませんが…」
レイモンドの指導に手こずっていると公言するようなことをしない方がよろしいのではと続いた言葉に、クラークが憤慨した調子で問いただす。
「それならおまえは、レイモンドが逆らったら、どうするんだ!」
間髪を入れずにマリオンが応える。逆らったことなど数えるほどなのに。
「尻を叩いていました。この子は賢いから、一度犯した過ちを何度も繰り返すことはしなかった。それほど罰を与えた覚えはないですが…」
それほど罰を与えた覚えはないなんて、うそだ!
「そんな子どもだましの罰で、こいつがおとなしく言うことを聞くのか?」
いかにも疑問だというクラークの台詞に、俺は心の中で『子どもだましの罰なんかじゃない』と叫ぶ。壁に手を突かされて、真っ赤になるまで尻をぶたれたときの気の遠くなりそうな痛みと火のでそうなほどの恥ずかしさを思い出す。
「ええ、よく効きましたよ。なんなら、試しにやって見せましょうか?」
平気な顔で言うマリオンに、俺は逃げ出したい思いを必死でこらえる。
クラークがイエスと言えば、マリオンは容赦なく尻を叩くだろう。俺が泣き叫ぶまで。
そうされても仕方のないことをしたのだが、それでも恐い。マリオンの罰を受けたくはない。
「いや、こいつの教育係は俺だ。俺の流儀でやるよ」
詰めていた息をそっと吐き出したのを、マリオンに見られた。その目が助かったなと言っているようだった。
「では、わたしはこれで失礼させていただきます。レイモンドをお願いします。レイモンド、わかっていますね」
「はい」
俺は胸を張って返事をした。
自分の部屋に戻ると、自然に笑みが浮かんでくる。1カ月とマリオンは言った。マリオンは絶対に約束を守ってくれる。だから、たった1カ月の辛抱だ。そうすれば、俺はマリオンのところに戻ることができる。
微笑みながら目を開くと…。リュウが両手を包み込んでいた。
「リュウ…」
レイは小さく呼びかけた。
「あっ、目が覚めた? うなされてたみたいだけど…」
「うなされてた? 昔の夢をみてたんだ…」
「そう」
ふと、リュウはレイが普通にしゃべっていることに気がついた。
「少しは、楽になったんだ」
「そう、みたいだね」
「もう、人ごとみたいに。何か食う? 俺が寝込んだときにレイがよく作ってくれたスープはどう? あれなら食えるんじゃないか」
レイの額に手を当てて熱をみながら聞く。まだかなり熱い。
「そう、だね。作ってくれる?」
「いいよ。待ってて」
と言い残して、リュウが部屋を後にした。
レイは、はあっと息を吐きながら、夢を思い出していた。夢と言うより、忘れていた過去と言う方が正確だが。
俺も可愛かったな。あの頃はまだ、ひとを頼りにしていた。あれからいろんなことがあった。俺の生き方を根底から覆すほどのことが、いくつも。
それにしても…、マリオンの腕に抱かれたことがあったなんて、すっかり忘れていた。くちびるの感触も。
マリオンが感情を顕わにしたのはあの時だけだった。やさしかったのも、俺を抱きしめてくれたのも。
そのほかの時は、いつも氷のようだった、と苦笑をもらす。
マリオンは今でも変わらないのだろうか。俺はこんなに変わったのに。
捨ててきた過去を懐かしんでいる自分に気がついて、レイは愕然とした。きっと病で弱っているんだ。あの頃のレイモンドはもういないのだから。
ああ、疲れた。もう少し、寝ていたい。
レイは再び、眠りに落ちていった。
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