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8 快復
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窓から入ってくる涼やかな風。
レースのカーテン越しに眩しいくらいの日差し。
ぱちり、と目が覚めた。夢うつつだったのが嘘のような爽やかな目覚めであった。
レイはベッドの上に起きあがると、クラクラする頭をもてあました。しかし、もう身体中にのしかかるような重い圧力はなくなっている。ふと見ると、リュウがベッドの端にうつぶせになって眠っていた。
その無防備な様子に、くすりと笑みをこぼす。起こさないようにベッドから抜け出すつもりだったのに、気配に気づいたリュウがガバッと跳ね起きた。
「レイ! 起き上がったりして、大丈夫なのか」
「ん。ちょっとふらつくけど」
「あ~、よかった。レイが寝込むなんて初めてだったから、俺、生きた心地がしなかったんだ」
「そう。ごめんね、心配かけて」
「いいよ、そんなこと。それより熱は?」
額に伸ばされた手を遮って
「下がったみたいだ」
「気分はどう?」
「まあまあ、かな」
と応えながら、まだ心配そうに見ているリュウにレイは微笑みかけた。
「あのね、俺の身体は俺がいちばんよく知ってる。心配ないよ」
「ここで無理して熱がぶり返したらどうするんだよ。医者は入院させろって言ったくらいなんだぞ。とにかく、横になれよレイ。しばらく何にも食べてないから、急に起きあがるとふらつくはずだ」
「ん~。俺も腹が減ったと思って、ベッドから抜け出そうかと…」
「そう。じゃあ、スープを温めてくるから、ベッドで寝てて」
「まるで、病人扱いだね」
という台詞にリュウはぎょっとして
「まるっきりの病人だろ! 看護人の言うことはおとなしく聞くもんだよ。ほらっ」
リュウはレイをベッドに押し戻した。レイは、もう大丈夫なのにと不服そうな顔をしていた。
「スープが食えたら、ベッドから出るのを許す」
争うのがしんどくて、レイは黙ってリュウの言うことを聞くことにした。
リュウは、スープを口に運ぶレイの様子をじっと見守っている。飲ませてやろうかとの申し出を、甘やかされるとくせになるとレイが断ったのだ。
「ねえ、リュウ。今日は何曜日?」
「水曜日。午後で、もうすぐ3時だ」
「えっ。水曜、それじゃあ…、5日も寝込んでたのか」
不思議そうにいうのに
「そうだよ。家に帰ってきたら、レイがソファに倒れ込んでたから、驚いたのなんの。すごい熱だったんだぞ」
「そう…、身体がだるくて、ちょっとだけソファで横になろうと思ったんだけど」
「げっ! 週末だからよかったものの。俺が帰らなかったらどうなってたかと思うと、ぞっとするよ」
リュウは真顔だ。
「仕事にいかなかったらランディが連絡してくる。連絡がつかなかったら、見に来て…、あちゃ、そう言えばまた仕事を…」
言いかけたのをリュウが遮る。
「月曜の朝、ランディに連絡しておいた。なんとかするから、しっかり休養するようにって言ってたよ」
「そう。ありがとう」
と言ってからハッと気がついたように、
「おまえ、士官訓練センターは?」
「そっちも、ちゃんと月曜の朝に連絡を入れた。事情を話して休ませてもらってる」
「でも…」
「大丈夫だよ、心配することない。レイはしっかり寝て、食べて、病気を治すこと」
断固とした口調である。しかし、リュウに迷惑をかけているのに違いはない。
「リュウ、俺はもう平気だから。おまえは士官訓練センターに戻りなさい。毎日身体を動かしてないと、辛いよ。1週間近く、さぼってるじゃない」
「大丈夫だって。ちょうど10月から新しいクラス編成になってるから。まだ、きっと始まったばかりだよ」
「新しいクラス?」
「うん。あ、そう言えば報告していなかった。実は、俺とルーインは1年飛ばしでスペシャル・クラスに組み込まれたんだ。うまくいったら、1年で修了できるんだって」
「へえ、すごいね。それなら、よけいに早く戻らないとダメじゃない」
今すぐ追い返されそうな勢いに、よくなったんだなという安心感と、でも…という不安がリュウの頭の中を交錯する。
「わかってるよ。明日の朝、レイが元気だったら戻る」
その話はもうおしまいと、リュウが断言した。
それよりも。
リュウには気になって仕方がないことがあるのだ。聞いてみたいが、昔のことに触れられるのをレイが嫌うから…。
しばらく心の中で葛藤していたが、穏やかに微笑んでいるレイを見ているうちに、ポロリと言葉がこぼれた。
「ねえ。マリオンってレイとどんな関係」
「……えっ。どうして」
「熱でうなされてる間中、マリオン、マリオンって呼んでたから…」
何気ない風を装ったけれど、リュウは思い切り傷ついていたのだ。
一度くらいはリュウって呼んでくれるかと思っていた。なのに、レイはリュウの名を一度も呼ばなかった。いちばん苦しい時に頼りにしてもらえなかった。
無意識の中でレイが助けを求めたのはマリオンだった。
「痛ッ…、その名を思い出させないでくれる。治りかけた病が悪くなるよ」
「……」
そんなスカした返事では納得できなかった。リュウはレイを黙って睨みつけた。
「わかったよ。話すよ。マリオンは…、おまえが思っているような関係じゃない」
「でも、レイは、俺よりマリオンにそばにいてほしかったんだろ?」
リュウが顔を歪めて言う。
「ちがうよ。いくら名前を呼んだからって、マリオンは大切な人でもなんでもない。俺に操縦や銃の扱いを教えてくれたのがマリオンだ。教育係ってやつ。いやってほどしごかれたし、簡単なミスも許してもらえなかった。だから、苦しいときに苦しかったことを思い出したんだよ、きっと。
…まあ、おかげで今まで生きて来られたんだから、文句は言わないけどね」
行かないでって、うわごとでそう言ってたんだけど。マリオンはレイの教育係だっただけ?
レイが誰かに命じられてトレーニングしたり、叱られている姿なんて思い浮かばない。
操縦がうまいのも、銃の腕が確かなのもその男のおかげ。
「マリオンは厳しかったのか?」
「冷酷非情。情け容赦なし。俺は毎日泣いてたよ」
素早く、きっぱり返事が返された。
「レイが、泣いた?」
不審そうに問い返したリュウに、
「いくら、今、俺に体力や技術があって、宇宙船の操縦にかけては天才的な腕を持ってるっていってもね、誰にでも最初はあるんだよ。もしかして、リュウは俺が努力しなかったと思ってるわけ?
ああっ、もうっ。いやなことは、思い出したくないって言ってるだろ!」
夢に見ただけで、疲れ果ててしまう昔のことなんか。
レイにしては、珍しく余裕がなかった。言葉に感情がこもっていた。
リュウには、レイがマリオンに対してどんな思いを抱いていたのかはわからなかったが、レイの言葉にふたりの結びつきの強さを感じていた。
マリオン…。
俺とは違う形でレイと深く関わった男、俺の知らないレイを知っている男。
その時、俺は、確かにマリオンという男に嫉妬していた。
レースのカーテン越しに眩しいくらいの日差し。
ぱちり、と目が覚めた。夢うつつだったのが嘘のような爽やかな目覚めであった。
レイはベッドの上に起きあがると、クラクラする頭をもてあました。しかし、もう身体中にのしかかるような重い圧力はなくなっている。ふと見ると、リュウがベッドの端にうつぶせになって眠っていた。
その無防備な様子に、くすりと笑みをこぼす。起こさないようにベッドから抜け出すつもりだったのに、気配に気づいたリュウがガバッと跳ね起きた。
「レイ! 起き上がったりして、大丈夫なのか」
「ん。ちょっとふらつくけど」
「あ~、よかった。レイが寝込むなんて初めてだったから、俺、生きた心地がしなかったんだ」
「そう。ごめんね、心配かけて」
「いいよ、そんなこと。それより熱は?」
額に伸ばされた手を遮って
「下がったみたいだ」
「気分はどう?」
「まあまあ、かな」
と応えながら、まだ心配そうに見ているリュウにレイは微笑みかけた。
「あのね、俺の身体は俺がいちばんよく知ってる。心配ないよ」
「ここで無理して熱がぶり返したらどうするんだよ。医者は入院させろって言ったくらいなんだぞ。とにかく、横になれよレイ。しばらく何にも食べてないから、急に起きあがるとふらつくはずだ」
「ん~。俺も腹が減ったと思って、ベッドから抜け出そうかと…」
「そう。じゃあ、スープを温めてくるから、ベッドで寝てて」
「まるで、病人扱いだね」
という台詞にリュウはぎょっとして
「まるっきりの病人だろ! 看護人の言うことはおとなしく聞くもんだよ。ほらっ」
リュウはレイをベッドに押し戻した。レイは、もう大丈夫なのにと不服そうな顔をしていた。
「スープが食えたら、ベッドから出るのを許す」
争うのがしんどくて、レイは黙ってリュウの言うことを聞くことにした。
リュウは、スープを口に運ぶレイの様子をじっと見守っている。飲ませてやろうかとの申し出を、甘やかされるとくせになるとレイが断ったのだ。
「ねえ、リュウ。今日は何曜日?」
「水曜日。午後で、もうすぐ3時だ」
「えっ。水曜、それじゃあ…、5日も寝込んでたのか」
不思議そうにいうのに
「そうだよ。家に帰ってきたら、レイがソファに倒れ込んでたから、驚いたのなんの。すごい熱だったんだぞ」
「そう…、身体がだるくて、ちょっとだけソファで横になろうと思ったんだけど」
「げっ! 週末だからよかったものの。俺が帰らなかったらどうなってたかと思うと、ぞっとするよ」
リュウは真顔だ。
「仕事にいかなかったらランディが連絡してくる。連絡がつかなかったら、見に来て…、あちゃ、そう言えばまた仕事を…」
言いかけたのをリュウが遮る。
「月曜の朝、ランディに連絡しておいた。なんとかするから、しっかり休養するようにって言ってたよ」
「そう。ありがとう」
と言ってからハッと気がついたように、
「おまえ、士官訓練センターは?」
「そっちも、ちゃんと月曜の朝に連絡を入れた。事情を話して休ませてもらってる」
「でも…」
「大丈夫だよ、心配することない。レイはしっかり寝て、食べて、病気を治すこと」
断固とした口調である。しかし、リュウに迷惑をかけているのに違いはない。
「リュウ、俺はもう平気だから。おまえは士官訓練センターに戻りなさい。毎日身体を動かしてないと、辛いよ。1週間近く、さぼってるじゃない」
「大丈夫だって。ちょうど10月から新しいクラス編成になってるから。まだ、きっと始まったばかりだよ」
「新しいクラス?」
「うん。あ、そう言えば報告していなかった。実は、俺とルーインは1年飛ばしでスペシャル・クラスに組み込まれたんだ。うまくいったら、1年で修了できるんだって」
「へえ、すごいね。それなら、よけいに早く戻らないとダメじゃない」
今すぐ追い返されそうな勢いに、よくなったんだなという安心感と、でも…という不安がリュウの頭の中を交錯する。
「わかってるよ。明日の朝、レイが元気だったら戻る」
その話はもうおしまいと、リュウが断言した。
それよりも。
リュウには気になって仕方がないことがあるのだ。聞いてみたいが、昔のことに触れられるのをレイが嫌うから…。
しばらく心の中で葛藤していたが、穏やかに微笑んでいるレイを見ているうちに、ポロリと言葉がこぼれた。
「ねえ。マリオンってレイとどんな関係」
「……えっ。どうして」
「熱でうなされてる間中、マリオン、マリオンって呼んでたから…」
何気ない風を装ったけれど、リュウは思い切り傷ついていたのだ。
一度くらいはリュウって呼んでくれるかと思っていた。なのに、レイはリュウの名を一度も呼ばなかった。いちばん苦しい時に頼りにしてもらえなかった。
無意識の中でレイが助けを求めたのはマリオンだった。
「痛ッ…、その名を思い出させないでくれる。治りかけた病が悪くなるよ」
「……」
そんなスカした返事では納得できなかった。リュウはレイを黙って睨みつけた。
「わかったよ。話すよ。マリオンは…、おまえが思っているような関係じゃない」
「でも、レイは、俺よりマリオンにそばにいてほしかったんだろ?」
リュウが顔を歪めて言う。
「ちがうよ。いくら名前を呼んだからって、マリオンは大切な人でもなんでもない。俺に操縦や銃の扱いを教えてくれたのがマリオンだ。教育係ってやつ。いやってほどしごかれたし、簡単なミスも許してもらえなかった。だから、苦しいときに苦しかったことを思い出したんだよ、きっと。
…まあ、おかげで今まで生きて来られたんだから、文句は言わないけどね」
行かないでって、うわごとでそう言ってたんだけど。マリオンはレイの教育係だっただけ?
レイが誰かに命じられてトレーニングしたり、叱られている姿なんて思い浮かばない。
操縦がうまいのも、銃の腕が確かなのもその男のおかげ。
「マリオンは厳しかったのか?」
「冷酷非情。情け容赦なし。俺は毎日泣いてたよ」
素早く、きっぱり返事が返された。
「レイが、泣いた?」
不審そうに問い返したリュウに、
「いくら、今、俺に体力や技術があって、宇宙船の操縦にかけては天才的な腕を持ってるっていってもね、誰にでも最初はあるんだよ。もしかして、リュウは俺が努力しなかったと思ってるわけ?
ああっ、もうっ。いやなことは、思い出したくないって言ってるだろ!」
夢に見ただけで、疲れ果ててしまう昔のことなんか。
レイにしては、珍しく余裕がなかった。言葉に感情がこもっていた。
リュウには、レイがマリオンに対してどんな思いを抱いていたのかはわからなかったが、レイの言葉にふたりの結びつきの強さを感じていた。
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