宙(そら)に舞う。 〜レイとリュウ〜

星野そら

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2 宇宙船演習

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 アレクセイ・ミハイル・ザハロフがベルンの士官訓練センターにやってきてから一カ月が過ぎていた。
(宇宙軍ではミハイル・ザハロフで通っている。よほど親しい相手でないと、アレクセイもしくはアーシャとは呼ばない)。
 部屋にもどってほっと一息つく。そろそろ一度、総督代理に報告せねばならないとここ数日考えている。
 しかし、何をどんな風に報告すればいいだろうか。

 初日に思いがけずプリンスを見かけたこと。あの人は昔と同じように輝いていた。そして、見たこともない穏やかな笑みを浮かべていた…。無理だとわかっていながら、このままそっとしておけないものだろうかと考えてしまう。
 阿刀野リュウにはがっかりした。当然だが、普通の男だったから。だが、しばらくするうちに思いのほか力を持っていることもわかった。隊員から慕われ、頼りにされている。
 やさしさや素直さ、真っ直ぐな心は、プリンスに大切にされ、愛されてきた証だ。

 ミハイルの顔に笑みが浮かぶ。今日の演習で、阿刀野リュウは遅れを取ってリーダーに叱られていた。鮮やかな操縦をするルーイン・アドラーは僕よりずっとうまく阿刀野を鍛えているようだ。時折見せるテクニックがプリンスに似ている気がして、ドキリとする。阿刀野ではなくルーインの操縦にあの人がかぶるのが不思議…。
 ミハイルは何かを振り払うようにかぶりをふる。総督代理は阿刀野リュウやルーイン・アドラーなどどうでもいいだろう。では、何を報告すれば…。
 つらつら考えているとドアにノックの音が響いた。

 トンプソン教官が、軽い足取りで部屋に入ってきた。お気に入りの生徒たちのことを聞きにきたようである。

「戦闘艇演習はどうですか? スペシャル・クラスの連中は使い物になりそうですか」

 スペシャル・クラスの連中、と言ってもスティーブが気にしているのは、2人だけだ。阿刀野リュウとルーイン・アドラー。
 アレクセイは貴族的な面立ちに笑みを貼り付けて応えた。

「演習の指揮をルーイン・アドラーに任せていますが、手際よくやっていますよ。実践でもう少し鍛えないといけないだろうが、さすがに優れた軍人の血を引くアドラー家の息子ですね」

 ミハイルはルーインにお墨付きを与えた。チラリと目をやると、スティーブはまだ何か訊きたそうな様子である。あまり話題にしたくはないが仕方ない。

「阿刀野リュウは、そうですね。何とか宇宙船を飛ばせるというレベルです。宇宙軍の操縦士としては合格ラインぎりぎりというところでしょうか。艦隊の副操縦士程度なら務まるかも知れない。
 が…、トンプソン教官には申し訳ないがわたしは彼を操縦士として士官学校に推薦できるとは思いません」
「そう、ですか。スペシャル・クラスに入れるのが早すぎたかな。一年みっちり操縦を仕込んでからにすべきだった」

 スティーブが残念そうに言う。

「阿刀野は期待させる何かを持っている。いい士官になりそうな気がするんだが…」

 一年操縦を学んだからといって、操縦士のセンスが備わるわけではない。阿刀野リュウは、ほかのスペシャル・クラスのメンバーと同じようにトップレベルの操縦士としてのセンスが欠けているとミハイルは思う。
 彼の厳しい基準では、このクラスで操縦士としてやっていけるのはルーイン・アドラーだけだ。

「演習は始まったばかりですから。それに、操縦士としての力と兵士を指揮する力は別ですよ。わたしが士官学校へ誰を推薦するかは、様子を見て慎重に決めるつもりです」
「彼らの将来がかかっているから、慎重に見極めるべき、なんだろうなあ」

 スティーブは大きくうなずいた、が。
 ミハイルはスペシャル・クラスの若者たちのことなど少しも考えていなかった。3カ月限定の短い付き合いである。誰がどうなってもかまわない。宇宙軍の士官になろうが、どこへ消えようが。

 そう考えついたとき、阿刀野リュウのくったくのない笑顔が浮かんだ。
 あの人がいなくなった後、阿刀野リュウはどうするのだろうか。ここへ来るまではプリンスを捕まえるためだったらどんなことでもするつもりだった。
 しかし。
 阿刀野リュウはもうすぐ大切な人をなくした喪失感を味わうことになる。総督代理が味わったような深い喪失感を。コスモ・サンダーという組織の中にいてさえダメージは大きかったと思う。
 阿刀野リュウは訓練生にすぎない。士官学校へ進むか、宇宙軍に入るか、それとも民間企業で働くか。まだなにも決まっていない若者。立ち直れるのだろうか…。
 こんなことを考えている僕は、『おまえは甘い』と叱られるだろう。自分が考えた策なのに推し進めるのが辛くなっている。
 それなら、いっそ!

「どうかしましたか?」
 黙り込んだミハイルにスティーブが声をかける。
「いえ。士官訓練センターの教官は大変だと思い知らされています」 
 

 小規模宇宙船の演習が始まった。
 戦闘艇のように一人で操縦するものではなく、宙航士や通信士など最小限ではあるが何人かのメンバーが協力して一艘の宇宙船を扱うことになる。
 最初はザハロフ教官をキャプテンに、スペシャル・クラスのメンバー5名が順に役割を割り振りながら、操縦士、宙航士、通信士、砲術士などの業務をこなした。最終的に自分がどの部門のスペシャリストをめざすかは別にして、士官として宇宙船や宇宙艦に乗り組むなら知っておかねばならない基礎技術を一通り学ぶのだ。
 向き不向きで言うなら、ルーインはやはり操縦士であった。小さなミスさえ犯さない落ち着いた的確な操縦は、どんな宙域でも安心できる。ほかのメンバーもそれぞれ得意分野を持っていた。

 阿刀野リュウはというと、砲術の腕が抜群だった。しかし、浮遊物を吹き飛ばすことはできても敵艦にミサイルや砲を打ち込めるかとなると本人には自信がないようである。
 かといってコンピュータの知識が必要とされる通信士や宙航士になるには、まだまだ学ばねばならない知識が不足している。整備の腕もたいしたことはない。あえて言うなら白兵戦だろうが、戦闘地域へでも送られなければ真価を発揮することはできない。

 そんなザハロフ教官の評価くらい、リュウは自分でもよくわかっていた。自分が必要のない人員、いてもいなくてもいい人員のように思えて落ち込んでしまう。
 宇宙軍に入るつもりはないが、レイに認めてもらえるものが何もないのだ。
 それでも。
 リュウの思いなど関係なしに演習は進んでいく。もう、宇宙船の指揮演習が始まるのである。キャプテンとして、乗組員である小隊のメンバーを率いなければならない。


「来週は、宇宙船の指揮演習がある。それに参加してもらうメンバーを発表する。操縦士にエヴァ。副操縦士にニコラス。宙航士にトーマスとカルヴィン。砲術士にモーグ。通信士にヒューとジャグ。整備士にダンカン。以上8名は月曜日の午前9時に軍基地の宙港出発ゲートに集合してくれ。詳しいブリーフィングは出発前に行うが、サイロンの士官訓練センターまでの往復だ。予定では2泊3日。何か質問のあるやつはいるか?」
「隊長、ヒューとニコラスは軍に入ってから宇宙へ出るのは初めてです。ほかの者を連れて行ってはどうですか。演習とは言え、宇宙に出たら何があるかわかりません」

 エヴァがリュウに注意を促す。リュウが自由にメンバーを選べると知っている下士官の、そして、何度も宇宙を航行してきた兵士らしい忠告であった。
 宇宙軍では通常、初宙航は大きな宇宙艦でその他大勢組として始めるものであるようだ。そこで経験を積み、ようやく部門を任される。それがたとえ通信士のように宙航に直接関係のない部門でさえ、たとえ小さな宇宙船であろうと、ひとりで取り仕切るにはそれなりの力がいる。ヒューやニコラスにとってはいい経験になるだろうが…。
 危険に出くわしたときに頼れるのは経験だ。何もなければいいが、リュウにとっても初めての宙航指揮だから、せめて乗組員は経験者で固めたいとエヴァは考えたのだ。

 ところがリュウの頭の中には、宇宙船を飛ばすのが大変だという認識がまるでなかった。いつもレイがランディと2人きりで、簡単にクリスタル号を飛ばしているから。
 『じゃあ、行ってくる』と気軽に出かけるレイからは、緊張感すら感じられない。

 演習の船はクリスタル号より少し大きい程度の宇宙船である。単なる航行であるから、航路さえ外れなければ危険などないはずであった。

「キャプテンが俺だと、そんなに心配なのか? そうだよな。俺は宇宙船の指揮をするのは初めてで、おまえらのように経験豊富ではないからな。何かあったとき、どう対処すればいいかわからないし。もし、ヒューやニコラスが行きたくないなら…」

 こんな皮肉を吐かせるために言ったのではないとエヴァが後悔するより早く、

「隊長! 連れて行ってもらえるなら、喜んで乗り組みます」

 いつもは控えめなヒューが、珍しくはっきりと自分の意見を言い切った。

「僕も同じです」

 ニコラスが続く。
 エヴァはダンカンと顔を見合わせた。仕方がない。

「それじゃあ今から、宇宙船の整備を行う。乗り組むメンバーは宙港に集合だ」

 リュウが言うと、ダンカンが吠える。

「隊長、いやキャプテンは指示を出すものだ。実際の現場仕事は俺たちに任せてください」
「そんなもんなのか?」

 エヴァに問いかけた。相手は軽くうなずく。

「僕たちでやっておきます。キャプテンは乗組員の体制を考えたり、航路の最終チェックなどほかにやることがあるはずです。そちらに専念してください」
「わかった。では、よろしく頼む」

 リュウは後で、自分も一緒に整備に立ち会うべきだったと後悔したが、ミハイルの手でトラブルが仕込まれたのは、出発の数時間前だった。
 ダンカンが整備をチェックしたときには、なんら問題はなかったのだ。
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