宙(そら)に散る。

星野そら

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7 総督代理の登場

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 その時。
 射撃場の扉が開いて、濃い色のスーツを着た男が入ってきた。スポーツジムにはまったく不似合いな格好である。
 ざわざわした音にあふれていた射撃場が、一瞬のうちに水を打ったように静まりかえる。居合わせた男たちが姿勢を正し、敬礼している。

「あ、あれっ!」
「総督代理…」
「どうして、こんなところに?」

 スラリと背の高い男が射撃場を見回し、奥の方に固まる少年たちに目を据えた。それから、まっすぐ歩いてきた。
 少年たちは弾かれたように一列に並んで姿勢を正した。偉い人を迎える態度として養成所で教え込まれているのだ。敬礼はまだ、ぎこちないが…。
 ハラハラする少年たちの視線を浴びても、姿勢を正しもせず、立ち上がりもせず、だらしなく椅子に座っている男のもとへ、マリオンは迷いもせずに歩み寄る。

 男は天井を仰いだ。美しい瞳がマリオンを睨め付けている。
 マリオンは周りの敬礼に黙礼を返し、端正な顔にクールな表情を貼り付けたままである。少年たちに手を振って場所を開けさせると、男の前に片膝を付いて頭を下げた。
 貴族が王に謁見するように。部下が総督にかしずくように。

「総督代理がッ…!」

 少年たちから、声にならない悲鳴があがる。驚きに目が見開かれる。

 射撃場にいる全員の視線が一点に集中した。

「マリオン、プライベートタイムだよ。邪魔しないでくれる?」

 あ~あ! こんなところまで、来なくていいだろうに! そんな思いのこもった冷たい視線に怯む様子もなく、頭を下げたままマリオンは静かに言葉を発した。

「申し訳ありません。執務室に戻っていただけますか」

 男はマリオンを睨み付けていたが、マリオンの態度は変わらない。男の前に跪いたままである。しばらく冷え切った空気が流れた。

「ふっ、いやだと言っても聞いてくれそうにないな。急用なんだろうね」

 念を押すような言い方。

「はい。西部艦隊のハーディ司令官が来ておられます」
「そんなもん、待たせておけないのか?」

 司令官をそんなもん呼ばわりするのに、少年たちが再び息をのむ。
 もしかして、僕らの射撃訓練のせいで、西部艦隊の司令官が待たされていたってこと…、少年たちの何人かが心の中にクエスチョンマークを飛ばした。

「来られたのは、あなたが部屋を出られてすぐでした。お待ち願っていたんですが、かれこれ、1時間半になりますので…」
「俺に会いたいなら、前もってアポイントを取ってもらいたいもんだね。あなたで済む話じゃないの?」

 チラリとマリオンを見るが、マリオンはあくまでも畏まっている。

「ん~!」
「……」
「もう! あなたにかかると俺がダダこねてるように見えるんだから。わかったよ、会えばいいんだろ! 会えば!」

 口調とは裏腹に、男は優雅に立ち上がった。

「ところで、マリオン。こんな場所で跪くのやめてくれる? もしかして、俺への嫌がらせか?」

 いいえと応えてマリオンが顔を上げた。立ち上がると男より頭半分くらい背が高かった。

「エリックに着替えを持たせました。シャワールームに…」
「わかった」

 それ以上言うなとマリオンの言葉を途中で遮ると、男は射撃場から消えていった。


 その後ろ姿を見送ったマリオンが、ソードを振り返る。

「すまなかった。みなのトレーニングを止めてしまったようだ」
「いえ、謝罪してもらう必要はありません…。おまえら、ぼけっと突っ立ってないで、さっさと練習開始だ!」

 ソードは大声で指示を出したが、男の姿がシャワールームへ消えた後も少年たちは呆然と立っていた。イアンは目があったソードに、もの問いたげな目を向ける。

「なんだ、言ってみろ?」
「はい…。先ほどの方はいったい…? 総督代理が跪かれていた…」

 ソードはくちびるの端に苦笑を浮かべて、イアンに告げた。

「今、何をしておられるかは知らないが、おまえたちも名前くらいは聞いたことがあるだろう。彼がプリンスだ」
「プリンス!?」
「プリンスって、あの…、あの人がクール・プリンスなんですか?」

 ソードが重々しくうなずいた。
 少年たちがざわざわと声をもらす。

「やっぱり、実在してたんだッ」
「でも、あんなに若いなんて…」
「なんてきれいなんだ!」

 中央艦隊特殊部隊、死刑執行人として知られた伝説の男である。目の当たりにした少年たちの興奮はわかるが、その感想にソードはくらくらしてきた。

「おまえら、なあ…」
「冷酷無比って話だったのに…」
「裏切り者を容赦なく処刑したって…」
「もっと…、」
「おまえら、どんな想像してたんだ?」
「……」


「マリオン!」

 美しい光沢を放つ上質の革で作られたシンプルなジャンプスーツをスッキリ着こなした男が、声をかけた。濡れた髪がピッチリと後ろになでつけられている。
 瞳に鋭い光を宿し、笑みを消した顔は、甘さなどひとかけらもなく、先ほどまでと違って冷酷に見えた。整いすぎた容貌は、こんなに厳しく見えるものなのだ。

「はい」

 コスモ・サンダーの総督代理として全構成員に指示を与えていたマリオンが、ためらいもなく従った! 当たり前のように!
 男には威厳があった。人を惹きつけ、ひれ伏させるオーラが漂っていた。
 この姿を見た後なら、イアンは絶対に声をかけることなどできなかったと思う。食ってかかるなど、考えられない。

 僕はなんて畏れ多いことを! 課題テストのために射撃を教えてくれだなんて…。

 自分のしでかしたことに気が付いてイアンが青ざめた。イアンだけでなく、少年たちみなが固まってしまっていた。
 すると。
 片隅で佇む少年たちの胸中を見透かしでもしたように、男が歩みを止める。
 びくりとする少年たちに向かって男が言う。

「射撃訓練が途中になったが、今度会うときまでに、みんなしっかり練習しておくように」

 今日とおんなじだったら許さないよと付け加えて、小さく微笑んだ。


 少年たちが我に返ったのは、男が歩み去った後だった。

「いまの…。また、僕らに射撃を教えてくれるってこと?」

 少年のつぶやきにハワード・ジム長が応えた。

「そのつもりのようだ。あの男は出来ない約束など口にしない。おまえたち、次に会うまでにしっかり練習しておくんだな。そして、あの男のために、強くなってくれよ」
「あの男のため…?」

 ハワードはうなずくと、少年の疑問に心の中で付け加えた。
 あの男がコスモ・サンダーを束ねるときのために、と。
 ハワードはゴールドバーグという名の男が総督候補にあがっていると小耳にはさんでいた。どんな男なのかと思っていたが、プリンスがゴールドバーグなのだ。きっと、そうだ。
 ああ、あの男にならコスモ・サンダーが束ねられるかもしれない。
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