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9 通信室で
しおりを挟む「あれ、アドラー少尉が参加しておられるんですか!」
ルーインのファンを自認しているニコラスが、驚きとも喜びともつかない声をあげた。
「それなら、もっと早く来るんだった!」
「仕事を放り出してきたんじゃないだろうな?」
じろりとルーインに睨み付けられると、ニコラスは身体全体で否定する。
「ち、違いますよ。それより、アドラー少尉。一杯、注がせてください。今日はお疲れ様でした」
多くの隊員の非難の視線をものともせず、ちゃっかり隣に座り込んだニコラスが、ビール瓶を傾ける。
「ああ、ありがとう」
残っていたビールを飲み干して差し出されたグラスに、ニコラスが嬉しそうにビールを注ぐ。一般の兵士たちにとって、士官であるルーインと一緒に飲める機会など滅多にない。
気軽に兵士たちの酒盛りに付き合う阿刀野隊長ならまだしも、アドラー少尉は近寄りがたく、プライベートを見せないのだ。
阿刀野家で何度か一緒に飲んだことのあるダンカンやエヴァ、ニコラスやヒューは、ルーインの素顔を知っている数少ない人間であった。他の部隊の兵士たちはもちろん、第4部隊の兵士たちでさえ、ルーインはどこまでもクールであると思っていた。
酒の席であるというのに、アドラー少尉に近寄りたくとも近寄れない兵士たち。話しかけるのもダンカンやエヴァだけだった。自分たちには高嶺の花であると、アドラー少尉を遠くから眺めているだけで我慢していた兵士たちは、ニコラスの暴挙に驚き、ルーインがいやな顔もせずに与太話に付き合っているのを見て、驚いたのだ。
戦闘の話で盛り上がっていた席で、ルーインがリストウオッチを見ながら聞く。
「阿刀野は遅いな。ほんとうに参加すると言ってたのか?」
「そうですね、そろそろ来られるんじゃないですか。用が済んだらとおっしゃっていましたから…」
エヴァの返事にかぶって、ニコラスが言う。
「阿刀野隊長なら通信室で…」
「ニック!」
ヒューがあわてて止めたのだが、間に合わなかった。
「通信室で?」
「彼女への定期連絡でしょう? 今頃、ラブ・メッセージを送っておられる最中かと…」
ルーインの表情を読めなかったニコラスが茶化すように言葉を続けた。
「なんだとッ!」
という声は隊員たちの囃し立てる声、ピューピューなる口笛にかき消された。
「え~! 隊長にそんな人がいたんだ」
「お~、やるなあ~!」
「その話は本当か?」
ニコラスの襟首をつかんで問いただすルーインの瞳はぎらぎら輝いていた。
「あ~あ、秘密にしてくれって頼まれていたのに」
ヒューが漏らした言葉を聞いて、ルーインはニコラスを椅子にたたきつけ、その場を後にした。いつも冷静なルーインの激しさに、隊員たちは呆気にとられた。
「阿刀野隊長が言ってただろう。アドラー少尉にばれたら、基地の機器を私用で使うな、隊長としての立場を考えろと叱られるからって」
ニコラスを助け起こしながらのヒューの言葉に、確かにアドラー少尉は規則にうるさそうだと思った者が約半数。アドラー少尉が阿刀野隊長を叱りつけると言うのはいつものことじゃないかと思ったものが約半数。
だが、ルーインの本当の恐さを知っているのは、リュウだけだった。
ルーインが憤然とした面持ちで、通信室への廊下を歩いている頃、リュウはチャットでエリスと話をしていた。美人で名高いエリザベス・ベネット大尉である。
『こっちにも情報は入ってるわ。今回は間に合ったみたいね』
『ありがとうございました。あなたのおかげです』
『まあ、しおらしいこと』
カメラを通じて捕らえたエリスの笑顔が、モニターに写った。いつもながらの華やかさである。
『で、どうだった。コスモ・サンダーとの闘いは?』
『第4部隊の連中が頑張ってくれました』
『聞いてるわよ。隊長自ら兵隊率いて乗り込んだって』
『いやだな。俺はたいしたことしてませんよ。レーザーぶっ放してる部下に、殺すなって叫んでたくらいだ』
『ふ~ん。でも、無茶はしないでよ。あなたに怪我させたり命を落とされたら、あの世で会ったときに、あの人に許してもらえそうもないから』
『いいじゃないですか。もしも命を落としたなら、あの世でレイに会うのは俺が先。ちゃんと取りなしておきますよ…』
『ふふ、ぼうやも言うようになったわね。ねえ、メタル・ラダー社の船は無事だったの?』
『はい。教えてもらった宙域のごく近くにいて、略奪が始まる前に着きましたから』
『そう…。不自然にならなかった』
『もちろん。俺が襲撃があることを知っていたなんて、誰も気がついていません。近くにいたのは、たまたまだと』
『その調子で頼むわ。あんまり偶然が重なると、疑う人もいるでしょうから。どうも、そっちの本部はあやしいのよね。もっともっとコスモ・サンダーとぶつかっててもいいはずなのに、滅多に捕まえられないでしょう?』
『そうですね。連絡が入っても遠くにいることが多い。あれじゃあ、間に合いませんよ。…それより、よくコスモ・サンダーの情報をつかみましたね』
『ふふん。わたしを誰だと思ってるのよ』
『エリザベス・ベネット大尉。宇宙軍いち凄腕の情報分析官!』
『わかってるじゃない』
モニターの中で胸を張るエリスを見て、リュウは微笑を浮かべた。この人は案外、かわいらしいと思う。だが、もの凄く切れるのも確かだ。
エリスはコスモ・サンダーに関しては右に出る者はいないと豪語していたが、それは事実だった。独自に分析した極秘情報のおかげで、コスモ・サンダーの襲撃を食い止めることができたのだ。
『海賊を撃退しただけじゃなくて、捕虜にしたんですって! 尋問するのが楽しみよ』
『えっ! あなたが尋問するんですか?』
『当然でしょう。下っ端だけじゃないんでしょう? こんなチャンス、滅多にないんだから。コスモ・サンダーの権威としては黙って座ってるわけにはいかないわ』
『捕虜はセントラルに送られるんですか?』
『じゃなくて、そちらへ行くことになるかしら』
『それなら、会えるということですか』
『久しぶりに美女に会えると思うと、股間が疼くでしょう』
直接的な言葉に、リュウはため息をもらす。
『はあ、そういうこと言わない人だったら、たしかに疼くかもしれないけど…』
『まあ! 美女より、むさ苦しい男の尋問官の方が好みだとか?』
『いや、そんなことは…! それに、どんな尋問官が来ようと、俺が口をはさめることじゃないんで…。でも、こちらに来られるなら歓迎しますよ。俺の部下たちが…』
『それは、どういうことかしらね』
『どこでも、あなたの人気は凄いってことです』
『ふ~ん。ま、いいわ』
『いつ頃になるんですか?』
『セントラルもいま、コスモ・サンダーの動きには注目してるから、すぐに行くことになるでしょうね』
『注目してる?』
『ええ、そう。総督が亡くなってから1年になるのよ。それで、新しい総督が立つらしいんだけど、コスモ・サンダー内部でもめてるみたいでね』
『そうなんですか。で、次の総督は決まったんですか』
『それが分かれば苦労しないって。ここ数年、総督代理を務めていた男が有力視されてたんだけど違うらしくて。噂では、二代目総督、このあいだ亡くなった総督の兄の息子が推されているらしいのよ」
『その息子の実力は?』
『これまでまったく表舞台に現れていなくて、未知数よ』
『実力のともなわない親の七光りだったら、こっちは都合がいい』
『企業でさえ息子ではなく実力者を社長にする時代なんだから。実力主義の海賊にそれはないはず。でも、もめてるってことは…。
その男が名実ともに力があるなら、すんなりみんなが認めるでしょうから』
『みんなが認める?』
『そうよ。コスモ・サンダーはね、7つの艦隊に分かれていて、それぞれ司令官を頭にしてるんだけど、その司令官たちの合意がなければ総督にはなれない仕組みなのよ』
エリスの説明にリュウはうなった。
『詳しいですね』
『ふふ、恐れ入った』
『参りました』
『あなたに、ははーっと平伏してもらっても仕方ないわ。それより、宇宙軍としてはコスモ・サンダーが新体勢を固める前に、ダメージを与えたいのよ。わたしとしては壊滅させられればうれしいわ』
大きく出たエリスにリュウが応える。
『そうですね。俺もできる限り、協力します』
『ふふっ、あてにしてるわ、相棒!』
『ありがとうございます』
『ところで、彼氏は元気?』
『なっ、いきなりですね!』
モニターに写るリュウの顔が余裕をなくした。
『隠さなくても、いいわよ』
ほんのり赤くなったようだ。
『わたしは偏見はないわ。ぼうやにいい仲間がいるのがうれしいくらい。そうだわ、アドラー少尉に伝えて。お土産、楽しみにしておいてって』
『ルーインにお土産ですか?』
不審そうな顔をしたリュウに、エリスが軽く言う。
『そう伝えれば、わかるから』
『……わかりました。次の連絡はいつもの通り金曜の夜に』
『多分、その前に、会いに行けると思うけど』
『楽しみにしています』
『わたしも、待ち遠しいわ』
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