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10 ルーインの想い
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ばたんと乱暴にドアが開いて、リュウの目の前にルーインが立っていた。
「僕に隠れて、なにをこそこそやってるんだ?」
ルーインの声が尖っている。まずい! 目もすわっている。
リュウはモニターを消去しようとあせったが、ルーインに睨まれて動くことができなくなった。
「おっと、ルーイン。あのな」
ルーインが右手でバンと机を叩いた。
「どういうことだ、説明してもらおうか」
「いや、その」
コスモ・サンダーへの復讐にルーインを巻き込むつもりはない。
極東地区へ任官しただけでも宇宙軍の上層部をめざすルーインにとっては回り道だ。それなのに、エリスから極秘情報を流してもらっているなんてことがバレて問題になったりしたらやばい。コスモ・サンダーに関する件では、ルーインには部外者でいてほしい。エリート士官のままでセントラルに帰ってもらいたいと思っているのだ。
だから、エリスとの交信は黙っていた。コスモ・サンダーの情報を定期的にもらっていることも。リュウは自分の身体でモニターを隠す。
ルーインは左手でリュウの胸ぐらをつかみあげ、右手は、いまはまだ机の上にあるものの、いまにも拳が飛んできそうな雰囲気であった。
「落ち着けよ、ルーイン」
「落ち着いてなどいられるか! キミは…、時々いなくなると思ったら、こんなところで、いったい誰にラブコールを送ってるんだっ! そこをどけ! 見せろ」
自分に隠れてリュウが女性と話している。腹が立つのも当たり前だ。腹が立つだけでなく胸が痛んだ。
それなのに、甘い声でリュウが追い打ちをかける。
「ルー、おまえには関係のないことだから…」
「関係ない? 関係ないだと!」
という言葉と同時に、拳が腹に打ち込まれた。リュウはガクリと膝をついた。立ち上がると、ルーインがモニターを睨み付けていた。
「ルーイン…」
「次の連絡はいつも通り金曜の夜に? 会いに行けると思う? 待ち遠しい! くそっ!」
スクロールしてくれれば、恋人同士のやりとりではないことが分かるのだが、ルーインはそこまで読んでモニターにまで拳をたたき込んだのだ。いつも冷静な男が、ここまで平常心をなくした姿を見たことがない。
「おっ、おまえ! そんなことしたら手が!」
操縦士の大切な手だ、ケガをしたらどうするんだと近寄るリュウをルーインが、寄るなと突き放す。
どうしていいかわからずにリュウが立ちつくしていると、壊れたモニター凝視していたルーインがはははっと笑い出した。
通信室にうつろな笑い声が響く。
「キミのことは、知っているつもりだった。何でも相談してくれていると思っていた」
なのに。これはいったい何だ。全部、僕のひとり相撲だったのか!
ルーインはモニターの前を離れて、ふらっと歩み出した。
「おいっ! ルーイン、どこへ行く。どうしたんだ!」
「離してくれ」
ふりほどこうとするのに、リュウはしっかりとルーインの手をつかんで離さない。
この男は、毎週末、自分の知らない女と通信室でやりとりしているのだ。ルーインはそれがものすごく辛かった。
「離せ!」
「離さない。なあ、ルーイン。離せないよ」
言葉通り、リュウはルーインを離さず、両腕で抱き包んだ。ルーインはしばらくリュウを突き放そうとジタバタしていたが、力はリュウの方が上である。こんなことをしても無駄だと気がついた。ルーインの全身からガクリと力が抜ける。
「残酷だな、キミは。僕の気持ちを知っていて」
それだけの言葉を吐くのが精一杯。
「おまえ、誤解してるぞ」
「じゃあ、あれはなんなんだ!」
叫ぶルーインの髪に顔をうずめて、リュウがやさしく繰り返す。
「誤解してる。俺はおまえが好きだよ。誰よりも大切に思っている。おまえがいてくれるから、俺はこれまでやってこられたんだ。な、ルー」
ルーインの鼓動が聞こえる。
「それなら。それなら、あれは何だ? 誰と何を話してたんだ?」
知らない方がいいんだが…。
「キミは僕に隠れて、誰と付き合ってるんだ!」
これほどルーインが取り乱すとは思わなかった。気づいてはいないだろうが、その頬に涙が流れている。いまにも嗚咽がもれそうだ。
自分のことを想ってくれているからだと思うと、リュウはうれしかったが…。
エリスとの通信のせいで、ルーインがリュウの腕の中から離れていこうとしている。必死で暴れている。
説明もせずにこの腕を放したら、プライドが高く、人に拒否されたことなどないルーインは俺の前からいなくなるだろう。
その方がルーインのためにはいいかもしれない。コスモ・サンダーの復讐に付き合わせるなんて間違っている。
でも、ルーインがいなくなったら、俺はやっていけるのか。
答えはすぐに出た。否。
なんてやつだと呆れられてもいい。いい加減にレイのことは忘れろと叱られてもいい。
誤解されたままよりは…。
このままルーインがいなくなるよりは…。
俺はなんて身勝手なんだろう。
いくらリュウでも、暴れるルーインをそんなに長く捕まえていられない。そろそろ限界でもあった。長い葛藤の後で、リュウが口を開いた。
「違うよ、ルーイン。…わかった。隠していた俺が悪かった。部屋に行こう、全部話すよ。その代わり、反対しないでくれるか?」
ルーインは思い切り顔をしかめた。
気に入らない話なら反対してやるとその目が語っている。悲壮な目の色に、リュウを捨てる決心までが見え隠れする。
リュウはぶるっと身体を震わせた。レイも怒らせたら恐かったが、ルーインも恐い。
身の危険より、『じゃあな』と捨てられそうなのが恐い。
リュウはルーインをベッドに座らせ、手にブランデーを持たせた。
そして、一つ深呼吸をして、話し始めた。
「僕に隠れて、なにをこそこそやってるんだ?」
ルーインの声が尖っている。まずい! 目もすわっている。
リュウはモニターを消去しようとあせったが、ルーインに睨まれて動くことができなくなった。
「おっと、ルーイン。あのな」
ルーインが右手でバンと机を叩いた。
「どういうことだ、説明してもらおうか」
「いや、その」
コスモ・サンダーへの復讐にルーインを巻き込むつもりはない。
極東地区へ任官しただけでも宇宙軍の上層部をめざすルーインにとっては回り道だ。それなのに、エリスから極秘情報を流してもらっているなんてことがバレて問題になったりしたらやばい。コスモ・サンダーに関する件では、ルーインには部外者でいてほしい。エリート士官のままでセントラルに帰ってもらいたいと思っているのだ。
だから、エリスとの交信は黙っていた。コスモ・サンダーの情報を定期的にもらっていることも。リュウは自分の身体でモニターを隠す。
ルーインは左手でリュウの胸ぐらをつかみあげ、右手は、いまはまだ机の上にあるものの、いまにも拳が飛んできそうな雰囲気であった。
「落ち着けよ、ルーイン」
「落ち着いてなどいられるか! キミは…、時々いなくなると思ったら、こんなところで、いったい誰にラブコールを送ってるんだっ! そこをどけ! 見せろ」
自分に隠れてリュウが女性と話している。腹が立つのも当たり前だ。腹が立つだけでなく胸が痛んだ。
それなのに、甘い声でリュウが追い打ちをかける。
「ルー、おまえには関係のないことだから…」
「関係ない? 関係ないだと!」
という言葉と同時に、拳が腹に打ち込まれた。リュウはガクリと膝をついた。立ち上がると、ルーインがモニターを睨み付けていた。
「ルーイン…」
「次の連絡はいつも通り金曜の夜に? 会いに行けると思う? 待ち遠しい! くそっ!」
スクロールしてくれれば、恋人同士のやりとりではないことが分かるのだが、ルーインはそこまで読んでモニターにまで拳をたたき込んだのだ。いつも冷静な男が、ここまで平常心をなくした姿を見たことがない。
「おっ、おまえ! そんなことしたら手が!」
操縦士の大切な手だ、ケガをしたらどうするんだと近寄るリュウをルーインが、寄るなと突き放す。
どうしていいかわからずにリュウが立ちつくしていると、壊れたモニター凝視していたルーインがはははっと笑い出した。
通信室にうつろな笑い声が響く。
「キミのことは、知っているつもりだった。何でも相談してくれていると思っていた」
なのに。これはいったい何だ。全部、僕のひとり相撲だったのか!
ルーインはモニターの前を離れて、ふらっと歩み出した。
「おいっ! ルーイン、どこへ行く。どうしたんだ!」
「離してくれ」
ふりほどこうとするのに、リュウはしっかりとルーインの手をつかんで離さない。
この男は、毎週末、自分の知らない女と通信室でやりとりしているのだ。ルーインはそれがものすごく辛かった。
「離せ!」
「離さない。なあ、ルーイン。離せないよ」
言葉通り、リュウはルーインを離さず、両腕で抱き包んだ。ルーインはしばらくリュウを突き放そうとジタバタしていたが、力はリュウの方が上である。こんなことをしても無駄だと気がついた。ルーインの全身からガクリと力が抜ける。
「残酷だな、キミは。僕の気持ちを知っていて」
それだけの言葉を吐くのが精一杯。
「おまえ、誤解してるぞ」
「じゃあ、あれはなんなんだ!」
叫ぶルーインの髪に顔をうずめて、リュウがやさしく繰り返す。
「誤解してる。俺はおまえが好きだよ。誰よりも大切に思っている。おまえがいてくれるから、俺はこれまでやってこられたんだ。な、ルー」
ルーインの鼓動が聞こえる。
「それなら。それなら、あれは何だ? 誰と何を話してたんだ?」
知らない方がいいんだが…。
「キミは僕に隠れて、誰と付き合ってるんだ!」
これほどルーインが取り乱すとは思わなかった。気づいてはいないだろうが、その頬に涙が流れている。いまにも嗚咽がもれそうだ。
自分のことを想ってくれているからだと思うと、リュウはうれしかったが…。
エリスとの通信のせいで、ルーインがリュウの腕の中から離れていこうとしている。必死で暴れている。
説明もせずにこの腕を放したら、プライドが高く、人に拒否されたことなどないルーインは俺の前からいなくなるだろう。
その方がルーインのためにはいいかもしれない。コスモ・サンダーの復讐に付き合わせるなんて間違っている。
でも、ルーインがいなくなったら、俺はやっていけるのか。
答えはすぐに出た。否。
なんてやつだと呆れられてもいい。いい加減にレイのことは忘れろと叱られてもいい。
誤解されたままよりは…。
このままルーインがいなくなるよりは…。
俺はなんて身勝手なんだろう。
いくらリュウでも、暴れるルーインをそんなに長く捕まえていられない。そろそろ限界でもあった。長い葛藤の後で、リュウが口を開いた。
「違うよ、ルーイン。…わかった。隠していた俺が悪かった。部屋に行こう、全部話すよ。その代わり、反対しないでくれるか?」
ルーインは思い切り顔をしかめた。
気に入らない話なら反対してやるとその目が語っている。悲壮な目の色に、リュウを捨てる決心までが見え隠れする。
リュウはぶるっと身体を震わせた。レイも怒らせたら恐かったが、ルーインも恐い。
身の危険より、『じゃあな』と捨てられそうなのが恐い。
リュウはルーインをベッドに座らせ、手にブランデーを持たせた。
そして、一つ深呼吸をして、話し始めた。
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