宙(そら)に散る。

星野そら

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第三章

1 パーティ

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 執事によって開かれた扉の向こうには広いホールが続いていた。
 大理石の床、高い天井からは豪華なシャンデリアが下がり、右手奥には螺旋になった階段が続いている。ダウンライトが光を補い、スポットライトが壁に掛かる絵や台座に置かれた彫刻を浮かび上がらせている。
 誰もいなければ、荘厳な雰囲気が漂う重々しい空間であろうが、今日はタキシードやカクテルドレス、そして宇宙軍の制服に身を包んだ人々が、手に手にグラスや皿を持ち談笑していた。
 ホールの一角にはドリンクバーがあり、バーテンダーがシェーカーを振っている。
 正面には小さな舞台が造られ、ほの明るいライトに照らされた楽団が人々の談笑の邪魔にならないようにやわらかな調べを奏でている。

「阿刀野、ずっと壁に溶け込んでいるつもりか?」

 周りの人と軽い挨拶を交わしながら近づいてきたルーインが聞く。

「俺はおまえと違って、上流階級のパーティにはなれてないんだよ。居心地悪いったら、ないぜ」
「僕が付き合わせているわけじゃないぞ。メタル・ラダー社の宇宙艦をコスモ・サンダーから守ったお礼に、ぜひにとキミが招待されたんだ。僕が付き合ってる」
「わかってるさ。だから、窮屈な礼装用の制服を着用して、ここにいるだろ」

 そうでなければ、隊員たちとトレーニングでもしていた方が余程マシという言葉は本音のようで、仏頂面で壁にもたれているリュウである。
 しかし、広い肩幅、鋼のような筋肉がついた引き締まったカラダを宇宙軍の礼装服に身を包んだ姿は、いやでも目立った。
 筋肉質で若さとパワーがみなぎる姿、しっかりした顎に整った眉、ハンサムなだけでなく、意志の強そうな顔であった。それがにっこり微笑むと、いたずらをたくらむ子どものように感じられた。チラチラと向けられる視線の多さがリュウの魅力を証明しているようだ。

 服装を整え、しゃきっと立つリュウはルーインの自慢でもある。
 コスモ・サンダーに打撃を与えた立役者はこの男ですと、声を大にして言いたい。
 今夜は、知っている限りの主要人物に、リュウを紹介するつもりでいた。
 もちろん、その筆頭はこのバーティの主催者であるケイジ・ラダーである。

 ケイジ・ラダー。
 鉱山業から身を起こし、一代で宇宙全域に名をとどろかせた押しも押されもしない大企業の総帥。
 本来なら一介の少尉など、近寄ることすらできない相手だが、リュウはぜひにと招かれた客だ。多分、挨拶のひと言くらいはできるだろう。
 その時に、もし自分のことを覚えていてもらえたなら、話ができるかもしれない。
 阿刀野レイのことを高く買っていた男である。メタル・ラダー社の総帥としてではなく、リュウに阿刀野レイの弟として接してもらえるなら…。もしかして、ミスター・ラダーが阿刀野リュウの後ろ盾になってくれるとか…。

 そこまで妄想を膨らませて、ルーインはふうとため息をついた。

 ──高望みだな。いくらレイさんが対等に付き合っていたとはいえ、金と権力をほしいままにしているミスター・ラダーは超がつく要人だ。彼の頼みなら、惑星の執政官や宇宙軍の上層部が喜んで無茶を聞くと言われている──

 つらつら考えていると、ふ、と音楽がやみ、男が舞台に上がった。司会者のようだ。

「本日はお忙しい中、メタル・ラダー社の記念パーティにお運びいただき、ありがとうございます。私どもはみなさまのおかげで、ここに晴れて20周年を迎えることができました。ささやかながら、感謝の集いを設けさせていただきました。ご歓談いただければ幸いです。
 それでは、社長のケイジ・ラダーからひとことご挨拶させていただきます」

 ざわざわしていた会場が一瞬にして静まり返る。満場の拍手で迎えられた男の、感じのいい声が響き渡った。
 舞台に登場したケイジ・ラダーは、確かに、宇宙を代表する企業のトップに君臨する男に見えた。堂々としている。やはり住む世界が違うと、名だたる武官の出であるルーインでさえ引け目を感じさせられた。
 それなのに、腹が据わっているのか。リュウの感想は、

「感じもいいし、話が簡潔でよく分かる。さすがに大企業の社長だなあ。雲の上の人ってのはもっと高圧的かと思ってたのに、そうでもなさそうだ」であった。
「それはよかった。招かれたお礼を言いに行きたくないとダダを捏ねられたらどうしようかと思ってたんだ」

 ルーインの台詞にリュウがぎょっとする。

「えっ! お礼なんて司令官が言えばいいんじゃないのか。来てるだろう?」
「ミスター・ラダーから直筆の招待状が届いたんだぞ。キミは挨拶もなしに済ませられると思っているのか」
「はあ~あ、出席するだけでも場違いなのに。考えただけで頭が痛い。
 仕方ないな、さっさと済ませて部屋にもどるか。広いスイートのベッドを使わないなんてもったいないからな」

 おおらかな台詞にルーインは人知れず頬を染めた。
 この惑星はケイジ・ラダーのプライベートリゾートなのだ。セントラルから遠く離れた惑星であるため、招待客にはホテルが用意されていた。そのうえ、観光ツアーやアクティビティプロフラムなどさまざまなサービスもあった。
 招待客の中でも上流階級の暇人たちは、1週間くらいかけてのんびりリゾート気分を楽しもうとやってきたようだ。だが、宇宙軍に勤務するリュウやルーインには、1泊がやっと。明日中には極東本部に戻らなくてはならない。
 パーティに出かける前にホテルの部屋を見たリュウは、せめて、この部屋だけは有効に利用させてもらおうとはしゃいでいたのだ。

「阿刀野、そんなことではダメだぞ。宇宙軍の将校たちに会う機会はこれからもあるだろうが、企業トップや惑星の執政官たちと出会う機会なんて滅多にないんだ。できるだけ挨拶して回って、名前を覚えてもらうべきだよ」

 欲がなさすぎるよというのに、リュウは大きく肩をすくめる。

「おまえはそうすればいいさ。俺はどっかの企業で働くつもりはない。今のところは、レイのようにクーリエやるつもりもないから、誰かをたぶらかす必要は全くないさ」
「そうじゃない。キミの目的のためにも、いろんな人を知っておいて損はない。それに、ほら、向こうの方から挨拶に来てくれる人を邪険に扱うこともないだろう?」

 話がしたいのか何人もの人間がこちらを伺っている。

「ご婦人方は、おまえが目当てだろ?」
「確かめてみるか? 僕は向こうに知り合いがいるので、挨拶してくるよ」

 ルーインは楽しそうに言った。前から近づいてくる女性に会釈して歩みだそうとするのを…、どうしてその女は引き留めないんだ! ということは、俺が目当てか?
 リュウはあせって、

「ルーイン、俺にもシャンパンをもらってきてくれるか?」
「わかりました、阿刀野隊長殿」

 ルーインは馬鹿丁寧に応え、きれいな笑顔を見せてから遠ざかっていった。
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