宙(そら)に散る。

星野そら

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第四章

1 次期総督候補

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 何なんだ、これは?
 どういうことだ?
 どうして、こんな仕打ちができる!

「マリオン、マリオンはいるか!」

 レイモンドが声を荒げて、マリオンを呼ぶ。
 執務室の扉が開いて、エリックが顔をのぞかせた。

「ゴールドバーグ様、何かご用ですか?」
「マリオンを呼べ。いますぐだっ!」

 穏やかなレイモンドしか見たことがなかったエリックは、その厳しい表情に驚き、口ごもりながら応えた。

「ゼクスター様は…、別館で行われている本部会議に出席されていますが…」
「それがどうしたっ!」
「はっ?」
「そんなものはどうでもいい。いますぐ戻るように言え。話がある!」
「そんな、もの…?」

 これからのコスモ・サンダーを方向付ける大切な戦略会議をそんなものと言い切ったレイモンドにエリックはおずおず問い返す。
 いつもと違って余裕のないレイモンドが、マホガニーの机をダンッと叩いて、エリックを怒鳴りつけた。

「なにをやっている! いますぐ呼び戻せ!」

 高圧的な態度。表情を消した冷酷そのものの顔。エメラルド・グリーンの瞳にひたと睨み付けられて、射抜くような鋭い光にエリックが身震いを感じる。

「は、はいっ!」

 ようやく喉から声を絞り出したエリックが弾かれたように走り去った。その後ろ姿に、レイモンドが大きなため息を落とした。

 はあ~。
 マリオン、あなたはわかっていないのか!
 なぜ、俺がここにいると思っているんだ。
 俺が逃げられないとでも思っているのか!
 11年前。統制のとれていたコスモ・サンダーからでさえリュウを連れて逃げたというのに。コスモ・サンダーがいまのように分裂寸前の状態なら、もっとたやすいだろう。
 それとも、いまでもリュウが脅しに使えるとでも?
 いや…、マリオンはそんなに馬鹿ではない。
 宇宙軍士官になったいま、リュウに手出しをするのは難しい。脅しは通用しないとわかっているだろう。

 それなら! 俺がどうしてここにいると思っているッ!

 俺は総督の遺言に従うつもりだし、総督の椅子に座ったら、実権は今まで通りマリオンが握ればいいと思っている。逃げもせず、不自由な身分を強いられるのを我慢してここにいるのに。文句を言われる筋合いはない。まして!
 総督補佐をやめて第7艦隊へ行くだと! そんな配属、誰が認めるもんか!
 いったい、どういうことなんだ! 何を考えている!
 レイモンドはいらいらと執務室を歩きまわった。

 しばらく前のことである。
 総督の忌明けとともに遺言が披露され、レイモンドは晴れて次期総督候補として公の場に登場した。
 その途端、わかりきっていたことだがコスモ・サンダー幹部から非難の声が巻き起こった。

「ゴールドバーグ・ジュニアだと? そいつは本物なのか」
「いったい、どんな男だ」
「コスモ・サンダーにいたことがあるのか?」
「総督にふさわしい男なのか?」

 当然すぎる疑問である。

「総督は力量を見極めた上で跡継ぎにと言われた。年齢は30歳。ゴールドバーグ様は頭脳と行動力、統率力を合わせ持っている。わたしは総督としてコスモ・サンダーをまとめられる方だと思う」

 マリオンが明言しても、

「体のいい操り人形をつかまえたもんだな」

 そんな皮肉まで聞こえてくる。レイモンドがおとなしく操られるはずなどないと知っているのはマリオンだけだ。
 
 ゴールドバーグ・ジュニアがプリンスだと言うことを幹部たちは知らない。
 中央艦隊特別部隊(別名、死刑執行部隊)のクール・プリンスの悪名はコスモ・サンダーのみならず、宇宙全域に知れ渡っていたが、ゴールドバーグ・ジュニアは誰にとっても未知の存在であった。
 もしもゴールドバーグ・ジュニアがプリンスだと言ったなら、幹部連中の反応は違っていただろう。プリンスの力量は誰もが認めていたから。

 だが…。
 総督に銃を向けて危うく死に追い込んだという所業も知れ渡っている。コスモ・サンダーを裏切った処罰が問われるはずであった。
 たとえコスモ・サンダーがバラバラになろうとも、艦隊を自分の好きなように操りたい幹部からは、そんな男に総督など任せられないと反発される。下手をすれば処刑を迫られるのが落ちである。

 それよりも。
 マリオンが頭を痛めていたのは、もっと根本的な問題であった。
 レイモンドに総督としてコスモ・サンダーを背負って立とうという気概がないのである。レイモンドにしか務まらない役目なのに、

「俺は総督の器じゃない。遺言状がどれほどの威力を持つかしらないけれど、誰も認めやしない。無駄にコスモ・サンダーのあれこれに詳しくなりたくないよ」と。

 この1年、そんなやりとりが何度も繰り返された。
 上に立つ者としての態度はもちろん、情報の使い方、ものごとの処理の仕方、そして部下の扱い方…。帝王学をたたき込もうとするマリオンに対して、レイモンドは仕方なく付き合ってやっているという態度であった。
 繰り広げられる攻防の果てに、いつもマリオンは怒りを抑え込み、言ったものだ。

「わたしにはあなたに強制する力はありませんから」

 それは、もしかするとレイモンドを従わせるのに、いちばんいい手だったかもしれない。
 強硬に命じられたなら、断固として総督の地位など放棄しただろうが、下手に出られるとレイモンドは弱い。いつの間にか、ずるずると遺言披露の日を迎え次期総督候補に名乗りを上げてしまったのだ。
 コスモ・サンダーの一員として、二度と表舞台に立つつもりなどなかったのに。

 だが。
 レイモンドにとっても不思議だったが、マリオンとともに執務に携わるのが嫌ではなかった。
 大きな問題にもあわてず冷静に対処するマリオン。
 ささいな問題にも全力で取り組むマリオン。
 執務室で見るマリオンの姿はクールでかっこよく、知らず見惚れてしまうほど。
 レイモンドはマリオンこそコスモ・サンダーになくてはならない存在だと確信していた。
 さらに。
 自分にとって、日々、マリオンの存在が大きくなっていく。
 それがうれしいような、恐いような。

 コスモ・サンダーを出てから、誰にも頼らず、おのれの道を歩んできたレイモンドにとって、総督の執務室は安息の場でもあった。昔、マリオンの命令に従っていればよかったあの頃と同じような…。

 ──ここにいれば、自分で判断せずとも判断してくれる人がいる。責めを負ってくれる人がいる──

 だからだろうか。マリオンがコスモ・サンダーの実権を握るなら、自分が名前だけの総督になってもいいと思えるようになったのは。どうせ、俺は死んだも同然の男なのだからと。

 それだけではなく。
 リュウを連れて逃げ出したあの日。レイモンドはマリオンを裏切った。コスモ・サンダーを捨て去った。それからは決して、後ろを振り返らなかった。
 でも…。
 心の奥底で、マリオンにだけは悪いと思っていた。謝りたいと思っていたのだ。
 教育係であったマリオンは、両親も頼るものもない自分にとってただひとりの保護者だった。尊敬していた。厳しかったけれど、その目は常に自分を見ていてくれた。
 いやというほどトレーニングをさせられたのは、精神と肉体を鍛えるため。射撃や格闘技の腕はもちろん、どんな困難に遭っても簡単には諦めないように、死なないようにと。
 おかげで、いままで生き延びることができた。
 厳しく躾られたのは、一流の場に出ても恥ずかしくないようにするため。どんな場でも困らないようにと。
 宇宙でも指折りの企業総帥、ケイジ・ラダーとも親しくなれたし、上流階級の美女たちを夢中にさせることもできた。

 考えてみれば、マリオンは忙しい総督補佐の仕事の合間を縫って、使えるだけの時間をすべて割いてくれた。
 大事にされていたのだと、今ならわかる。リュウを育てたからわかるようになった。
 だから。
 残りの人生をマリオンのために使うことになっても悔いはない。
 そう心を決めて、総督承認会議に備えていた。それなのに!
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