宙(そら)に散る。

星野そら

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3 ラダー氏への挨拶

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 入れ替わり立ち替わり、さまざまな人がやってくる。こういうパーティでは多くの人と言葉を交わすのが礼儀だとルーインに言い含められていたが、それでも。リュウはいい加減に社交辞令に飽きてきた。出会った人数が多すぎて、誰が誰だかわからなくなっている。

「なあ、そろそろ部屋にもどらないか。疲れた」
「ミスター・ラダーへの挨拶がまだだろう? さっきから隙を狙ってるんだが、取り巻き連中が多い、ひっきりなしだ。仕方ない、強引に割り込むか?」
「ああ、ひと言挨拶するだけだし、手間はとらせないさ」
「そうだな、じゃあ急襲をかけよう」

 ルーインがリュウを引き連れる格好で、強引にケイジ・ラダーに歩み寄った。そして、話相手の男性に「ご挨拶だけ、構いませんか」と声をかける。
 さすがにパーティ慣れしている。

「ミスター・ラダー。本日はお招きいただき、ありがとうございました」

 と頭を下げた。名乗りもしないのに、ケイジ・ラダーはパッと顔を綻ばせた。

「おお、キミは!」

 ルーインに向けられた顔は、大企業の総帥の顔ではなかった。
 慈愛に満ちた穏やかな微笑み。久しぶりに会った息子を慈しむようなまなざし。
 リュウはそのまなざしに、なぜか胸を突かれる。
 ルーインに続いてかけようとしていた挨拶の言葉が宙に浮いてしまう。そのまま2人が会話に突入してしまったからだ。

「ルーインくんだったかな。よく来てくれたね」
「はい、ルーイン・アドラーです。覚えていてくださったんですか」
「もちろんだよ、あれは楽しいひとときだったからね。それにしても、阿刀野くんのことは、残念だ…」

 ミスター・ラダーは顔を曇らせた。それから気を取り直したように言葉を続ける。

「それで? キミはいま、何をしているのかね」
「宇宙軍のパイロットです」
「そうか、阿刀野くんがキミはエリート士官になる男だと言っていたな。制服がよく似合っているよ。ということは、キミもわたしの誘いには応えてくれないんだな?」

 ルーインが困ったような顔をしていると、ミスター・ラダーは冗談だよと笑う。それからポンと手を叩いた。

「おおっ、そうか! アドラーというのは、キミはアドラー家の人間なのか?」

 2人の会話をリュウは唖然として聞いていた。ルーインはケイジ・ラダーに会ったことがあるのだ。そして、ケイジ・ラダーはレイのことを知っている?

「はい。ですが、単なる少尉ですよ。父や兄は宇宙軍の中枢を担っていますが、僕は極東地区のいち士官ですから」

 いち士官を強調するルーインをミスター・ラダーは面白そうに眺めた。ルーインの謙虚さがほほえましかったのだ。
 ケイジ・ラダーに売り込みをかけてくる男たちは、みんな自分を偉く見せよう、力があるように見せようとする。自信のない男ほど虚勢を張る。
 そういえば、阿刀野レイはいつも自然体だったと懐かしく思い出す。

「ふむ。極東地区か。それじゃあ、第4部隊のメンバーなのかい?」
「はい」
「もしかして、キミが隊長なのか? 名前がわからなかったので隊長宛に招待状を出させてもらったが、それで来てくれたのか?」
「いえ、僕は隊長ではありません。単なる操縦士です。おい、阿刀野。突っ立ってないで来いよ。ミスター・ラダー。この男が極東地区第4部隊隊長、阿刀野リュウです。
 名前でお察しかもしれませんが、阿刀野レイの弟です」
「なにっ! 阿刀野くんの弟! そうか、そうだったのか…」
「阿刀野リュウと申します。このたびはご招待いただき、ありがとうございました」

 ケイジ・ラダーはリュウを見て目を細めた。

「ケイジ・ラダーです。よく来てくれた。ほんとうによく来てくれた。コスモ・サンダーからメタル・ラダー社の宇宙船を救ってくれて感謝しているよ。
 ……キミのお兄さんにもコスモ・サンダーから逃がしてもらったことがある。キミたち兄弟はわたしの幸運の神様だな。それにしても、お兄さんは天使のようだと思ったが、キミはハンサムだな。力強いアポロンのようだ」

 リュウの顔をまぶしそうに眺めながら、その手を力強く握った。
 目に労るような光が宿る。

「阿刀野レイくんのことは心から残念に思っている。わたしはキミの兄さんが好きだった。年齢を超えた友だち、というか友だちになりたいと思っていた。一緒に働いてもらいたくて誘っていたんだが、いい返事をもらう前にあんなことになって…。
 驚いたよ。いくらコスモ・サンダーでもキミの兄さんに敵うはずがない、そう思った。あきらめきれなくてな。でも…。キミの悲しみはわたしの比じゃない。さぞ、辛かっただろう」

 この人はレイの死を悼んでくれたのだ。口調が、まなざしがそう告げていた。
 凍っていたリュウの心がゆっくりと溶け、知らぬ間に扉が開いて、その隙間から、レイへの思いがあふれてきた。

 やさしかったレイ。恐かったレイ。柔らかい蜂蜜色の髪。悪戯っぽく輝くエメラルド・グリーンの瞳。もう一度、もう一度、レイの温かな腕に包まれて、ドクドクと打つ鼓動を聞けるのなら…。
 泣くものかと思いながらぐっと歯をくいしばっているのに、涙がこぼれそうだ。嗚咽がもれそうだ。

 リュウをじっと見つめていたミスター・ラダーは、リュウをぐっと抱きしめてから、ぽんぽんと肩をたたいた。
 ルーインは愕然とした。
 リュウが嫌がりもせず、ミスター・ラダーの包容を受け止めている! 初対面の2人が悲しみを共有していた。僕でさえ、入り込めなかったリュウの心の奥に、他人が入り込むなんて!

「社長。お話中、申し訳ありません」

 秘書らしき男が遠慮がちに声をかけた。険しい表情を向けかけたミスター・ラダーだが、

「惑星ガムランの執政官が探しておいでです…」

 惑星ガムランという名を聞いて、あきらめたようにうなずく。

「そうか…、会う予定になっていたな。すぐ行くから、第2応接に案内しておいてくれ」
「はい、畏まりました」
「済まないね、阿刀野くん。こういう日に仕事をするのは本意ではないんだが、わたしがあちこち飛び回っているせいで、パーティの日にまでアポイントが入っている。いまは失礼させてもらうけれど…、キミたち、今夜は泊まってくれるのだろう?」

 うなずくリュウを見て、ミスター・ラダーが提案する。

「明日のランチに招待させてくれないか」
「ええっ!」

 執政官に追い回されるほど忙しいのに!

「あなたには、俺たちを相手にしているヒマなど…」

 ミスター・ラダーが穏やかに遮った。小さい声で耳打ちする。

「幸い、明日はアポイントを入れていない。わたしは、今夜、この星を立ち去ることにしよう。そうすれば、突然押しかけてくる客もないだろう。ライバル企業や惑星の統治者たちへの挨拶なら、このパーティで十分だろう?」

 ケイジ・ラダーがいたずらっぽく笑った。

「どうか、断らないでほしい。阿刀野くんと話をしたいがために、わたしが忙しい合間を縫って、何度、星間を渡ったか知っているかね。兄さんに免じて、キミの時間をわたしにくれないか。ゆっくりと、キミの兄さんの話がしたいんだ。ルーインくんも一緒に来てくれるね」

 困惑しているリュウの横から、ルーインが応えた。

「ありがとうございます。喜んでご招待をお受けいたします。それから、どなたかに預けて帰るつもりでしたが、レイさんが約束していたお土産を持ってきています。明日、お持ちいたしますから、楽しみにしていてください」

 ミスター・ラダーがパッと破顔した。子どもっぽいキラキラした目つきである。

「もしかして、それは例のもの、かね」
「はい」
「それじゃあ、シェフに腕によりをかけて料理をつくるように言っておくよ。
 プライベートだから、ラフな恰好で来なさい。楽しみにしているよ」

 言い置くと、ミスター・ラダーは名残惜しそうに、2人から離れていった。

 パーティの参加者の目がリュウとルーインに注がれていた。主催者のケイジ・ラダーと親しく語り合った上に、ケイジ・ラダーが素顔を見せた。
 うれしそうに笑うケイジ・ラダーの様子など、誰も見たことがなかったのに。

「おい、あの若者たちは、いったい誰なんだ」
「制服からすると、宇宙軍の士官だぞ」

 なぜ、あんな若僧が…とひそひそ交わされる言葉に耐えきれなくなったリュウは、それからすぐ、ルーインを伴って部屋にもどったのだった。
 ケイジ・ラダーに挨拶するという勤めは果たしたのだから。
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