宙(そら)に散る。

星野そら

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2 マリオンの異動

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「お呼びですか、ゴールドバーグ様」

 ドアが開かれ、男が静かに入ってきた。背高く、引き締まった体躯、豊かな髪に縁取られた顔は、高いほお骨と鋭い目が印象的だ。
 キラリと光るその目の鋭さは時に相手を怯えさせ、冷淡な声は多くの相手を震え上がらせる。
 抑制がきいた態度に、冷徹さが見え隠れする。

 そんなマリオンを見て、この男の取り乱したところを見たことがないとレイモンドは思った。取り乱したところだけではなく、涙を流したり、大声で笑っているところも知らないと思いつき、少し寂しかった。

 命令するのに慣れているはずのマリオンが、ソファに座っているレイモンドに近づくとすいと膝を折る。総督に取っていたのと同じ態度だ。

「畏まる必要はないと言ってるだろう。座ってくれ」

 荒々しくソファを指し示す。マリオンが腰を下ろすのを見定めて、硬い表情のまま問いかけた。

「第7艦隊への異動を希望しているのか?」
「その件ですか」

 用件はそれか、とマリオンが訊く。
 希望ではなく、すでに決めましたと断ってから

「あそこは、開発次第で開けるはずの興味深い宙域です。魅力的な惑星も多い。極東地区で行き詰まったコスモ・サンダーが勢力を広げる恰好の場です。その指揮を執るのは、おもしろい仕事だと思っています」

 冷静に説明する。

「そんなことを訊いてるんじゃない! マリオンは総督補佐だろう? そちらはどうするつもりだっ!」

 余裕のないレイモンドに、マリオンはかすかに首を傾げた。

「この1年、わたしは精一杯、あなたに総督の仕事をお教えしました。これ以上、教えることはありません。前総督との約束は果たしました」

 諭すように、だがきっぱりと言い切った。
 どうして、そんなに簡単に俺を捨てていけるんだ。連れ戻したのはあなただろう?
 総督の命令で仕方なくならまだしも、あなたの意志で俺を捨てていくというの?

「むりやり連れ戻したくせに、あっさり見捨てるんだね、マリオン」

 レイモンドが口の端に苦笑を浮かべて詰る。

「前総督に頼まれたから、あなたに執務をお教えしていただけです」

 そうでなければ、俺のそばになどいなかったというのか。
 それとも、あなたに背いた俺を殺してしまいたかったとでも?

「各艦隊の司令官には、先日、総督承認会議招聘の通知を送りました。わたしの役目はここまでです」

 睨み付けているレイモンドを見て、マリオンがぽろりと言葉をこぼした。

「それに、わたしを捨てたのはあなたが先だ…」

 忘れさせませんよとその目が語っていた。今頃になってそんなことを言われても!

「わたしがどれほどあなたに期待していたか、知っていますか。あなたが出て行ってどれほど苦しんだか、わかりますか?」

 この1年、ひと言の恨みも言わなかったマリオンが…。痛い事実を突きつけられて、レイモンドは返せる言葉を必死に探した。

「……ごめん。あの時は、じっくり考えているヒマがなかったんだ。とにかく、リュウをコスモ・サンダーから連れ出すことしか頭になかった。もし…、一緒に逃げてと頼んだら、あなたは来てくれた?」

 レイモンドが試すようにマリオンを見た。

「謝る必要はありません。それに、仮定の話はやめましょう。あなたはあの時、わたしに一緒に逃げてほしいとは言わなかった。わたしなど必要なかったんです。そして…、この1年でよくわかりました。あなたには、わたしの言葉など通じないことが」
「まさかっ! そんなこと、ないよ。俺はマリオンがいるから、ここにいる」

 マリオンはくちもとをほんの少しゆがめた。

「嘘でもそう言っていただけると、この1年の苦労が報われます」
「嘘じゃない! 俺はマリオンがいてくれたから、ここにいられた。そうでなかったら、どうしていいかわからなかった。
 総督なんて、俺には無理だ。あなたがいなくなれば、どうすればいいんだ? コスモ・サンダーはすぐに空中分解してしまうよ」
「確かに。コスモ・サンダーは空中分解するかもしれません。艦隊の司令官がそれぞれ勝手に権利を主張していますから。でも、コスモ・サンダーがバラバラになろうがどうなろうが、わたしにはどうしようもありません。わたしがいても結果は変わりません。
 ゴールドバーグ様、総督になるのはあなたです。コスモ・サンダーをまとめるのも、分裂させるのも、つぶすのもあなたの自由です。そして、その責任を負うのもあなたです。総督というのはそういうもの。つぶしたいなら、つぶす権利がある。
 前総督はわたしの言う通りにさせるために、あなたに総督を譲ったわけではない。あなたならコスモ・サンダーをどうにかできると思われたから、わたしではコスモ・サンダーの分裂を止められないから、前総督はあなたにその地位を与えたのです…。わたしが頼まれたことは、やり終えました。次はあなたの番です」
「…マリオン、あなたにとって、コスモ・サンダーはその程度の存在なの? 簡単につぶれてしまってもいいくらいの…」
「いいえ。もちろん大切に思っています。コスモ・サンダーはいわば、わたしの故郷ですから。……でも、なくなっても、あなたを恨んだりはしない。
 わたしにはコスモ・サンダーをまとめあげる力がない。嘆いたり、恨んだりする資格はありません。あなたにコスモ・サンダーをまとめることができなければ、誰にもできないことがわかっています。
 ただ…、あなたにコスモ・サンダーを何とかしようという気概がないことだけは、残念に思います」
「だから、第7艦隊へ行ってしまうの?」

 子どものような問いに、それは違うとマリオンは首を横にふった。

「いいえ。強いて言うなら…。わたしがあなたのそばにいると、あなたは自分で考えようとはしない。行動しようとはしない。自分で判断しようとはしないからです。それでは、あなたの本当の力が発揮できない。
 さっきから言うように、コスモ・サンダーを分裂させるのも、つぶすのも、総督の権利です。コスモ・サンダーがなくなろうとも、構成員とその家族5万人が路頭に迷うことになろうとも、あなたが自分の力で対処しなさい。総督の責任において動きなさい。コスモ・サンダーがなくなってしまっても、力が及ばなかったら堂々としていればいい。もし…、構成員を路頭に迷わせるのが恐くて逃げ出すなら、逃げ出しなさい。司令官の誰かに総督に押しつけるなら、それもいいでしょう。ぜんぶあなたの自由です。
 でも、わたしは総督の代理をするのはごめんです。あなたのせいでコスモ・サンダーが滅茶苦茶になるのを見ている気もありません。……そうですね、正直に言うと。いまのあなたには、コスモ・サンダーをまとめることはできない。よくて分裂。悪くすれば海賊としての汚名だけ残して、散り散りになってしまうでしょう。いいじゃないですか、それでも。コスモ・サンダーを宇宙軍に売り渡して、あなたはまた、新しい人生を始めればいい。それが望みでしょう? でも総督としての自責の念くらいはもってもらいたい。コスモ・サンダーは自分のせいでなくなったと。構成員たちを路頭に迷わせたと」

 マリオンはまっすぐに顔を上げて言葉を締めくくった。

「コスモ・サンダーの未来はあなたが決めなさい。そして、すべての責任をあなたが取りなさい」
「……厳しいんだね、マリオン。昔から厳しかったけれど。いつまでたっても少しも甘やかしてくれない」

 レイモンドの口から、諦めに似た台詞がこぼれた。


 甘やかす?
 レイモンド。わたしにはおまえを甘やかす力などない。
 おまえを甘やかして、コスモ・サンダーを立て直してやれるほどの力がわたしにあれば、喜んでそうしている。
 昔から厳しかったとおまえは言うけれど…、初めて出逢ったときからわたしはおまえを愛しく思っていた。
 おまえの純粋さに。強い心に惹かれていた。
 おまえの魅力に抵抗できるものがいるなら、教えてほしいぐらいに。
 冷徹な態度を崩さないでいることが、どれほど大変だったか。
 教育係としておまえと過ごした日々は楽しくて、そして苦痛だった。
 すぐそばにいるのに、触れることができない。抱きしめることができない。
 信頼を込めて見つめられれば心がくじけそうになり、おずおずと伸ばされた手が身体に触れたら自分を抑えきれる自信がなかった。
 だから、誰よりも厳しく、容赦なくおまえに接した。
 距離を置くにはそうするしかなかったから…。

 近寄りがたかったでしょう。
 鬼のようだと思われていたはず。
 だが、それでもおまえはわたしを必要としていると思っていた。あの時までは…。
 何度思い出しても、マリオンの心にピリリと痛みが走る。
 レイモンドが自分から離れていったときの衝撃、そして死んでしまっただろうと告げられた時の喪失感。
 ぽっかり開いた穴はどんなものにも埋められなくて。
 手放してしまって、より愛しさが募った。なくしてしまって、どれほど自分がレイモンドを大切に思っていたか、いや、どれほど自分がレイモンドに依存していたかに気づかされた。
 コスモ・サンダーと自分の未来とをレイモンドに重ね合わせていた。
 遠い将来、自分が総督をとなり、レイモンドが補佐をしてくれている。いやその反対で、自分がレイモンドを後見している、そんな姿を思い浮かべて甘い夢に浸っていた。
 おまえはわたしの無言の期待が重荷だったのですか。

 そして、今。
 おまえは総督になる気がなくて、コスモ・サンダーなど邪魔だとしか考えていない。
 できることなら、逃げだしたいと…。
 コスモ・サンダーを一つにすることが、できる、できないの前に、関わることを拒んでいる。

 誰もが尻込みするような恐ろしい宙域へも平気で飛び込んで、難なく楽しんでしまうのに。強力な敵に萎縮することなく、不敵に笑っているレイモンドを知っているマリオンにとって、何かを躊躇するなんて、まったく信じられなかった。
 おまえには、物事から逃げ出すような男にはなってほしくない。誰かの陰に隠れて後ろから糸を引くような男にはなってほしくない。
 どんなことにでも正面から向き合い、どんなことがあってもあきらめずに最後までやり遂げる。わたしは、そんな風に育てたつもりです。
 だから。レイモンドがレイモンドでいるために、わたしはいない方がいい…。

「総督承認会議では、わたしは司令官のひとりとしてあなたを支持します」
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