宙(そら)に散る。

星野そら

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3 いちばん必要なもの

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 会議を中断させていますのでと席を立とうとしたマリオンをレイモンドのすがるような言葉が押しとどめた。

「ねえ…、聞かせてくれる? マリオンは顔も見たくないほど俺が嫌い? あなたを裏切った俺を憎んでいる? 総督が頼まなかったら俺のそばになどいてくれなかった?」

 上目遣いにレイモンドが問いかける。

「いいえ」

 なんの躊躇もなく、マリオンが応えた。

「俺のことを嫌いじゃない?」
「はい」
「憎んでない?」
「はい」
「それでも、第7艦隊へ行くの?」
「……ゴールドバーグ様。わたしにはコスモ・サンダーという大きな船は操れませんが、第7艦隊くらいなら動かせます。これでも有能なんです。
 不信感を持つ司令官たちに率いられた5万人を束ねるのは難しいですが、信頼してくれている5千人なら何とかなる。コスモ・サンダーが分裂しても、つぶれても、わたしを慕ってくれる者たちの面倒くらいは見てやりたいと思っています」

 レイモンドが悔しそうな顔をした。

「それなら! あなたを慕っている俺の面倒を見てよ。俺を捨てていくなんて言わないで」
「あなたの面倒を見るのは、無理です」

 わたしには、それだけの力がない。
 素っ気ない言葉にレイモンドが突拍子もないことを言う。

「……そうだっ。マリオンが第7艦隊へ行くなら、俺も一緒に行けばいいんだ!」
「なっ、なにをおっしゃっているんですか」

 マリオンのポーカーフェイスが崩れた。

「逃げ出してもいい。誰かに総督を押しつけるのもあなたの自由だと言いましたが、あれは言葉のあやです…」
「わかってる。責任を取りたくないと言って総督の座を投げ出したりしたら、あなたが許してくれないことくらい身にしみて知ってるよ」
「それならば…」
「マリオンが第7艦隊へ行くなら、俺も一緒に行く。そして、第7艦隊をコスモ・サンダーの本部にする!」

 これなら逃げることにならないよね、とレイモンドが言うのをマリオンは即座に否定した。

「何を馬鹿なことを。あんな辺境に本部を移せるわけがない。コスモ・サンダーの心臓部は情報室だとお教えしたでしょう? さまざまな情報を集めて、分析して、判断を下すことで初めて艦隊を手足のように動かせるのだと。
 コスモ・サンダーを動かすのに、何が大切かをあなたはまだわかっていないのですか?」
「わかってるよ。でも、俺には情報室よりもっと大切なものがある。俺がコスモ・サンダーを動かすのにいちばん必要なのは、マリオン、あなたなんだ」

 すがるような目であった。

「まだ、そんなことを。何度言わせるんですか。わたしは、あなたの代わりにコスモ・サンダーの面倒など見ません。わたしに見られるとも思いません」

 レイモンドの目がギラリと輝く。エメラルド・グリーンの瞳に灰色の縞が浮かんだ。

「コスモ・サンダーのことは俺がケリを付ける! 誰のせいにもしないし、誰にも責任を押しつけない。努力するから。精一杯やってみるから。だから…、マリオン、俺のそばにいて。俺から離れないで…」

 強い調子で始まった台詞が弱々しい懇願に変わる。

「どういうこと、ですか」
「マリオンが第7艦隊司令官になりたいなら、それはそれでいいんだ。やりたいことをやってくれていい。あなたの立場なんて関係ない。ただ、近くにいて見守っていてほしい。
 もう、俺のやるべき仕事を代わりにしろとは言わない。俺の荷物を代わりに背負えとは言わないよ。俺は俺のやるべきことをやる。それとは話は別なんだ。
 とにかく、マリオンにいてほしいだけ。俺を捨てるなんて許さない。捨てさせたりしないから。嘘だと思うなら、どこへだって行けばいい。第7艦隊へだって、宇宙の果てへだって、俺はどこまでも追いかけるからね。今度は俺が追いかける。絶対に捕まえるよ。捕まえて離さない。ずっと一緒にいる。マリオンが俺を連れ戻したんだ、その責任は取ってもらう」

 これほど。
 マリオンを慕っているのに。
 マリオンをほしがっているのに。
 正直に胸の内を吐き出したのに…。
 マリオンは何の反応もしてくれない。
 目を見開いて立ちつくす姿に、レイモンドは焦れったくなって抱きついた。
 自分より長身の男を両腕でぐっと抱いて、胸に身体をあずける。

「細いけど力はあるから。この腕から逃げられると思うなら、やってみればいい。でも、簡単に逃げられるとは思わないでね。俺を振り切るのは難しいよ!」

 にこりと笑ってそんな台詞を。
 こんな展開になると思っていなかったマリオンは、ややもすれば、膝から力が抜けそうだった。

「離してください」
「俺を捨てないって約束してくれたら」
「離しなさい、レイモンド」

 ゴールドバーグ様ではなく、久しぶりに呼ばれた名に、レイモンドがにこりと笑う。

「い、や、だ。そばにいてくれるって言うまで、離さない」

 だだっ子のように。

「離すんだ! レイモンドッ!」

 首をすくめながらも、

「怒鳴られてうれしいなんて変だけれど。でも、なんかうれしいよ、マリオン」

 身体に回していた腕をゆるめてマリオンの両手をとると、レイモンドは極上の笑顔を見せた。

「このままあなたをさらって、コスモ・サンダーなんてどうでもいいと言いたいところだけど、許してくれないよね? うん、それは俺にもわかってる。しょうがないから、コスモ・サンダーのことは俺がケリをつける。
 けれど、結果はわからない。コスモ・サンダーは大きすぎるんだ。バラバラすぎる。でも、どうなってもあなたには一緒にいてもらう。もう、決めたからね」

 驚くような台詞を吐きつつ、両手を大切そうに包み込んでいるレイモンドを見て、マリオンは呆然とする。
 どこでこんな話になってしまったのか…。
 天使のような微笑みが、マリオンには悪魔の微笑みに思えた。
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