宙(そら)に散る。

星野そら

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4 近くて遠い存在

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 マリオンは頭をひとつ振ると、ようやく自分を取り戻した。そして、レイモンドの手をそっと払いのける。

「おまえは滅多にわがままを言わない聞き分けのいい子だった。だが、こうしたいと思ったら絶対にあきらめない。その強情さには昔から手を焼きました。
 ……おまえのことだから、わたしが第7艦隊へ行ったら、ほんとうに追いかけてくるのでしょう。わたしが姿を消したら見つけ出すまで探すのでしょう。死にでもしない限り、おまえから逃げる術はないかもしれない」
「忘れたの、マリオン。クリスタル号で、あなたが一緒に死んでくれるなら俺は本望だって言ったよね。その思いは今も変わらないよ。死んだからって、俺から逃げられるなんて思わないでほしいね」

 マリオンは大きくため息をついた。

「そう、でしたね。おまえはそういう子でした」

 大人になってもちっとも変わらない。

「わたしは、……いつも、おまえには勝てやしない。最後には押し切られてしまう。
 ……いいでしょう、わかりました。わたしは総督補佐としてゴールドバーグ様、総督になられたあなたのそばにいることにします。ただし、アドバイスはしますが判断はあなたが下しなさい。コスモ・サンダーを指揮するのはあなたです。わたしに甘えたりしたら…」
「ありがとう。さっきもいったけど、俺のやるべきことは俺がやるよ。……それより、ね、マリオン。もう一つお願いがあるんだけど」
「なんですか?」
「ゴールドバーグ様とか総督はやめてくれない? 呼ぶときはレイモンドと…」
「あなたはコスモ・サンダーのトップに立つ総督となるべきお方です」
「なら! プライベートだけでいいからレイモンドって呼んでね。それから…、」

 矢継ぎ早に飛び出す台詞にマリオンが待ったをかける。

「…お願いは、一つじゃなかったんですか?」
「ん、似たようなことだから」
「……」

 マリオンの沈黙を了承の印と解釈したレイモンドが言いにくそうに言葉を添える。

「執務の時は毅然としているから。プライベートは、2人でいる時はただのレイモンドでいさせて、ください。俺が判断を間違えたり、やるべきことをやってないと思ったら叱ってくれていいから…、頑張っていたら誉めてほしい…。
 それから…、時々でいいからあなたの腕で抱きしめてくれない?」

 期待を込めて見上げるレイモンドを、マリオンは長い間見つめていた。長い長い沈黙にレイモンドが居心地の悪さを感じる頃…。

「レイモンド。よく考えてから応えなさい」

 冷やかな口調は、ミスをして叱られる時の口調に似ていて、レイモンドの身体がビクリと反応する。

「おまえはわたしに、プライベートまで一緒にいてほしいと言っているのですか?」

 レイモンドはそう聞こえなかった? と聞き返した。
 マリオンは仕方がない、と前置きしてから、

「わたしにとっておまえは、出会った時から、手を触れてはならない存在でした。総督から教育係に任命され鍛えろと言われましたが、しっかり釘をさされました。将来はコスモ・サンダーを動かすことになるかもしれない大切な子どもなのだと。決して馬鹿な考えは起こすなと。
 おまえが病で倒れたときなど、わたしは総督に殺されるのを覚悟しました。それほど総督はおまえを大事に思っていた。総督がおまえの才能を買っていただけではなく、二代目総督ゴールドバーグ様の子息だと知らされて、ようやく納得しました…。おまえはわたしにとって、近くにいながら遠い存在だったのです」

 わかりますか、と問うマリオンに、レイモンドはあいまいな返事をする。話の続きが見えなかったのだ。

「わたしはおまえを抱きしめたことはありません。どれほど愛しく思っても抱きしめることの叶わない存在だったのです。だから、距離を取るために、厳しく、それは厳しく接しました。おまえもわたしに近寄りたいとは思わなかったはずです。
 でも…。いくら自分を律していても、気が緩むとわたしはおまえを見つめていた。この腕に抱きたくて…、愛しくて、愛しくて仕方がなかった。おまえには、人を惹きつけるオーラがあります。おまえはわたしだけでなく誰にとっても、きっと特別な存在なのでしょう。みんながおまえを畏れ、惹かれていた。
 おまえは誰かひとりのものではなく、コスモ・サンダーのものだと思いました。今もおまえは、コスモ・サンダーのものです。
 ですから…、わたしは総督補佐になってもこれまでの態度を変えるつもりはありません。でも…、さっきのようなことをおまえがしたら、おまえがわたしに触れてきたら、わたしは自分を押さえきる自信がない。ひとたびこの腕に抱いてしまったなら、手放すことなどできなくなるかもしれない。わたしをそばに置くつもりなら、近寄らないでください。ましてやプライベートにまで一緒にいるなどもってのほか…」

 話の途中から、レイモンドの頬はゆるみ、目はきらきら輝いていた。

 マリオンは俺のことを、大切にしてくれただけでなく、愛しいと思ってくれていた!

「マリオン。俺は特別な存在でもなんでもないよ。手を触れてはならないなんて、俺はあなたのことこそ、そう思っていた。
 ねえ、あなたが欲しい。ずっと、あなたが欲しかった。他の人を見つめるあなたの目の優しさに、俺がどれほど嫉妬したか知っている? 俺には、甘えられる人はあなたしかいなかったのに。俺だけがどうしてこんなに嫌われているんだろうって哀しかった。どうしたら、他の人のように、あなたに誉められたり、慰めたりしてもらえるんだろうかっていつも考えてた。
 一度でいいから、あなたの温もりに包まれたかった。あなたが欲しいよ、心から。離さないから。これからは、俺があなたをつかんで離さない。約束する、ずっと一緒にいるって。マリオンが逃げ出しても、俺が逃さないっていっただろう。俺ができない約束をしたことがある?
 だからほら、抱きしめて。俺はコスモ・サンダーのものなんかじゃなくて、あなたのものだから」

 マリオンの左手を自分の腰に回す。
 と、その手にすっと抱き寄せられた。温かい胸。そっと胸に顔を埋めると、マリオンの心臓が打つ音が聞こえた。
 マリオンのもう一方の手が、無意識のままにレイモンドの髪をやさしくくしけずる。

 叶わぬ夢だとあきらめていた。
 頼んではみたものの、マリオンに抱かれることなどないだろうと。
 あたたかい。なんて心地がいいのだろう。
 初めて、レイモンドは生まれて初めて他人に頼っていた。心から甘えていた。
 今まで頼りたいと思っても、甘えたいと思っても、そんな人はいなかったのだ。
 頼っていいのだと、甘えていいのだと、やさしく髪をなでる手が言う。あたたかい胸が言う。それが、こんなに心安らぐものだったなんて。

「レイモンド?」

 マリオンの声とも思えない、やさしい声が落ちてくる。

「ん?」

 とろんとした目を向けると、

「おまえはわたしのものだとおっしゃいましたね」
「うん、そうだよ。俺の心もからだも、ぜんぶあなたのもの」
「それなら…、総督の勤めは、きちんと果たしてもらいますよ。わたしは総督であるおまえを誇りにしたいですから」

 いま、そんな野暮な話をしなくても。そんな目での抗議を遮るように、

「それから、ここは執務室です。ゴールドバーグ様。公の場ではもちろん、仕事中に甘い顔はしないでください」

 マリオンがスッとレイモンドから身を引いた。
 いい雰囲気だったのに。

「あ~あ」

 肩をすくめるレイモンドを見てマリオンが眉をひそめる。

「しゃきっとしてください。しゃきっと! 総督承認会議までの間、あなたの実力を量ろうと、いえ、総督になどなれないと怖じ気づかせようと、各艦隊の司令官がさまざまな陰謀を巡らすはずです。そんなやつらに、あなたの威厳を見せつけてやりなさい。できないとか、やりたくないなどとは言わせませんよ」
「マリオン。いままでより厳しいことを俺に求めてない?」
「できるものなら、あなたが統べるコスモ・サンダーを見たいですから」

 そこまでは考えていないんだけど…、とは、レイモンドには言えなかった。そんなことを言える雰囲気ではない。
 今でも、ほんとうはコスモ・サンダーなどどうでもいいと思っている。いざとなったら、コスモ・サンダーを抜ければいいと。
 しかし、マリオンと約束した。全力を尽くすと。
 ならば。
 コスモ・サンダーがバラバラになる運命だったとしても、どうにもならないと確信するまでは、できる限り力を尽くそう。
 マリオンがいてくれるのなら。

「では、わたしは会議を中断させていますので…」

 入ってきたときと変わらぬ態度で出て行こうとする男を手で押しとどめる。

「俺も行くよ。大切な戦略会議に俺が出ないわけにいかないだろう?」

 前に立って歩き出したレイモンドをマリオンが目を細めて誇らしげに眺めていた。

 ようやく、ようやくこの男が本気でコスモ・サンダーに関わってくれる。
 もしかすると、昔のコスモ・サンダーがよみがえるかもしれない。
 マリオンは夢なら覚めないでほしいと願っていた。
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