宙(そら)に散る。

星野そら

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5 アレクセイの支持

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 第5艦隊本部、司令官執務室である。

「これは、これは。西部艦隊司令官においでいただけるとは」

 皮肉を込めたアレクセイ・ミハイルの挨拶に、ハーディが苦笑を返す。アレクセイは握手の手をさりげなく離し、こちらへとソファを指し示した。

「忙しいところを邪魔したなら済まなかった、ミハイル司令官。聞きたいことがあってやってきた」

 わざわざ来てやったんだというニュアンスが感じられた。

「なんでしょう?」
「他でもない、次期総督のことだ」

 やはりな、とアレクセイは心の中でつぶやく。各艦隊の司令官たちが幹部のキャプテン連中を動かして、いろいろ画策しているという噂は聞いている。本部の指示を無視したり、命令違反を犯したり、わざと、罪もない民間宇宙船を襲った部隊まであったようだ。次期総督として名乗りをあげたあの人の反応を見るために。
 1年以上もの間、プリンスはマリオンの陰に隠れて目立たなかった。前総督の葬儀の後で、総督に縁ある若者が執務室に転がり込みマリオンが面倒を見ているという話が伝わった。一時は騒然としたが、それもしばらくのこと。
 様子を見に行った司令官や上級幹部たちがそろいもそろって、人の上に立つには頼りない男だという判断を下したのだ。

 どこを見ているのだとアレクセイは唸ったが、多分、あの人がやる気のなさそうな態度をしていたのだろう。
 そのせいもあり、前総督が遺言書で次期総督に指名するのはマリオンに違いないとみながみなそう思っていた。いくらマリオンが若者を立てようとも、海賊組織である以上、コスモ・サンダーは実力主義が浸透している。たとえ前総督の子であっても、力のないものにその地位を譲ることなどあり得なかった。
 なぜなら、前総督こそ、実力主義を貫き通した人だとみなが知っていたから。

 ところが。
 喪が明け、その遺書が公表されるとともに、コスモ・サンダー幹部たちの間に大きな衝撃が走ったのである。
 次期総督候補に指名されたのが、その若者だったから。
 ゴールドバーグ・ジュニアだと?
 精悍で知られたゴールドバーグとは似ても似つかない美貌の若者だと噂された。
 コスモ・サンダーのことを考えたなら真っ先に反対しなければならないマリオンが、ゴールドバーグ様は総督たるべき人物だと断言したせいで、遺言披露の後、総督承認に反対する権利を持つ各艦隊の司令官はもちろん、幹部たちが、マリオンがそれほど言うなら、その男の実力を見せてもらいたいものだと思ったのも当然であった。

 ゆえに。
 ここ1カ月というもの、コスモ・サンダーが牛耳る広い宙域のあちらこちらで、何かしらの問題が起こっていた。
 降りかかる雑多な問題を次期総督候補がどのように処理するかを司令官たちは見たかったのだ。どうせ、マリオンに泣きつくだろうと誰もが高をくくっていた。ところが、これまでマリオンの陰に隠れていたゴールドバーグ・ジュニアが陣頭指揮を執っているようなのだ。
 お手並み拝見と高見の見物を決め込んでいた西部艦隊のハーディ司令官ですら、その手際のよさに感心するほどであった。
 少し前に各艦隊の司令官たちが集まった席では、ゴールドバーグ・ジュニアが次期総督になるなど問題外という意見ばかりだったが、ここに来て、旗色が変わってきた。

 なかなかやるな、という意見がちらほらと…。

 ハーディは各司令官の胸の内をきちんと確かめておきたかったのである。
 ハーディは若くはない。コスモ・サンダーのいち艦隊でも自分の自由になるのなら、たとえ小さくとも、自分だけの組織を持つことができるなら。いつ頃からかそう思うようになっていたのだ。

「単刀直入に聞く。おまえはゴールドバーグ・ジュニアを総督として認めるのか?」
「さあ、どうでしょうか」

 笑みを浮かべながらあいまいに応える貴族的な顔立ちの男にハーディが不満をぶつける。

「ずる賢いやつだ。おまえはいつも、ギリギリまで自分の意見を言わない。最後になって、必ず勝つ方につくんだな…。その処世術のうまさには脱帽するよ」
「誉めていただいているのでしょうか。それなら光栄ですが…。わたしの立場をお知りになりたいならお応えしますよ。わたしがそれほど処世術に長けていない証拠に」

 あの人のためなら何でもできる。宇宙軍を捨てることさえできたのだから。

「わたしは、次期総督としてゴールドバーグ様を支持します」

 えっ、と驚くハーディ司令官を真正面から見つめてアレクセイが断言した。

「……、おまえが、なぜそこまで言うんだ? まだ2カ月もあるぞ。総督承認会議まであの男が無事でいるかどうかさえわからないのに、珍しく不用意だな…。
 なぜだ? なぜ、おまえが肩入れする? そもそも、おまえはゴールドバーグ・ジュニアに会ったことさえないだろうに!」

 会ったことがないだと? この男は何も知らずに。あの人を見つけだしたのは僕だ。コスモ・サンダーに連れ戻すために一役買った。自分が策を弄してあの人を捕まえたのだ。

「総督が亡くなる少し前に、どこからかひょっこり湧いてでた男だ。胡散臭いとは思わないか?」
「身元はマリオン様が保証しておられます」
「第7艦隊は別にして、おまえが諸手をあげてゼクスターに与するとは思わなかったぞ」

 いぶかしげにジロリと睨まれた。
 そうではなく、あの人がプリンスだから…。
 ただ、プリンスがゴールドバーグ総督の息子だと知らされたときには驚いた。誰をも従わせる威厳はハンター家ならではのものだったのだと。

『あの細くてしなやかな身体の中に、あれほどの能力が宿っているのはハンター家の遺伝なのですか』

 と訊いたアレクセイに、マリオンはこう応えた。

『レイモンドは身体能力も高かったし、才能にも恵まれていた。でも、アーシャとなら同じようなものだ。いくら父親がゴールドバーグ・ハンターだからといって、レイモンドは普通の人間だよ。人の心が読めるわけでも、念力でものを動かせるわけでもない。
 あの子のいちばんの能力は最後までやり抜く強い意志だ。……いや、考えてみると自然に人を惹きつける力だけは、遺伝かもしれないな…』

 おまえはレイモンドに惹かれているのだろう? とその目が訊いたようだ。
 頭が別のことを考えている間も、ハーディの話は続いている。

「ここのところ、中央艦隊の近衛隊を指揮してなかなか活躍しているようだが、ゼクスターが陰で糸を引いているんだろうよ。プライドの高い近衛の戦闘員たちが簡単に若造の言いなりになるとは思えないからな」
「そうでしょうか」
「アレクセイ!」

 ハーディ司令官が苛立ちの声をあげた。

「ゴールドバーグ・ジュニアに会って自分の目で確かめてみたらいい。おまえよりも年下だぞ。おまえの目が確かなら、キャプテンとして隊をまとめたことも、司令官として艦隊を指揮したこともない若造に総督など務まるわけがないということがわかるはずだ」
「そうですね、一度、本部を訪ねてみますか。長い間、ご無沙汰していますから」
「きっと心が変わるだろうさ」

 アレクセイがふっと笑った。プリンスには頭が上がらないが、ハーディとの駆け引きなら負けはしない。

「その時は。ハーディ司令官、あなたに連絡させてもらいますよ」
「ああ、待っているぞ。おまえはなかなか面白い男だと思っている。力もあるしな」
「ありがとうございます」
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