宙(そら)に散る。

星野そら

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6 総督執務室

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 ハーディに煽られたわけではないが、アレクセイは思い切ってコスモ・サンダーの本部を訪ねようと心に決めた。マリオンとは何度も衛星通信で話したし、会合で顔を合わせたこともある。が、あの人には一度も会っていない。そう、会うのが恐くて避けていたのだ。
 卑怯な手を使って、あの人を阿刀野リュウから引き離したのは自分である。自分のことなど昔から眼中にはなかったけれど、冷たい目を向けられるのはつらい。

 連合宇宙軍特殊部隊の工作員としてコスモ・サンダーに入り込んで以来、いくつもの工作を仕掛け、コスモ・サンダーを内側から揺さぶってきた。だが、あの人だけは、プリンスだけは裏切れなかった。傷つけたくなかった。たまらなく惹きつけられ、憧れていた。プリンスが自分の上官であることが嬉しかった。
 あの人が総督となりコスモ・サンダーを仕切るつもりなら、自分も力になりたいと思う。たとえ宇宙軍から裏切り者の烙印を押されようとも。

 だが…、あの人のことだ。自分のしたことを許してもらえるか、アレクセイには自信がなかった。エメラルド・グリーンの美しい瞳で冷酷に睨まれたら、今でも竦み上がるだろう。あの人の目の届く範囲に居場所を与えてもらえなかったら…、哀しみで胸がつぶれるかもしれない。

 それでも仕方がない。
 それでも、プリンスがコスモ・サンダーの総督でいる限り、自分の持てる力をすべて出し尽くして、あの人のために働くだろうとアレクセイにはわかっていた。
 報われることは、ないとしても…。

 アレクセイ・ミハイルはすぐに行動を起こした。ハーディが訪ねてきた日の夜には、数名の供を連れてコスモ・サンダー本部に向かって出発したのである。
 翌々日の昼。アレクセイは本部の総督執務室にいた。出迎えてくれたのはマリオンである。背高い姿の前で優雅に膝を折る。その部屋に、主の姿が見えないのにほっとしたような、残念なような…。

「ご無沙汰しております、マリオン様」
「久しぶりだな、アーシャ。よく来てくれた。座ってくれ」

 冷たい響きが感じられない穏やかな声音に、おやっと顔を上げる。

「ありがとうございます。執務室の敷居が高くて、つい足が遠のいてしまいました」
「ほお、おまえでも遠慮することがあるのか。それは初耳だ」

 マリオンがはははっと笑う。

「やめてください、マリオン様」

 アレクセイは真っ赤になった。

「お元気そうでなによりです。ゴールドバーグ総督はご不在なんですか」
「ゴールドバーグ総督か。アーシャ、おまえはレイモンドを総督だと認めるのか?」
「もちろんです。あの方以上に、総督に似つかわしい方はいない。遺言披露の後で、マリオン様が保証なさったではありませんか。総督たる器だと」
「そうだ。が、おまえ以外の司令官たちは誰も納得しなかったようだ。これほどいろいろ画策してくれるとは思わなかったぞ。おかげで、本部は大混乱だ」

 笑いながら言うマリオンは、ゆったりと椅子に座っている。

「僕もいろいろ噂を聞いています。こちらはさぞかし大変だろうと思って来てみたんですが、余裕がありそうですね…」
「わたしは傍観者だからな。ゴールドバーグ様はあちこち飛び回っておられるよ」

 へえ~という顔を見とがめられて。

「あの男と約束をした。レイモンドは総督の仕事から逃げない、コスモ・サンダーがどうなろうと、その責任は自分が取ると言った。あいつがやるといったんだ、いい結果が出るとわたしは信じている。
 ……その替わりと言ってはなんだが、わたしが第7艦隊へ行くのを止められた。おかげで、こうして総督補佐でいるはめになった」

 苦々しげな口調とは裏腹のマリオンの晴れやかな笑顔に、アレクセイは首を捻る。

「そうですか。では、みなが言うように、マリオン様があの方を操っているわけではないのですね」
「操る? 他人がレイモンドを動かせるわけがない。あいつは強情なんだ。自分がこうと思わない限り、なんにもしやしないよ。その替わりやり始めたら…、とことんやるだろう。不可能を可能にしてくれるんじゃないかと期待させられる。
 それが証拠に、1カ月前まではわたしのものだった中央艦隊が、いまはあいつのものだ。誰もがレイモンドだけを見て、その命令に嬉々として従っている。叱られでもしようものなら、この世の終わりとでもいうような有様だ。もう、わたしの命令など誰も聞きもしないだろうな」
「……その割に、落胆されてはいないようですね」

 マリオンがふっと笑った。

「器の違いとはこういうものだと実感させられたぞ…。が、悔しくはないな。むしろ、コスモ・サンダーに光が差すように思えた。ところでアーシャ、おまえはこの1年、何をしていたんだ?」
「訓練に次ぐ訓練です。受け持ちの第5艦隊の強化に取り組んできました。必要とされたときに力が出せるように」
「ほお?」
 

 アレクセイが詳しい話を始める前に、バタンと扉が開いた。

「マリオン、第2艦隊のエリアで小競り合いが起こっているという連絡を受けたっ!」

 声と一緒に、レイモンドが執務室に飛び込んできた。

「おかえりなさい、ゴールドバーグ様。首尾はいかがでした」
「こっちは収めた。で、西域は?」

 勢い込んで聞く相手に、

「手を打っておきました。大きな問題にはならないでしょう」

 マリオンの返事に、レイモンドの肩から力が抜ける。

「……なあんだ、急いで戻ってきたのに。というか、あなたは俺の代わりをしなくていいと言ってるだろうっ。わかってる?」
「はい。でも、あの程度のことなら総督補佐の仕事。つまり、わたしレベルの仕事です。指示を仰ぐほどのことはない。直々に出張ってもらう必要はありませんよ」
「ほんとうに? ん~、なら素直に感謝しておく。ありがとう。と言うことで、ポール。出発する必要はなくなった。次の出動に備えていてくれ」
「はっ、わかりました」

 敬礼をして出ていこうとするところを、

「あっ、ちょっと待て」

 とレイモンドが呼び止めた。振り向いたポールが、何でしょうかと姿勢を正す。

「みんなにもう少し気を引き締めるように注意しておいてくれ。毎日の出動で疲れているのはわかるが、今日は酷かった。マシな相手ならやられるぞ。特に戦闘艇は問題ありだな」

 前回は砲撃で、今度は戦闘艇か。ポールには大きな欠点は見えなかったが、ゴールドバーグ総督(正式には総督候補だが、近衛隊にとってはすでに総督だった)には物足りなかったらしいと心の中でため息をつく。この人は求めるレベルが高くて、欠点をズバズバ指摘してくれる。少しでもよくなれば評価してくれるのはうれしいが…。

「はっ、申し訳ありません」
「うん。全体によくなってはいるんだけどね…。そうだ! 出動もなくなったことだし、久しぶりに全体ミーティングでもやるか。ポール、30分後に全員、集めておいてくれ」

 ポールの顔が心なしか青ざめる。
 最初の出動の後、なめてかかった会議で、総督にものの見事に叱られたシーンがよみがえる。あの時は、自分までが震え上がった。

 やるべきことをなぜやらなかったと。
 やるべきことができない者をなぜそのままにしておくのだと。
 自分にも他人にも厳しくなれと叱られた。上官なら、責任回避など許されないと。

 声を荒げもせずに、静かに追求された。それは、殴られるより、怒鳴られるよりポールの胸に響いた。穏やかでやさしい人かと思っていた。だが、この人は、そうしようと思えば、どこまでも厳しくなれる人だと思い知らされた。
 それこそ総督たるものの器なのかもしれない。

「はいっ。30分後に」
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