宙(そら)に散る。

星野そら

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10 貴重なオフ

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「もう9時です。そろそろ起きませんか?」

 かけられた言葉はやさしいが、きっちり布団をはぎ取られたレイモンドは、これだけは取られまいと無意識のうちに枕を抱きかかえる。

「う~ん、マリオン。今日はオフなんだ。遅かったから、もう少しだけ」

 ぽんぽんと背中を叩くマリオンの手から逃れてお願いしてみたが、どうやら無駄のようで

「だめです。せっかくの朝食が冷めてしまいます。ほら」

 引きずり起こされてしまった。不服そうな顔をしていると、

「ここはわたしの私室ですからね。だらしなく寝ていたいなら、自分の部屋に戻ってください」

 この部屋にいるならきちんとしろと言われて、レイモンドは首をすくめる。
 あ~あ。いつになったら、マリオンの隣でぐ~たら惰眠を貪れるんだろう。
 う~ん、と伸びをすると、マリオンに声をかけた。

「おはよう」
「な~にが、今頃、おはようですか…」

 とかなんとか、マリオンが口の中でつぶやいた。
 そう言えば、リュウもぶつぶつ文句を言いながら俺を起こしていたなとレイモンドは思い出した。今となっては遠い昔の話だ。
 キッチンから、コーヒーの香りが漂ってくる。

「マンダリンだね、マリオン。いい香りだ」

 鼻をひくつかせながらレイモンドがにこっと笑いかけるのに、マリオンはそっけなく、

「さ、食べましょう」と促す。

 不機嫌そうな顔にレイモンドが急に不安になる。

「なに、マリオン怒ってるの?」
「いいえ、お腹が空いているだけです。おまえと違って、わたしは休日でも8時には朝食を摂りますから。仕方がないから、先に身体を動かしてきましたけれど」

 トレーニングを済ませてシャワーを浴びたのだろう、髪が濡れている。

「悪かったね。でも、俺だって、朝方まで戦闘員の特訓に付き合って…」
「そうでなくても忙しい部隊を、また、虐めてたんですか?」
「その言い方、やめてくれる。ちゃんと鍛えといてやらないと、命を落とすのはあいつらなんだから。それに、付き合うのだって大変なんだよ…」
「教育係が大変なのは、おまえよりよく知っています。だからといって、休日にぐうたらしていては…」
「あ、んっ、もう。俺が悪かった、です。……いただきますっ」

 言い訳するとますます叱られそうで、レイモンドはあわてて食事に取りかかった。マリオンはその様子を見てふっと頬をゆるめてから、自分もトーストに手を伸ばす。

「マリオンが作ってくれた朝食なんて、久しぶりだ。おいしいよ」
「そうですか。何も手の込んだことはしていませんが」

 チーズ入りのスクランブルエッグをほおばりながら、レイモンドが言う。たわいない話をしながら、微笑んでいるマリオンと一緒の朝食だから、よけいにおいしく感じるのだろう。2杯目のコーヒーをお代わりする頃、マリオンが真面目な顔で問いかけた。

「ところで、どうですか?」
「なにが?」

 おまえひとりで、近衛隊だけで、司令官たちの仕掛ける小細工に対処しきれるのか。身体はきつくないかと聞きたかったが、マリオンは言葉を濁す。

「近衛隊を酷使しすぎですよ。中央艦隊の他の部隊を動かしたり、第5艦隊や第7艦隊に手助けしてもらえばいいと、わたしは思いますが」
「ん~、対処しきれなくなったら考えるよ。今のところ大丈夫だ、俺は誰かさんに鍛えられてるからね」
「おまえではなく、心配なのは近衛隊です。疲れ切っているでしょう?」
「酷いな。戦闘員たちは、ちゃんとルーティーンを組んでるよ。休みも取らせてる。心配するなら、俺の身体を心配してよね、休みの日にゆっくり寝させてくれるとかさ。俺だって生身の人間なんだから」

 早朝から、あちこちの宙域へと飛び回り、戻るのは毎日のように午前様。下手をすると数日間、戻ってこられない日もある。代わりに指揮するもののいないレイモンドがいちばん大変なのはマリオンにも重々わかっていた。
 自分が指揮する中央艦隊には決して泣きつかないだろうとは思っていたが、第5艦隊や第7艦隊に手助けしてもらうくらいは構わないだろうに。レイモンドはアレクセイやマリオンを慕う第7艦隊を巻き込むことをさけているようなのだ。

「食事が済んだら、自分の部屋でゆっくり昼寝でもしてください」
「え~、いやだよ。せっかくの休みなんだ。やりたいことがある」
「それなら、こんなところでコーヒーなど飲んでいないで、さっさと行動すればいいでしょう?」
「あ~あ。マリオンには愛がないよね。せっかくの休みだから一緒に過ごしたいとか、2人でどこかへ行こうとか、思わないわけ?」
「えっ。やりたいことがあるんでしょう?」
「うん。マリオンとベッドでゴロゴロするとか。マリオンが本を読んでるのを見ながら、ソファに寝転がって音楽を聴くとか。一緒に軽く身体を動かしに行ってもいいし、久しぶりに小惑星帯を飛んでもいいなあ。マリオンは何か予定ある?」

 レイモンドが無邪気に聞く。

「おまえには、わたしと過ごす以外の選択肢はないんですか?」
「あるわけないじゃない。貴重な貴重なオフなんだ。有効に使わなくちゃ」

 声をなくすマリオンにレイモンドがさらに追い打ちをかける。

「本部に戻ってきたら深夜だしさ、マリオンは寝てるだろう? 話もできないじゃない」
「何か、話があるんですか」
「ん、いっぱいあるよ…」

 おしゃべりでもないのに、レイモンドが言う。

「俺がここへ来なければ、顔さえ見られないんだからね。一度だって、俺の部屋へ来てくれたことはないし。ベッドに潜んでくれてるとか…」

 マリオンはあきれた顔で問い返す。

「おまえは、わたしにそんなことをしてほしいんですか?」
「ん? そりゃあさ。帰ってきたとき、マリオンがベッドにいてくれたら、疲れも吹っ飛んじゃうよ…」
「遠慮します。余計に疲れるだけ、ですよ」
「そうかもしれないけど。……とにかく! マリオンは俺に対する愛がなさすぎなんだよね。構ってくれないと、そのうちグレちゃうよ」
「グレちゃう、って…」

 絶句するマリオンの椅子の後ろにまわって、レイモンドは首に両腕を巻き付けると、まだしめった髪に顔を埋める。
 レイモンドが甘えていた。マリオンの身体を甘いしびれが駆け抜ける。
 顔に手がかかり、するりと前にまわったレイモンドが、愛しそうに頬ずりをする。

「……、まだ朝ですが」
「いいの。そんなこと考えてたら、何にもできなくなる」

 そう囁いたくちびるが、そのままマリオンの薄いくちびるに重なる。

「んん…」

 なにをしたいんだと聞くのは恐ろしい気がして…、マリオンはただ、レイモンドの甘いくちづけを味わうことに専念した。
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