宙(そら)に散る。

星野そら

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11 ポールの驚き

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「ゼクスター様。よろしいですか? ポール・デイビス連隊長をお連れしました」

 申し訳ばかりの声がかけられて、総督執務室から続く方のドアが開いた。マリオンの秘書兼世話係であるエリックの後ろに、中央艦隊の連隊長が続いている。

「ゼ、ゼクスター様! お忙しいゼクスター様が洗いものだなんて…、言いつけてくだされば、人を寄越します」

 非難の交じったエリックの声に、

「いや、今日はオフだし、人を煩わせるほどのことではない」

 マリオンはにこやかに応えた。

「ポール。もう終わるから、済まないが2~3分、待ってくれるか。リビングでソファにかけていなさい」
「いえ、ここで」

 食器洗いが済むのをキッチンで待とうとするポールに、

「ここはわたしのプライベートルームだ。遠慮することはない。そこに立って居られる方が落ち着かないよ」
「そうですか。では、お言葉に甘えさせていただきます」

 ポールはそう断って、リビングルームに入っていった。人の気配を感じて、ふと奥を見ると…。

「ゴールドバーグ様! そこでいったい、何をなさってるんですか?」
「見りゃわかるだろ、腕立て伏せだよ」
「こんな、ところで…?」

 ポールはここを訪ねる前に、レイモンドの部屋へ寄ったのだ。疲れが溜まっているのはわかっていたし、朝方になってから部屋に戻ったのを知っていたから、控えめにノックをした。応えがないので、まだ寝ているのだとばかり思って、マリオンの部屋へやってきたのに…。
 納得のいかない顔をしたポールに、レイモンドが説明する。

「ジムでやればいいのに、とか思ってる? 俺もこんなとこで基礎トレなんてやりたくないんだけどさ、マリオンにちょっかいかけたら『たるんでる』って。『上官がそれでは、部下に示しがつかない。気合いを入れなさい』って叱られて、こうなったわけ」
「はあ?」
「まったく! マリオンたら容赦ないんだから」

 文句を言いながらも規則正しく腕立て伏せをこなし、次に腹筋を始めたレイモンドにポールは感心した。見た目は体力などありそうに思えないのに、この人は!

「毎日、遅くまで頑張ってるんだから、少しくらいぐうたらしても見逃してほしいよね」
「そう…、ですね」
「ねっ、ポールもそう思うだろう」
「ポール相手に泣き言ですか?」

 割って入ったマリオンの言葉に、レイモンドがぎくりと一瞬固まる。問いかけに応えず、腹筋に没頭したフリをしたレイモンドにマリオンが非情なひと言。

「軽口をたたく余裕があるようですね。1セット追加」
「うへっ、それは厳しすぎるよ、マリオン」

 抗議の声に耳もかさず、マリオンは立ったままだったポールをソファへと誘った。

「……あの。ゴールドバーグ様は…」

 あのままでいいのか? 罰を与えられた生徒みたいな扱いをして?

「ああ、もうしばらくかかるはずだ。ゴールドバーグ様がおられるとまずい話かな?」
「いえ。一緒に聞いていただいてもいいのですが」
「なら、俺も参加しようかな」

 レイモンドの声にうれしそうな響きが交じったのを、マリオンがピシャリと遮る。

「わたしが聞いておきます。必要なら後で話しますので。基礎トレを終えてしまいなさい」
「ふあ~い」
「返事は短く」
「はい!」

 レイモンドとマリオンのプライベートに初めて接したポールは、ただただ唖然としている。

「あの~、ゼクスター様が、ゴールドバーグ様に命令されているのですか?」

 執務室で見る姿とあまりにも違う2人の関係にとまどったポールが失礼を顧みずに質問した。マリオンは苦笑を浮かべて、

「ここにいる間だけのこと。執務室にいる時にわたしの指示など聞くはずがない」
「あ~、マリオン。それって酷い言い方じゃない。いつも、あなたの意見は大切にしてるだろう!」
「レイモンド! ポールが戸惑っているでしょう。おまえは黙っていなさい」

 そう怒鳴っておいて、

「ポール。話を聞こうか」と。

 2人の間には、他人が入り込めない親密な空気が流れていた。
 それに、ゴールドバーグ様はこんな人だったか?
 近衛隊の前に立ち、堂々と命令を下す姿しか知らなかったポールには、マリオンに命じられて不満をもらしながらトレーニングをするレイモンドがものすごく幼く見えた。

「実は、極東地区ですが…」
「極東地区で何があった?」
「いえ、今のところはまだ。ですが…。あそこにコスモ・サンダーの艦隊が集結しているという情報が入っています」
「集結?」
「はい」
「不穏な動きがあるのか?」
「いえ…」
「いつものことだろう? 特に極東地区は…」
「…でも、今回は規模が違います。少なくとも、第2艦隊と第6艦隊が居座っています。何も起きなければいいのですが、どうも…」
「そう、か。おまえがそう思うなら、何か手を打つ必要があるかもしれんな」

 マリオンは宙を睨んでしばらく考えてから、レイモンドに声をかけた。

「ゴールドバーグ様。参加していただけますか」

 先ほどまでとは打ってかわって、総督としての扱いであった。

「わかった」

 呼びかけに応じてスッと立ち上がったレイモンドからは、幼い雰囲気は跡形もなく消え去っていた。何もかも見通すような冷徹な目、抑制された態度。スエットに包まれた姿からでさえ、独特のオーラが漂っている。
 それは、ポールが知っている姿であった。頼りないなどとはとても思えない。

「詳しく、聞かせてもらおうか」
「はい」

 ポールは自分の懸念を、二人の男に話し始めた。
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